大きな愛と見えない檻を
よろしくお願いします!
うむ。
僕は大きくうなづく。
状況をとりあえず、整理してみよう。
うん。
そうしよう。
慌てるな。大丈夫だ。
そんなに大変なことじゃない。
うん。
落ち着いて、状況を確認するんだ。
体の状況からチェックしようか。
顔。まぁ異常なし。
首。痛い。ピリピリする。そして動かせない。
肩。回せない。
腕。上がらない。
手首。何かついてる。重い。かろうじて指は動く。
腰。動かすとチャリッという音がする。
足。正座の状態。足首同士が結ばれて、しかもその鎖が壁についてるから立てない。このままだと足が痺れるのは時間の問題だ。
以上。
部屋を見渡してみよう。
床。コンクリ。穴はない。
壁。コンクリ。僕が出られそうな穴はない。縦横30センチくらいの格子のついた窓はある。僕の頭上のはるか彼方に。
ドア。僕の目の前に一つ。20メートルは離れている。頑丈そうだ。多分殴ってもこっちの手が折れる。
以上。
……うん。
落ち着こう。
どういう経緯でここに至ったかを考えろ。
最近、記憶が飛ぶのはよくあることだ。
あいつが何やら僕にやらかすからな。
気付けば公園にいたり、家で寝てたりしたっけな。
でも今回は初めてのパターンだ。
起きたら体が動かん。そして見覚えのない場所から出られない。
「……うむ」
大きくうなづいてみる。
まぁ何も変わらないのだが。
がちゃり、と音がした。気付くと、ドアが薄く開いて、人が覗いている。
黒髪ロングの、背の小さい女の子。もちろん見覚えがある。
「……説明してもらおうか、アイ」
きいっ、とドアの隙間が薄くなる。
「逃げるな。僕は怒ってない」
堪忍袋の緒が少々細くはなっているが。
「……怒ってるよね?」
「怒ってない。安心してドアを開けろ」
こんなことをされて冷静な僕を誰か褒めてくれ。そして、怒ると分かっているなら初めからこんな真似をするな。
「……だってコウ君、何にも気付いてくれないんだもん……」
覗いた目がうるうるしている。
ここで泣かれるとまたややこしくなるので、僕はあえて優しい笑顔を作る。
「アイ、話をしよう。おいで」
手招きをして安心させようとするも、手はつながれていた。
この忌々しい手錠め。
「……じゃあ」
ドアが開き、アイが姿を現した。僕と同じ歳には見えないくらい細くて小さい体。大きい目。長い黒髪。
……こんなことさえしなければ、即効彼女にしていただろうに。
「とりあえず、僕の状況を説明してくれるかい?」
笑顔を作る。
「……コウ君、何にも分かってないもん。私が必死にアピールしてるの、気付いてくれないんだもん」
アピールの仕方を間違ってるからじゃないかなぁ? という言葉はあえて飲み込む。
「どういうことかな?」
「私、ずーっとコウ君を追いかけて好きって伝えようとしてるのに……コウ君何にもお返事くれないし……」
みるみるうちに目が潤んでくる。多分普通の男子であれば、すぐさま抱きしめていることだろう。愛くるしい、という言葉がとてもよく似合う。
「分かった。よく分かったよ、アイ。だから涙拭いて。ね?」
「コウ君分かってくれた?」
チワワみたいにうるうるした目をこちらに向けてくるアイ。
「うん。大丈夫。だから涙拭いて。あと、僕の手も解放してくれるとより嬉しいな」
にっこり笑う。アイは少し長い袖で目をごしごしと拭いたあと、ポケットから出してきた鍵を手錠に差し込んだ。
「ありがとう」
何でここで僕が感謝しなくてはいけないのかは分からない。
「……さて、本題に入ろっか。アイ、ここはどこかな?」
「……うちの地下。こないだ作ったの、業者に頼んで」
業者って……。僕はため息をつきそうになる。さぞかし頼まれた人も戸惑ったことだろう。
「アイのお父さんにも知らせてるの? ここのことは」
こくん、と縦に振られる首。
アイの父親は、相当の親バカである。だから二つ返事でOKを出したのだろう。それくらいは容易に想像がつく。
「……アイ、僕に何か言いたいことある?」
「大好き」
「そうじゃない」
ごめんなさい、という言葉を期待していた僕は即答してしまう。あっ、と思った時にはもう遅い。
目に溜まる水。一瞬にしてこぼれ落ちる。
「うわぁぁぁぁん」
しまった。
コンクリートの部屋に響き渡る泣き声。耳がわんわんとおかしな音をたてる。
「分かった、分かったから、ごめん、アイ!」
「うぇぇ……んっ」
まるで幼稚園児のように袖口で目をこすり、口を曲げてしゃくりあげるアイは、冗談抜きで可愛い。ただ、付き合おうと思わないだけで。
「……とりあえず、今日は仕方ない。やっちまった事はもう戻せないし、な?」
僕は何を言ってるんだ、と混乱しながらも、アイをなだめる。面倒な奴め。
「でも……コウ君のこと好きなんだもん。ずっと一緒にいたいんだもん」
うるうるした目は僕をまっすぐに見上げる。
「そうか。それは嬉しいな」
僕は笑顔がひきつらないように微笑む。
「コウ君気付いてくれないから。だから、作ったの」
「何を?」
「この部屋を」
……おいおい、話が怖い方に飛んでいってるぞ?
僕は解放された手で、アイのさらさらの髪を撫でる。
「分かってる。アイは僕が好きなんだろ? 分かってるよ」
「分かってないの」
ぶんぶん、と首が左右に振られる。アイが続けて口を開いた。
「ここは、オリなの」
え、と僕は声を出した。
「……おり?」
「オリ。コウ君が気付いてくれるまで出ちゃいけないオリなの」
……オリって何だ。あれか、動物園で動物と人間を仕切っている、あのオリのことか?
「……どういうことかな?」
「コウ君はこっから出ちゃダメなの。私がいいっていうまで、ずっとここにいるの」
おい、待て。それって監禁だろうが!
「ちょ……冗談言うなよ」
「冗談じゃないの。コウ君、ドンカンだから作ったの」
ドンカンって……。
僕は呆れてため息もつけない。僕のどこが鈍感だっていうんだよ!
「アイ。僕の話を聞いてくれ。これは監禁だ。れっきとした犯罪だ」
落ち着け僕。とにかくここから出ることだけ考えろ!
「ハンザイじゃないもん。好きなだけだもん」
その『好き』が犯罪級なんだよアイ! 頼むからここから出してくれ!
僕は心中嘆きながら、顔は笑顔をキープする。
「アイ。こうしよう」
僕は今思いついた交換条件をぶつけてみる。
「僕だってやらなきゃいけないことがいっぱいある。アイだって学校に行かなきゃいけないし、僕が帰らないと父上が心配する。だから、とりあえずここから出してほしいんだ。その代わり、僕は毎日アイに会いに来るよ。どうかな?」
反論を受け付けないように一息で言いきる。アイは大きな目をもっと大きく丸くした。
「……ホントに毎日来てくれる?」
「うん。約束する」
僕は大きくうなづいた。
アイはこんなことさえしなければ本当に可愛いのだ。毎日見たって飽きやしないくらいに。僕はもう一度、安心させるように頭を撫でた。
「絶対来てくれるの? 雨が降っても?」
「うん。もちろん」
「雪が降っても?」
「当たり前だろ」
「……竜巻が来ても?」
「……うん。なんとかして来るよ」
僕は苦し紛れに答えた。みるみるうちに、アイの顔がぱぁっ、と明るくなる。
「約束、だからね! 破っちゃダメだからね!」
「うん。ちゃんと守るよ」
「もし破ったら、ここから一生出さないからね! 約束だよ!」
おい、可愛く笑ったままそんなホラーみたいなこと言うな。怖い。
僕はぽんぽんと二回、アイの頭を叩いた。にこっと笑って、重いコンクリでできた分厚いドアを開けてくれたアイを見て、本当に素直で可愛いな、と僕は思った。
「……ただいまー」
「おかえりなさいませ、光一様。……お疲れのようですが」
僕はスーツ姿の執事に苦笑する。
「今日は一段とね。疲労がすごい」
「お帰りも少し遅い気がしました。お父様が心配しておりましたよ」
しまった、と僕は時計を見る。午後7時16分。いつもならとっくに学校から帰って晩御飯の席についているところだ。
「……ごめんな、これから気をつけるよ」
「いえいえ。私は光一様がご無事であればそれで。……すぐにお風呂の準備をして参ります」
「あぁ、頼むよ」
僕は部屋に向かおうと、大きならせん階段の一段目に足をかけた。
「あ、光一様!」
どうした、と言いながら振り向くと、執事が思い出したように言った。
「光一様がおっしゃっていた87番、お付けいたしました」
あぁ、と僕は微笑む。
「ありがとう。いつもすまないね」
いえいえ、と言いながら屋敷の奥に消えていく執事を見送り、僕は部屋へ向かった。
真っ暗な部屋。
僕は手探りでスイッチを見つける。
「……あったあった」
かち、とスイッチを入れる。
ぶぉん、という大きな音と共に現れる、壁一面のモニター。
「87番……おぉ、ホントだ、ちゃんと映ってる」
87、と書かれたモニターは、部屋の壁の隅の方にあった。
「……88番も、つけてもらうか」
モニターに映っているのは、いろんな場所だった。家のリビングのようなところから、学校の前、ショッピングセンター、教室まで。
「……いたいた」
僕は丁度真ん中にあるモニターに歩み寄った。モニターは、14番。
「ったく……一人で掃除も出来ないのか。呆れた奴だな」
僕は呆れて頭をかいた。
映っているのは、小柄で、目の大きな、黒髪の女の子。
掃除機のコードを持って、あたふたしている。
本当に、僕を追いかけて監禁さえしなければ可愛いんだ。
「……鈍感なのは、どっちなんだよ」
呆れ声で言うと、少女は気付いたのか気付いていないのか、やっとコンセントを見つけて動き始めた。
檻を、つくろう。
鈍感な君が全く気付かないほど、大きくて、頑丈で、世界中どこにでもある檻を。
ありがとうございました!
ヤンデレに……なってましたか?(泣)
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