彼の行動の意味が分かりません〈前編〉
〈2015/10/6〜〉拍手お礼ページ掲載。
本編に(一応)関係あるけど、どこに入れようか迷った話。
思いの外、長くなってしまったので2ページにわけました。
西園寺祀莉はとても気が小さい女の子だった。
それとは逆に、北条要は強引な男だった。
そんな要が昔から苦手だった。
父にわがままを言って中学は私立の女子校にしてもらったくらい、祀莉は彼から逃げたかった。
希望は聞き入れられ、要が絶対入ることのできない女子中学校に入学することができた。
要から解放された学園生活はとても充実しているものだった。
小学校では無理だった友達ができたのだから。
その中で小学校が同じだった子がいて、要について話す機会があった。
彼女の話によると、西園寺家に取り入るために友達になろうとしている子から、自分を守ってくれていたらしい。
小学校は父が選んだもので、クラスはある程度の家柄の生徒が多かった。
それでも北条や西園寺の足下にも及ばない。
少しでも近しい間柄になれと親に言いつけられて近づいてくるものばかりだった。
(守ってくれていた……?)
そんなことを言われても、信じられる訳がない。
それほどまでに彼の態度は横暴だった。
自分をクラスから孤立させようとしているのだと、最後は自暴自棄になっていた。
誰とも関わらず、ずっと本を読んでいた。
だって、そうしている間に時間は過ぎるから。
祀莉の鞄の中にはいつも、本が一冊入っていた。
そんなことがあって中学に入ってからは要から距離をとっていた。
しかし、彼は学校という接点がなくなっても月に数回、休日に我が家へ来ていた。
無論、祀莉は要と会わないように自分の部屋にこもっていた。
要がいる間は絶対に部屋から出なかった。
(要は何しに我が家へ来ているんでしょう……?)
使用人に聞いてみたところ、弟が勉強を見てもらっているらしい。
なるほど家庭教師的なことをしていたのか。
祀莉の弟、才雅と要は仲が良い。
本当の兄弟みたいだった。
(才雅は要が怖くないのでしょうか……)
あまり顔を合わせていないからか、それとも小学校の子の話や才雅と一緒にいる時の様子を見ていたからだろうか。
少しずつ要への恐怖心が薄れていった。
そんなある日、祀莉にとって人生最大の危機が訪れた。
小学校の頃、友達がいなかったのもあって教室で1人本を読む機会が多かった。
その本というのは初めは子供が読むような童話だったが、だんだんとジャンルが変わっていき、最終的には高校生が読むようなラノベに手を出していた。
もちろん表紙にはカバーをつけているので、周りにはただ読書をしている女子生徒にみえただろう。
誰も祀莉が心をときめかせながら恋愛小説を読んでいるなんて思わない。
中学でも1人で過ごすことが多く、中庭や図書室でこっそり読書を楽しんでいた。
そして最近。
読んでいた漫画がアニメ化されることになり、ねだって自室に置いてもらったテレビでこっそり深夜アニメを見ていた。
その番組が最終回を迎え、続編を映画でやるという告知があった。
どうして続きは映画館なのかと、CMが流れるたびに何度も心の中で悪態をついた。
(見たい見たい見たーい! DVDの発売まで待てませんっ!)
祀莉は映画館へ行く決心をした。
しかし、問題が発生した。
ちょっと出かけてくると玄関を出たところで要に会ってしまったのだ。
要にはどこかへ出かけるのかと質問されたが、さすがに映画館にアニメを見に行きますとは言えないので「ちょっと……」とだけ呟いて小走りに敷地を出た。
緩やかな坂道をゆっくりと歩く。
(せっかく1人での外出の許可をもらったんです。要の相手なんかしてられません!)
……が、あろうことか後ろから要がついてくるではないか。
家の人間に行き先を知られたくないので敢えて車を用意させていない。
バスくらい一人で乗れるようになったし、映画館があるショッピングモールへは何度も行っている。
片道20分くらいだから歩いて疲れる距離でもない。
マンガや小説もこうやって買いに行く。
絶対誰にも知られたくないからこうまでしているのに、後ろからついてくる男は一体なんなんだ。
これじゃあ映画のチケットも買えない。
——どうにか振り切らなくては。
要は一定の距離を保って後ろを歩いている。
走ったくらいじゃ、やつを出し抜けないだろう。
目の前には大きな交差点が迫っていた。
(これしかありません!)
赤信号に変わりそうになっている横断歩道を一気に走り抜けた。
そしてそのまま止まらず全力疾走で目的地に向かった。
祀莉の足は速くないが、信号の時間分は稼げたと思う。
(む……無駄に体力と気力を奪われました……!)
もうすぐ映画の時間だ。
チケットが完売していなければ、このままシアターに入ってしまおう。
要もまさか祀莉がアニメの映画を鑑賞しているなんて思うまい。
幸い、席は空いていた。
初めての映画館。
(き、緊張で、体が震えます……)
ここの前を通ることは何度もあったが、まさか利用する日が来ようとは……。
数日前から脳内でチケットを買うシミュレーションは何度もした。
並んでいた列が自分の番になり、見たい映画を告げた。
ミッションを無事終えられたことに安堵し、学生証を提示した。
すると横からがっしりとした腕が伸びた。
その手には学生証が握られていて、写真には見覚えのある人物。
学年とクラスの横には“北条要”という文字が印字されていた。
そして彼からとんでもない一言が。
「中学生、2枚で」
……は?
祀莉が固まっている間に、要が会計を済ませた。
ドウシテ要ガココニイルノダロウ。
そんな言葉がずっと頭に浮かんでいる。
「時間がねぇ、早く行くぞ」
と、手を引かれた。
シアター内はすでに暗くなっており、スクリーンには映画を見る際の注意が流れていた。
事態が把握できない祀莉に対して要はあてがわれた席にどっしりと座った。
早く座れと目で訴えられたので急いで隣のシートに座る。
何コレどういうこと?
なんで要がいるの?
あんなに必死に走って振り切ったはずなのに。
頭の中で疑問を繰り返しているうちに、映画が始まった。
なぜだなぜだと考えていた頭はすっかり鑑賞モードに入っていた。
あぁ……やっぱり見に来て良かった。
映画館で観るのと普段テレビで観ているのとは迫力が全然違う。
特にアクションシーン。
ハラハラしながら主人公を見守っていた。
この映画が本当の最終回ということもあって、最後はやはり感動的に作られていた。
思わずこぼれる涙をハンカチで拭う。
良かったね。
やっとヒロインと結ばれたんだ。
ふとここで隣にいる人物が気になった。
どうせ、ぐーすか眠っているんだろうと思いながら、ちらっと目だけで隣を見た。
意外にも要は映画に見入っているようだった。
かすかに目が潤んでいるように見える。
ロボットもののアニメだから女子も男子も楽しめる内容だが、しかし、いきなり最終回を見て話の流れが分かるのだろうか?
エンドロールが流れても要は動かなかった。
終わったらすぐに出ていこうとすると思ったが、エンディング後のシーンまでしっかり見ていた。
色んなことに驚きを隠せなかった。