十一章 乙女の顔は倍返し 編
仲間だった猫の最後に背を向け、川辺にたどり着いたおれたち。
順応性の高さを見せる夏・・・・
簡単に川に下るとは言ったが、何処下りるんだこれ。
道なき道を・・・下りるというより滑るに近い。
「ここで出てきたら、ヤバいね」
「スナイパーの腕信じるよ」
「連射用のタンクは?」
「これ、覚えてる?」
「試してみよっか、海のお尻で」
「やめろ、俺が猿になる」
味方が増えたことに油断していた。
「後ろが騒がしくないか」
ぺキッ、バキッガサササ・・
「撃ってくれ・・・・ンミャー」
縺れ合うように転げ落ちていく。
「ウインクが・・海ちゃん撃て」
「どっちに当たるか・・」
ええ~い、知らねえぞ。
撃った数発・・・・。
呻き声が上がったが、どちらの声かわからない。
「夏」
海の予想通りだった。
「くう、こっちにもか」
アディ―が声を上げた時、ほぼ同時に夏の指先が
反応していた。
連射を浴びた相手が転がり落ちるのを、抑え込んだ・・いや踏んだ夏。
「こっちは猫だけど、目が赤い」
言いながらも、冷静に夏はリュックから取り出したロープで
素早く手足を縛る。
「こっちは済んだ」
気の幹に引っかかった、ブルーが相手の喉元に
しっかりと喰らい付いていた。
無傷ではない。
太腿辺りから流血が見られる。
「当たったか、ごめん痛かったろ」
「二発、あとはこいつに・・サンキュー、やっぱ痛えやすげえ術だ」
「やられたのか」
「此奴ら爪伸ばせるから、薬草でチョイチョイだ」
アディーは夏の横、俺がウインク、ブルーと、青ややこしい
けど、もう一匹・・・バッタってのもどこ行った。
「此奴に逃げられたら、厄介だった」
三匹が咥えて運んできた、かなり大型の猫。
「何てこったよ、このひと《ねこ》まで・・」
「行こう、ここに居たら嫌なものを見なきゃいけない」
「いいのかよ」
「よく励まされたよ、でももう助からない」
何度も振り返っていたが、ひと際大きくなった
呻き声に、振り向くことを止めた。
源流に近いと思える清流は冷たかった。
後味の悪い野戦のあとにこれは何よりも
有難かった。
「このまま上流に向かおう、もう少しで夜も明ける」
「こんな簡単に進めるって、変じゃない?」
「やっぱ思ってた?」
「ねえ、力の強い猫って、多いの?」
「二十位、中でも六匹は桁違いだ」
聞かなきゃ良かった、予想より多いじゃねえか。
俺たちはあえて水音を立てながら進んだ。
敵の大きさを解らせるのも戦略の一つ。
「此の何日かろくなもん食ってねえ、魚でも
腹一杯食いてえぜ」
俺たちは、まだあの肉で満たされていたが、
食わせてやりてえけど・・・。
「海は、サバイバルはダメだね」
夏が何かを手に、ニヤニヤして言った。
「あんたとあんたは見張ってて、あとの二匹はこっち」
二匹を順に、向こう岸に放った。
「何すんだい?」
「そっちを見張るの、危なくなったら来なさい」
「ペン型ロッド、かよ」
「アディー、その辺の石をどけてみてひっくり返してね」
ブルーと二匹で水辺に浸かった石を転がす。
「うげえ、変なのくっ付いてる」
「それこっちに早く、逃げちゃうでしょ」
「なんだよこれ」
「陽炎の幼虫、これが一番」
「何か、児島○○こみたいだな」
「解る人しか解んないこと言わない、ナイフ出しといて」
人が近寄らないだけあった。
物の五分もたたないうちに人数分は釣っている。
ますます児島○○こみたいだと思いながら、集めてきた
枝に魚を刺していった。
(児島○○こ・・・海の好きだった釣番組に出ていた
女性フィッシャーウーマン)
「そこで火を焚けば、相手が・・」
「面倒だから、来てもらいましょう」
来てもらうだってえ、おいおい。
「すげえ人に飼われてんな、米助もお前も」
「明日になったら、お前らも仲間入りだ」
すっかり辺りが朝靄に包まれ始めた頃、焼き上がった
ヤマメを旨そうにしゃぶりつく三匹の姿。
「美味そうだな、一匹ずつ貰おっか」
俺たちは気付いて居ながら、食っていた。
臭いに釣られ、次第にその数がはっきりと分かり
近付いていた。
「夏・・」
「わかってる・・」
「さ~て、行きますかぁ」
ひと際声を上げた夏、草薮がガサついた。
バシャバシャ、水音がした。
上流に目を凝らす、渓流釣り師がポイントを求め歩く姿。
「やたら本格的な恰好だ、どっちにしても怪しい」
「先見てくる、お前らあっちな」
三人の釣り師に分かれた猫たち。
ポイントを見つけた釣り師が、素早く一匹を抜き上げた。
後ろのバッタに気付いた。
言葉はない。
ネットから取り出した一匹を、バッタに放った。
「本物かな、あっ・・」
油断し、魚に食らいつく瞬間だった。
渓流竿が、バッタの脇腹にヒットしたかに見えた。
二人の釣り師が見当たらない、ん?上流?
上流にあった大岩の影に一人、その奥にもう一人。
バッタは、そのまま無傷だった。
寸でのところで、戻っていった竿から繋がるラインが
水面にはらりと仕掛けを落とし、流れに乗っていく。
夏が声を掛ける。
「早いですね、どうですか?」
ちらりと向いたが、小さく手を振った後水面に
集中してしまった。
次第に大きな岩が目立ち始めてきた。
本能が危険信号を出す。
「海、わかってる?」
「この通り」
二人が十分に竿先で届く距離に来た。
釣を続ける三人、すぐ後ろで警戒しつつ
様子を窺う三匹、二匹が海と夏に付いていた。
「草薮のこいつ等、俺たちを村まで行かせないつもりだ」
「その村は安全なの?」
「ものすげえ犬が、何てったっけ、そう、甲斐犬」
「熊対策か、今の言葉じゃ一匹じゃないな」
手を見せるのはわかるけど、お前らのその手は
五なのか、それとも一か。
「口で言ってくんないか」
「五、もう生まれてたら、あと三匹は増えてる」
「そりゃ、俺でも近寄らねえぞ」
ひゅんっ、一瞬だった。
夏の頬に、徐々に赤い線が現れた後、タラリと
血を滴らせた、指にそれを触れ確かめた夏。
「乙女の大事な顔を・・・・倍返し」
古い気がしたが、そんな場合じゃない。
間合いを詰めた夏に、・・・カーンっと音がした瞬間
夏のエアーガンが、竿を受け止めていた。
バチバチバチッ、という音と相手がのたうつ姿が同時に見えた。
すぐに動かなくなった釣師。
「海、これ縛ったら行くから、向こう」
既に走っていた俺はその声を後方に聞いた。
大岩の横をすり抜けるとき、俺は数発発射した。
飛び出した影が、その場に落ちる瞬間を蹴り上げる。
夏を傷つけられ、遠慮する気も無くなっていた。
安全ブーツの爪先がメリ込み、吹っ飛んでいく。
見たこともない技を使う俺たちに、一人が
竿を放り出し逃げ始めた。
バシャバシャと向こう岸に渡った。
相手が足を取られる。
転んだ相手は石で
打ち付けたのか動かない。
何かが足を引いた。
目で追う、釣糸?。
「自分たちの武器でやられちゃ、文句言えないでしょ」
渓流竿を手に、笑顔を見せる夏が立っていた。
頬を流れていた鮮血に、朝日が当たった夏の笑顔に
俺は、不思議な魅力を感じ鼓動が早まっていた。
辺りに、アディ-の声が響いた。
目を向けた俺の太腿に激痛が走ったのは、次の瞬間だった。
そろそろ山を抜けたいな・・・・
そうなると最終話が近くに見えて・・次話で会うブルーの妹に
注目です
またお会いしましょう 不器用な黒子