一章 化け猫と風呂に入る編
どういう展開になって行くのかこれから思わぬ展開になってしまうかも知れませんが、興味半分、間違って見に来てしまった方も最後までお付き合いできたら・・
とりあえず読んでみてください。
「おおい、今日昼飯は?」
大和に向かって、社長の声が飛んだ。
「適当に済ませるんで、ダンプ借りていいっすか?」
「じゃ、そこだけやったら、昼だ」
走り去る、社長の乗り込んだ車のテールを
見送った大和 海。
練り残しのモルタルを、
塗り込んでは器用に成型していく。
西洋屋敷を思わせる建物は雰囲気満点である。
外壁と、門柱を取り付けるための工事。
先日仕上がったばかりの外壁の上に、ふと目線を向けた。
海の居る方に、ゆっくりと一匹のデブ猫が近づいてくる。
妙にアンバランスである。
体型からは、想像し難いほど軽やかな足取り。
外壁の端までやって来た。
猫特有の仕草で顔を洗う、海と目が合った。
真下で作業する海に、臆する様子もなくその場で蹲る。
垂れた尾が、ぱたっぱたっと一定のリズムを刻む。
よく見ると喉元のあたりから、
首輪に取り付けられているプレートが、ちらりと見えていた。
これから門柱工事で、そこに立つ予定の海だったのだが、
どうやらこのデブ猫に先を越されてしまった様である。
(アイツもこんなんなってたりして・・)
「あの子は、ならないね」
「え?」
辺りを見回すが、誰も見当たらない。
(まさかな・・)
見上げた先には、デブ猫が後ろ足で・・
耳の・・だいぶ下の方を掻きむしっていた。
「その体型じゃ頑張った方か」
「悪かったね、デブ猫で」
(デブ猫?)
恐る恐る壁の上に目線を戻した。
立ち上がったデブ猫は、確かにウインクをした。
次の瞬間、ひらりとは言いがたい動きで
壁の向こうに消えた。
(近所に科学者でも・・居んのか?)
ペット型ロボットが売られる時代。
海の頭の中は、こういう推測
をすることで、己がパニックにならずに
済むことを選んだ。
2tダンプに乗り込もうと
運転席のステップに、足を掛けた時だ。
視界の隅に、バックミラーに写る
人を捉えた。
振り返った海。
「おっお前、なんで、、、化け猫か」
海の目が、泳ぐ。
「なんて顔してんのよ、久しぶりの再会に化け猫って何」
この家の依頼主の一人娘。
本格的に絵の勉強がしたいと、
本場パリに旅立った元恋人である。
その 依頼主(彼女の両親である)とは、仕事の合間によく話し込むことがある。
時々連絡があるといった程度の話も聞いていた。
てっきり、今頃どこかの風景や街並み相手に、
キャンパスに向かっていると思っていたのである。
房州夏、目の前に立ち、
あの頃と全く変わらぬ笑顔を見せている彼女。
「昨夜の便で帰ってきたんだけど、起きてびっくりよ!
初めて自分の部屋の窓から見えたのが、仕事してる海なんだもん。笑」
「こっちは、夏が帰ってくるなんて聞いてねえから、
驚いたのはこっち、さっきのデブ猫といいお前といい。」
「朝から二人とも出かけるって、こういう訳ね。 で、誰がデブ猫なの」
「お前じゃなくて、ん~んその・・猫型ロボットが」
「意味不明」
あまりの突然の再会に、海の頭の中の思考回路が。
開かれたシャッターの奥、見覚えのある車。
当時、世界中にロータリーマツダを知らしめた
コスモスポーツである。
「運転してくれる、海が見たいな。」
そのままパリを走っていても良いスタイリッシュな
ボディーライン。
「いいのかよ」
「もともとあんたに乗せようとしてたらしいよ」
表の水道で丁寧に手を洗った。
案の定、タオルは真っ黒。
材料の梱包されていたビニールのエアシートを
シートに被せる。
海もマツダに乗っているが、全くの別物だ。
広島の職人魂が、ステアリングから伝わる。
夏のオヤジさんも、海をしのぐマツダ馬鹿だと夏はいつも思っていた。
「ここ、何も変わってないね。懐かしいなぁ、よくああやって、
海が波乗るの見てたもんね」
「んぐっ、変わったのは、夏の料理の腕前だな」
「まっさか、海が食べるお弁当だったなんてね、見てよこれ」
『海と楽しい昼食を・・・笑より』
「相変わらずだな、母を笑かぁ」
こんな粋な洒落と、サプライズをしてくれた夏の両親。
夏の父親 房州 総一郎 日本で指折りの大手建設会社の代表取締役である。
夏の夢のため、別れを覚悟した海を、陰で静かに見守って来た男であった。
そんな総一郎を影で支え、今の地位を築かせたのが母、由香里だ。
何度得意先から持ち掛けられても、見合い話しに首を振り続けてきた海。
それを知る、総一郎の気持ちの強い現れかも知れなかった。
「ほらっ、お昼終わっちゃうよ」
海の手から弁当箱を取り上げ、空いていた手で海の手を引いた。
「今日、空いてる?」
「何時?」
「七時に迎えに来て」
「ふうーっ、明日の段取りはこれでよしっと」
「ああ大和、これ今月は手渡し、しばらくは
房州サンのところ頼むよ」
「てっきり連休明けだと思って、助かったっす」
「聞いちゃったからな。笑」
「絡んでたんすね、今日のこと」
「ほら早く、なっちゃん口では強がってたけど
楽しみにしてるって。その代り連休明けは休むなよ。・・笑」
足早に引き返していく社長に、海は深く頭を下げた。
いつもの癖が出て、スーパーに立ち寄りそうになる。
車内のオーディオに表示されている時計は、五時四十二分を表していた。
ホルダーにセットされていたスマホに音声認識をかける。
海はミュージックが流れるオーデイオのボリュームを絞った。
右折レーンに車線を変更した。
『駅前通り』と書かれた標識。
しばらく桜並木が立ち並ぶ通りを走った海の車が、
ハザードを点灯させ、路肩に寄って停車した。
最近オープンしたばかりのアミューズメントパークに、入っていった海。
出てきた時、海の隣には一人の女性の姿があった。
「長かったね、海」
「ああ、何とかやってきたけどな」
「もうあんな海見たくないしね、だめだったら私がもらってあげるか」
「そうならないことを願ってもらいたいな」
「へえ~、まだそのおっさん車のってるんだ」
「おっさん言うな、この良さ・・「はいはい、わかりません。」
振り返りもせず、手を振りながら店内へ引き上げていった。
「もうこんな時間か。」
ふと足元に気配を感じた。
「また会ったのぅ」
「うわぁぁぁ」
今度は体が動いた。
運転席に飛び込みロック。
「アイツのイタズラかぁ?」
「行こうかのぅ」
「ひっぃ」
運転に集中できない。
「と・・とにかく・これ下に敷いて・く・れ」
短くにゃ~っ、っと哭くと、海の手から
タオルを前足で受け取った。
逃げ場の無い車内に、驚く気力も失せてしまった。
愛車で事故を起こすくらいなら、何処かで降りてくれるまで
相手が化け猫だとしても、我慢するしかない。
「化け猫はともかく、あの子と会うのになんて顔だ」
(その原因・・・・)
慌てて、頭の中を空にする
「ほ~う」
やっぱり、考えを悟る。
「あの~、その悟りっての止めてくれます」
「うむぅ、乗せてもらっとるからの」
(勝手に乗ってきてよく言うよ)
「止めようかのぅ」
「お願い致します」
体を小刻みに震えさせ始めた。
長い尾が、天を差すように持ち上がった。
かと思うと、みるみる捻れて行く。
それはしばらくすると力を失い
パタリとシートに垂れ落ちた。
「これでいいな」
胡座をかく様に座った。
「どうして、俺?」
「聞くのか」
「やっぱりいいです、大体このあと食べられたり
取り憑かれたりがお決まりですから」
「やっぱり、忘れてしまったか」
信号が青から突然赤に変わった。
交差点には・・・海一台のみ。
前も後ろの交差点にも、沢山の車が居る。
なのに海の居る交差点だけが。
助手席に目を向けた。
「ん?」
しきりに右足、この場合は右手か。
舐めている右手の柄がふと目に付いた。
(さっきまで無かったぞ。)
体は虎模様、俗に言うどら猫なのに対し、右手の先だけ
くっきりと白のストライプが・1・2・3本、まるでアディダスの
ソックス・・・・・んんんん?。
(舐めて・・・濡れると現れる?あの時も濡れてた)
「アディダス?」
「思い出してくれたかい」
途端に、海の中から恐怖心が吹っ飛んだ。
確かに不思議な能力を持つ猫となったが、こいつは
あのアディダスなのだ。
「久しぶりに、風呂入るか」
「怖くないのか」
「俺が、だってお前アディダスなんだろ?」
「デジャブじゃないのかい、海ちゃん」
「あ~、こいつぅ」
海は、左手で頭を撫でてから喉をくすぐった。
擦り寄りながら喉を鳴らす・・・アディダス
だった。
いつもなら、開放的に開け放たれている筈の海のアパートの風呂場の窓。
今日はぴしゃりと閉まったまんま。
中では、目の前の泡だらけになった
デブ猫と格闘する海の姿が。
「何でこういうところは、普通の猫なんだよ」
「海ちゃん、いつも普通の猫だぜ」
(これが普通だったら、世界中パニックだ)
しまったと思い、泡の塊を見る。
「悟った?」
「体が濡れると悟りの力が出ん」
そう言いながら、両手を使い手桶でお湯をかけ流す猫は
世界中探しても、見つからないだろう。
アディダスのことはのちに詳しく。
「じゃあ行くけど、お願いだから散らかさないでくれよ、お土産買ってくっから」
「夏っちゃんと帰って来いよ」
夏は海に
エスコートされ門をくぐった。
夏もこの店は知っていた。
店内を見渡す。
「翔琉、無理してない?」
「してるよ、その先は言ってほしくないけど」
ちらりと腕時計に目を向けた。
(どうする・・・話すか・・)
「何か用事でもできた?」
「いや、それよりどうだった本場は?」
海の知らないパリの話に、ジェスチャー付きで話す夏。
パリの街並みも、海の頭の中では靄がかかったように
鮮明に表せなかったが、楽しげに話す夏が目の前に居るだけで
十分だった。
「ふぅ~、いい気分になったし出るか」
「半分出そっか」
「その金で、絵の具でも買えよ。」
(できたら猫缶もかな)
「うわぁ~いい香り、懐かしい」
「なら、もう一つ懐かしい顔に会いに行くか」
「え~誰」
「その前に、あいつんとこだ」
久しぶりに二人で歩いた並木通りで
夏はゆっくりと海の腕に腕を絡めた。
アミューズメントパーク店内。
「ああ~もうちょい、く・くっそうぅ」
「センスないな~、次は私が」
ガラスにへばり着く二人。
その横で、従業員が笑っていた。
夏の親友、棚田 《たなだ》 菜穂
父親の経営するこのアミューズメントパークを
任される、お宅ゲーマー。
ゲーマー界の中では、ちょっとしたものである。
「二人センス悪すぎ」
取り易い位置に移動してもらい仕切り直し。
勿論これも予定通り。
「キャー来た~、海~えらい~」
「それ私じゃない?」
「菜穂~サンキューってあれ?」
「どしたの」
「ふつうこれって、・・・」
「ほんとぬいぐるみ生地じゃないわね」
スヌーピーのぬいぐるみ、両手で挟み込むように
小さな箱を抱えている。
「マジックテープで、外れるよ」
人間の心理で、こういう箱はつい振ってしまう。
「何か入ってる」
「あっごめん呼び出し」
「あ~ん、海開けて」
「それまだあと二回残ってる、やってて」
そ~っと戻って来た菜穂が、夏の頭に何かを被せる。
「えっ何何、これが入ってたの」
「それはあたしから」
「これだった」
見間違うはずがない、自分の誕生石。
「これ、いつから?」
「夕方、きったない作業服のお兄さんが来て頼まれた」
「早く指、それともごめんなさいか?」
「そ、そうじゃないけど、さっきの店も今月大丈夫なの?」
「飯作ってもらえたら、とりあえず飢え死にはない」
手を差し出した夏、海が指輪を通した薬指。
「さすがにここでキスは、あとは二人っきりでどうぞ」
カシャリと、構えていたスマホのシャッターが切られた。
「後で額に入れて届ける、お幸せに」
インカムで呼び出された菜穂は手を振りながら
小走りで去っていった。
また二章でお会いしましょう。
ありがとうございました・・・・・・・・黒子より