十二章 つかの間の休息 編
もう少々、アウトドア的な感覚でお付き合いください。
「すげえ臭い、これ塗るのか」
足元には、一匹の猫が縛られていた。
爪が異常に伸びたまま。
夏はそれを、そっと渓流の流れに乗せ流した。
「夏ちゃんの顔に傷が残ってもいいのか」
俺は、ブルブルと顔を振る。
「俺たちは熱いの苦手だ、海ちゃんが塗る」
やっぱりだ。
「これでいいのか」
「嘘みたいだけど、これで傷が残ったら俺が夏ちゃんお嫁にもらうよ」
「まあうれしいこと言う、アディーが人間に化けれたらいいかも」
「おいおい・・」
それをウインクの足にも塗ってやった。
そして自分の足にも。
「暫くは、殺菌してるから痛む、我慢だよ」
「行きましょう、あと三匹ボスキャラが残ってる」
ここに菜穂が居たら、・・・・菜穂?。
「菜穂なら、全身フル装備で来ただろうな」
案外GPSで本当に来たりして・・・。
「言わない方がいいわよ、地獄耳菜穂だもの」
そう言われれば、そんなネーム付いてたっけ。
「もう少しで、滝が見えてくるはずなんだけど」
猫の言う滝、さほど期待はしていなかったが、こりゃ・・・。
と感激したのもつかの間だった。
滝壺付近に浮かぶ、数匹の猫。
「何で・・・だよ」
夏と二人で引き上げる。
「海・・危ない」
ひっくり返った猫の目、赤い・・・
水飛沫とともに、差し伸べていた海の腕に激痛が走った。
「それ以上させるか・・海ちゃん下がってろ」
ブルーが二度目の攻撃に入った腕に食らいつく。
あっという間に、三匹は動きを封じられもがいていた。
「夏?」
「あたしは油断しないから」
水音で気が付かなかった、スタンガンが夏に襲い掛かった
相手に、ヒットしていた。
「ニューヨーク仕込み?」
「まあね」
手際良く縛った相手は、手ごろな大きさの石に繋がれ
滝壺に姿を消した、暫くののち水面が朱に染まっていった。
「ここからどうやって進むんだ」
滝を見上げる、見事な虹が出来ていた。
「こういうのは、違う時に見たいね」
「後で二人で来なよ、行くよ」
おいおい、行くよって・・・・
滝壺の裏に会った細い割れ目。
こんなトコあんのか・・せめえ・・おっと。
ちょっと気を抜けば、そこかしこに体がぶつかる。
尖った岩肌が鋭利な凶器のようだ、夏の後ろで身を屈めた。
当然、目の前には夏のふくよかな臀部だ。
「眺め良いかも」
「何処が・・ただ暗いだけでしょ、まだなの?」
「もう一寸このままでもいい、うわっぷ」
急に止まるな、あれ?ばれた・・。
「どうだった自慢のヒップは・・このばか」
顎にヒールキック、跳ね上がった頭が岩肌にガンっ。
言葉にできぬ痛みのあと・・・。
「意外に肉あるんだな・・・」
「撃つよ」
「ほら前が、明るくなってきた」
「いつもああなのか」
「ああ」
「大変だな」
「ああ」
こ、こ、これが…村。
いつの間にか上り坂になっていたらしい、出たところは
十メートルはあろうかと言える崖の中腹に空いた穴だった。
「ここ下りるの?」
「岩場が確りしたとこ行くから、よく見てて」
「足りない分は、しょーがないか」
するするとロープを下す夏、でもそれ。
「はい」
ですよね、やっぱ。
俺は足場を確かめ、踏ん張った。
この後、俺はこれまで生きてきた人生で一番の恐怖
を体験することとなった。
「早く来なさいよ」
「そんなこと言ったって、命綱無しだぞ」
「見ててあげてるでしょ」
下で見ていた夏には、へっぴり腰の俺がよーく見えたことだろう。
こんな時、決まって映画だと現れるんだよな、上からほら・・?
「おい、冷静に・・そんなの落とすって言わないよな」
下では、すでに構えている夏。
角度が悪い。
「海、思い切って飛んで」
「いや無理絶対無理、ッつう」
手に落石を受けた海の体が、次第に崖から離れていった。
「お前ら顔覚えたぞ」
海は言いながら、崖を蹴った。
着地した海の足に、脳天まで痛みが突き抜けたが、今は。
「くう~う、来るならもっと遅く来い」
自分勝手なことを言いながらホルダーから銃を構える。
相手の姿はなかった。
「厄介なことになってる」
「どういうこと?」
「見ただろ、目が赤くなかった」
「確かに、そうだった気がする」
「とにかく中に入ろう、ここはまずい」
「これ触ったら・・」
「駄目だ、黒焦げになる」
慌てて手を引っ込める俺。
入り口を探して、有刺鉄線の張り巡らされた柵に沿って歩いた。
出荷を待つばかりとなった、高樹齢の丸太で中は見えない。
例の犬が吠えまくっていた。
放し飼いになっていないことを願った俺。
夏がロープを仕舞い、採っておいた薬草を出した。
くんくんと匂いを嗅ぐ。
「やっぱ臭い」
「止まれ、何しに来た」
俺の肩がビクッと跳ね上がった。
夏もだった。
「あの・・この子の妹がこちらにお邪魔してませんか」
いきなりソレ言っても、通じない・・・うしろ・・。
ブルーが、散弾銃を構えた人物の後方に飛ぶように走った。
ミイィミイィ・・・と甘えた声でブルーに擦り寄る。
「本当のようだ、入りたまえ中で話してくれ、この辺は物騒だ」
ホントそうですよね・・・。
主らしき男が、腰に下げてあった小さな物に付いたボタンを押す。
扉にあった小さなドアから入った男のあとに付いて入る。
確かに村かも知れない、従業員の居住スペースか幾つもの
丸太小屋が並んでいた。
そのどれもに、洗濯物が干されているところを見ると
五、六人居るのは確実だ。
「わあ意外、こんなとこで同じくらいの子に会うなんて」
洗濯物の間から覗いた顔が言った。
嬉しさが声に表れている、それだけ久しく見た同性なのだろう。
直ぐにドアが開いた。
俺たちは訳あって履いて来たブーツ、その子は常に履いているのが
年季の入り具合で窺えた。
「もしかして、この子の飼い主さん?」
「そんな感じです、初めまして夏って言います」
「海です・・」
「へえいいなあ、夏の海かお似合いだね二人」
夏の薬指を示すかのように自分の薬指を指差して見せた。
その子は笑顔で、樹奈と名乗った。
俺はこの場にピッタリの名前だと思った。
「その辺の丸太に腰掛けてて、コーヒーでいい?」
「そんな、いいんですか」
「美味しいのよ自家製で」
確かにこんなとこで飲んだら格別だ。
「お、お、お袋・・」
夏と海が、アディ-の言葉に反応した。
「生きてた・・・のかい・・」
「早く行きなさいよ・・ほら」
照れ臭そうに夏と俺を見てから、歩き出したアディー。
顔を見合わせて笑ってしまう。
何とか、再会させることに成功した俺たちは、格別なコーヒー
で乾杯し、この日は久しぶりの来客に猪鍋に自家製の酒で
宴会を楽しむ従業員の姿があった。
初めての猪鍋に疲れを忘れ、箸を向けた。
ふと何処かから聞こえた、異様な鳴き声に俺も夏も
最後の戦いの場が迫っているのを感じながら・・・・。
足元では、母に甘え食事するアディ-と、妹に肉を進める
ブルー、これまでの疲れを癒す三匹。
これを機に、樹奈とは度々会う仲になった。
勿論夏が、である。
何とか、再会させられました。
ここまでお付き合いくださった方、有難うございます。
今回の台風大丈夫でしたか、ボロ家ですので瓦が一枚飛びました。
またお会いしたいと思います。不器用な黒子でした