彼の行動の意味が分かりません〈後編〉
“すごく良かったね!”と言い合っているグループの後ろを歩きながらシアターを出た。
そのグループの会話に本当に良い映画でした!と心の中で同意する。
さて、映画のことは終わってしまったことだ。
大手グループの令嬢がなにアニメなんか見てんだよと思われても、今更どうしようもない。
今日のこれからのことを考えよう。
せっかくここまで来たんだ、小説の新刊が出ているかチェックしにいきたい。
──この邪魔者を追い払って本屋に行こう。
「要、わたくしは用事がありますので、どうぞ先に帰っておいて下さい」
「用事……? 本か? 漫画か?」
──バレてる!?
「な……な、なぜ……」
「昔から教室で読んでいただろう。家の人間にはバレたくないからって放課後まで残っていたなぁ……」
ニコリ──いや、祀莉の目にはニヤリと笑ったようにみえた。
周辺にいる女性が彼の笑顔に釘付けになった。
顔だけはそこら辺のアイドルより良い。
そんな要を連れて歩いているんだから周りからは羨望の視線を受けるが、なにせ祀莉はこの男の本性を知っている。
一緒に歩いていても全然嬉しくない。
まったく……本を読んで過ごすしかなくなったのは誰のせいだ。
しかしそのおかげでゆっくりと読書ができた。
家で本を読んでいたら「何を読んでいるんだ?」と覗かれるから迂闊に本を広げられない。
ならば学校で読むしかない。
家には「ちょっと図書室で勉強を」と、帰りが遅くなる言い訳をしていた。
「──お前のことをずっと見ていたからな」
「な……っ!?」
(わたくしの弱味を握ろうとしていたんですか!?)
もしかして、今日もそのつもりで後をつけてきたんじゃ……。
そのうちこれをネタに良いように使われるんじゃないだろうか。
やっぱりこの男は悪魔だ。魔王だ。
「また見たい映画があったらつき合ってやる」
「いえ、どうしても見たかったは今回だけでしたので。もう映画館まできて見ることはありません」
「……そうか」
しかし、バレてしまったのならいっそのこと開き直ってやろうと思った。
予定通り本屋に行って、ついでにアニメショップものぞきに行こう。
興味のない場所にいつまでもつき合わされたら、そのうち飽きて勝手に帰るだろう。
祀莉は要がいないものとして行動することに決めた。
(そうです! そうしましょう……!)
ここの本屋は大きい。
品揃えも悪くない。
「おい、祀莉」
時間をかけてゆっくりと本を物色していると、背後から要がぶっきらぼうに声をかけた。
何ですか?
帰るんですか!?
どうぞ、速やかにお引き取り下さい!!
「はい! どうしました?」
「……手洗いに行ってくる。この辺りにいろよ」
あ、そう……。
よっしゃ帰れと思って機嫌良く対応したのに、ただのお手洗いですか。
どうぞ、ごゆっくり。
でも、これはチャンスだ。
いまのうちに欲しい本を買ってこよう。
自分が何を読んでいるかというのは、他人には知られたくない。
要がいるからあえて買わずにいようと思ったのだが、彼がトイレに行った今なら買える。
素早く新刊コーナーから目的の小説を持ってカウンターへ向かった。
列に並んでいる間、要が戻ってきてしまわないかとハラハラしていた。
はやく……はやく自分の番に!
思っていたより人の流れがはやく、要が戻ってくる前に鞄の中に収めることができた。
アニメショップに行こうと思ったけど今日はもう良いかな。
買っても部屋に飾れないし、いつも店内を眺めて満足しているだけだし。
このまま要を置いて先に帰ってやろうか……などとも考えた。
普段、全く縁のない場所に放置されて戸惑う姿を思い浮かべて小さく笑う。
しかし、そんなことをしてただで済むはずがない。
放置して帰ったは良いがその後が恐くなり、要が戻ってくるまで祀莉は大人しく指示された場所で待っていた。
「では、帰りましょうか」
「本は良いのか」
「えぇ、見に来ただけですから」
「なんだ、もう買っていたのか」
「…………」
数分前より膨らみをもった鞄を凝視された。
嘘をついているのはバレバレだった。
陽はまだ落ちていない。
家まで歩いて帰るつもりだったが、要が待たせていた車で家まで送ってもらった。
頼んでいない……といより何から何まで予定を狂わされたが、自宅まで送ってもらったので一応お礼は言っておいた。
「今日はありがとうございました」
「俺の方こそ……いや、なんでもない。またな」
──また”があってたまりますか。
まさか映画館にアニメを見に行ったことを知られるなんて……。
“黙っててやるから”とそのうち面倒なことを押し付けられるに違いない。
さっきの“なんでもない”はその前触れだ。
疲れを感じつつ家に入ると、玄関の前で才雅と出くわした。
要の車から出てくるところを目撃されていた。
「おかえり、姉さん。要兄さんとデート?」
「いいえ。映画を見てお買い物をしていただけです」
「……デートじゃん」
「違います。映画を見てお買い物をしていただけです」
「デートじゃん」
「いいえ」
しばらくこの会話が続いた。
***
映画の件から、要に面倒ごとを押し付けられるんじゃないかとビクビクしていたが、特にそんなことはなかった。
何かあったときの切り札にでもするつもりだろうか。
いや、もしかしたら忘れてくれたんじゃないかと希望を感じた。
そう思っていた数日後、「本は買いに行かなくていいいのか?」などと聞かれ、「お前の秘密は知っている」と暗に言われているのだと恐怖した。
が、ただ単に「親にバレないように一緒に出かけてやる」という意味だったらしい。
これはちょっとありがたい申し出だった。
1人で出掛けるというと、家の人間はあまり良い顔をしてくれない。
いつ外出禁止を言い渡されるか不安だった。
だというのに要とならなぜか許可が緩くなる。
まぁ、そう言ってくれる限りは利用させてもらおう。
しかし、どうして要は一緒に出かけようとするのだろう。
(よっぽど暇なのでしょうか……?)