みかちゃんの恋花火
「渋君へ
渋君いきなりこんな手紙をもらって
びっくりしてると思います。
こんなことモテそうな渋君なら
いつものことだろうけど、
思い切って言ってしまいます。
私は渋君が好きです。
いつも笑顔で迎えてくれる
渋君が好きです。
だから私と・・・」
「そこちょっと急すぎない?」
真向かいに座っている幼馴染の加奈子が言う。
「うるっさいなぁ!長々とした文章は回りくどいからいいんだよ!」
「えー私も加奈子と同じ事思ったけど」
すぐ隣に座っている亜里沙も加奈子に同意する。
「えーせっかくここまできたのに。
もうここで「付き合って下さい」でいいじゃん!」
みかはやや大きな声で2人に反論する。
午後8時半。
夕食時のファミレスは混んでいる。
もうとうに食事を済ませた3人はドリンクバーでもう1時間もこの場所に居座っている。
「渋君がどんな風に格好いいか書きなよ」
「・・・絶対面白がってるでしょ」
みかが加奈子を睨み付ける。
「1人だと書けないから3人で書こうって言ったの、みかでしょ」
「そうだけど」
「だったらうちらの意見も聞きな」
ぴろりん。
プランの通知音が鳴る。
加奈子が黙ってそれに反応しすぐにスマートフォンを元の場所に置く。
ぴろりん。
また通知音。
「いいなぁ」
「なにが」
「それ優君でしょ。いいなぁ。私もそういうのやってみたい」
「告白したらできるでしょ」
「できないよ!渋君がどんだけもてるか加奈子知ってる?」
「いや知らないけど」
「この前も切りに行った時そういう話してたもん!」
「ふつうはそういう話客にはしないと思うんだけど」
「してたもん。お休みが平日だから一人だとつまんないからずっと寝てるって」
「その話がどう渋くんがもてるって話につながるんだよ」
「きっと土日は女の子たちと夜遅くまで遊んでるんだよ!」
「いや、土日は仕事だろ」
「仕事の後だよ!」
「あーもういい、早く続き書きなって。
なんかさっきから店員こっち見てる気するんだけど」
亜里沙がそう言ってウーロン茶をずずずと音を立てて飲む。
「これで最後だからね。もうお腹たぽたぽ」
そう言って亜里沙は立ち上がりドリンクバーへと歩いていく。
「ねぇ、もう1回書き直していい?」
「別にいいけど9時までには書き直してね。
優君仕事終わったから」
「もうすぐじゃん!わかった!ちょっと待ってね」
そう言ってみかは新しい便箋を取り出す。
「もっとシンプルにしてみなよ。ID交換しませんかで
話通じると思うけど」
「そうかなぁ。でも直接的過ぎる気がする」
「じゃあ渋君と恋愛は無理だね」
「やだぁ!」
「じゃあどうすんのよ」
「え?なになに?」
亜里沙が席に戻ってくる。
「もうID教えてくださいだけで通じると思うって言ってんの」
「私もそう思うよ。客からそう言われたらわかるって」
「だってそういうの慣れてると思うし」
「だってってなんだよ。あーもう今からお店行こうか!?」
「やめて!絶対やだ!」
「いいじゃん。行こうよ」
そう言って加奈子と亜里沙は帰り支度を始める。
「え。なにほんとに行くの?私言わないよ?」
「言わなくてもいいから。顔見るだけ」
「じゃあ私も行く」
清算を終えて3人は外に出る。
夜はもう半袖の制服が少し肌寒く感じる。
「あ、月」
「でかー」
「今日スーパームーンらしいよ」
「なにそれ」
「知らん」
「なんかいつもより光ってんね」
「満月の日って犯罪率が上がるってこの前なんかで見たよ」
「ふーん」
「ね、ほんとに行くの?」
「行く。
ホームページのやつしか見たことないし実物見てみたい」
「・・・・好きにならないでね?」
「ならねえ」
「ほんとにだよ?」
「あーはいはい」
3人で一列に並んでだらだらと駅前の道路を歩く。
午後9時10分。
店の裏口に着く。
3人は裏口からは死角になるアパートのコンクリートの塀に身を隠す。
「ストーカーじゃんこれって」
「前髪カットで月に3回も行くお前が言うな」
「伸びるんだもん!」
「あーはいはい」
「あートイレ行きたい」
「優君どうすんの」
「こっちのが面白いからいい」
「確かに」
「え、告白しないよ?」
「ID聞くだけでいいから今日しなって。
満月なんだし力もらえって」
「アニメかよ」
「そうだよ。
もうね、みかは恋に恋してる期間が長すぎる。
もう半年は渋君渋君言ってんじゃん。
その間に私は2人彼氏が変わったよ?」
「それも問題あると思うんだけど」
「あー亜里沙んとこは安泰ですよ。はいはい」
「あ、誰か出てきた」
店の裏口から男女が数名出てくる。
「いる?」
「いる!」
「え、どれ?」
「あの背の高い帽子かぶってる人」
「はいいってらっしゃい」
「え、無理だって」
そう言ってみかは加奈子の腕を引っ張る。
「一人で行けって」
「無理無理無理!絶対無理!早くぅ!」
「ちょ、そんなに引っ張んないでよ!」
「いっちゃういっちゃう!あ、一人になったみか、行けっ」
渋君はそのままスマートフォンをいじりながらそのまま
細い路地へと入っていく。
3人も少し後ろをついていく。
「今日は言わないって言ってんじゃん!」
「IDID」
「だから無理だって」
渋君がタバコの火を点ける。
あ、煙草吸うんだ。
「まだ未成年じゃないの?」
亜里沙が隣で声を潜めて言う。
「ううん、もう二十歳のはず」
煙草を吸いながら歩いている渋君の後姿をぼんやりと眺めながらそう答える。
角を曲がったところで前から小さな子どもを連れた家族が歩いてやってくる。
渋君はスマートフォンをいじっているので家族には気が付いていない。
2歳くらいの足元もまだおぼつかない男の子が渋君めがけて
ひょこひょこと歩いてくる。
「きょうくん危ないよ!」
その一言で渋君もやっと気が付く。
ひょいっと避けたその瞬間、煙草の灰が男の子にかかった気がした。
ドーン。
みかの打ち上げ花火があがった。
夜空に、大きく円を描いて。
きれいにきれいに、上がった。
角を曲がってしばらく歩くと渋君は煙草を道路に捨てた。
ドーン。
みかの打ち上げ花火がもう1回。
「なんか・・・感じ悪くない?」
加奈子に言うでも亜里沙に言うでもなく立ち止まってみかがそう呟く。
「私も思った」
「私も」
だよね・・・心の中でみかは答える。
いつも、いつも私はそう。
相手をよく知ろうともしないで自分の想いだけぱんぱんに膨らませて
勝手に理想の彼氏をその人に当てはめていく。
こうだったらいいな。
こんなこと言ってくれたらいいな。
きっとこんな生活を送ってるんだろうな。
そんなことを思うだけで毎日が幸せだったのに、
恋が現実味を帯び始めるといつも私の恋は打ち上げ花火みたいに
跡形もなく消えてしまう。
ほんと、いつも、そう。
「ま、男なんていっぱいいるしね」
加奈子が言う。
「そうそう。あんなんいっぱいいるよ。
別にかっこよくないし」
亜里沙が言う。
「ま、そうだね。ね、帰ろう」
「うん。もういいね」
3人は元来た道を引き返す。
「あ、優君からプラン来てる」
「いいね、うんうん、いいね」
適当にそう答えながらみかは空を仰ぐ。
今度はうまくいくと思ったのになぁ。
そして煌々と照る満月を恨めし気に眺める。
完