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◇9

「大将~、日替わり3人前ー!」

「あいよォ!!」

「オバちゃーん、酒おかわりーっ」

「はいはい!!」


 こじんまりとした店内は夕食時ということもあってか、お客でいっぱいだった。客層はこのあたりで働いている職人のおっちゃん連中がメインといった感じだ。きっと常連なのだろう、気さくに客同士でやりとりしつつ食事を楽しんでいる。

 店に足を踏み入れた私は、忙しそうにくるくると働く熟年夫婦を見つけた。が、さすがにこの状況で声をかけるのは営業妨害だ。


「時間ずらした方がよかったんじゃないでしょうか。えらく立て込んでいるようですけど」

「うふ。だからこそ連れてきたんじゃないの! はい、これ」

「は?」


 イリアさんに押し付けられたものを広げて確認。OK、エプロン。


「……なるほど、実地試験ですか」

「そんな大層なもんじゃないわよ。この時間だけ、ちょこっと手伝ってくれると助かっちゃうの。父さーん、母さーん! かわいい助っ人連れてきたわよう!」

「ちょ、声でかっ」


 イリアさんは店内に響き渡るかというような大声で、店の奥にいるご夫婦を呼んだ。当然、店中のお客もこっちに大注目だ。うわあああ、こっちみるな。


「おー、イリアちゃんお帰り! 看板娘いないと寂しかったぞー!!」

「おお、どこの子連れてきたんだ!」


 わっと盛り上がるおっちゃんたち。そうか、イリアさんはおっちゃんたちのアイドルか。きっと小さな頃から、その美貌で近所のおっちゃんたちをメロメロにしていたのだろう。

 イリアさんは愛想よくお客のちょっかいをかわし、私の背をグイグイと押して店の奥へと入っていった。


「たーだいまっ」

「お、イリアどうした。今日は早いじゃねぇか」

「あら、助っ人ってそのお嬢さん?」

「ど、どうも」


 あれよあれよという間にイリアさんのご両親の前まで押し出されてしまい、私は思い切り挙動不審な挨拶をしてしまった。

 どこか品のいい婦人は、イリアさんのお母上だろう。さすが美形兄妹の生みの親。今でもお美しいご婦人だが、若い頃はさぞやモテモテだったに違いない。

 そしてその隣でフライパンを握るのはお父上か。結構ガッシリとしていて、汗止めがわりに布巾を頭に巻いて働くその姿は、料理屋の亭主というよりは漁師っぽい。演歌似合いそう。兄弟で船こぎそう。


「ええっと……」

「おお、助っ人たぁ有難え! 今の時間は猫の手も借りてえんでね!」

「可愛らしいお嬢さんね、イリアグッジョブ! さあさあ早速これ運んでちょうだい!」


 軽快なノリだなご両親。

 私は発言する隙も与えられず、いきなり料理の載った小皿をお母上から手渡された。


「ええ!? 私が何者かとか聞かないんですかっ」

「あとでゆっくり聞くから! そのお料理、あそこのテーブルまでよろしくね!」

「うおっと」

「こぼしちゃだめよ~」


 お母上はにこにこ笑いながら、ポンと私の肩を叩いた。ああ、この"人の話聞かない"感じ。間違いなくこの人はジョセフさんの親だ。そしてイリアさんはどうしたのかと見回すと、いつの間にか身支度を済ませてお客の注文を受けていた。マジでいつの間に。


 なんだかんだで勢いに流されてしまった私は、その後2時間ほど店内を走り回らされたのだった。


◇◆◇


「いやあ助かった。今日は特に客が多かったから、正直てんてこ舞いだったんだ。あと一刻もすりゃ店じまいだ。もう落ち着いたから休憩してくれていいぞ、お嬢さん」

「しょっぱなから中々ハードでした……」


 客足も大分落ち着き、店内にいるのも居残り常連ぐらいになった頃、私はようやく空いた椅子に腰をおろすことが出来た。と同時に腹がグウと鳴った。そういえばまだ夕食もとっていなかったんだ。忙しすぎて腹の音にも気づかなかったとかどんだけだ。

 空腹を意識すると、途端に力が抜けてくる。私がぐったりしていると、イリアさんがにこやかに近寄ってきた。


「うふふ、なかなか頼もしい助っ人っぷりだったわよ」

「今日はイリアさんにしてやられました」

「あら~何のことかしら~」


 私がボソリと返すと、イリアさんは満面の笑顔で受け流した。この人も兄貴に負けず劣らず、大概いい性格をしていると思うのだが。


「それより、そろそろ軽く自己紹介をさせていただきたいのですが、構わないでしょうか」

「あ、そうだったわね!」


 私がそう言うと、ようやく思い出したのかイリアさんが両手をうち合わせる。


「父さん母さん、今日手伝ってくれたこの方、ミヤさん。研究所で知り合ったの」

「改めましてはじめまして、片桐美弥です」

「あら、イリアの職場の方なの?」

「研究所に勤めてるわけじゃないんですが……えーと」


 どう言えばいいんだろう。そもそも人間召喚ってこっちの世界的にアウトだったような気がするのだが、言っちゃったらまずいのではなかろうか。

 私が逡巡していると、イリアさんは満面の笑顔を浮かべ、ぐいと私を引き寄せた。


「細かいことはいいじゃない。それよりこの子、超おいしいお料理作るの! もうスカウトするしかないと思って!」

「そこ推すとこじゃないでしょう!」


 有耶無耶にしてくれるのはありがたいが、そっちをプッシュするのか! 私の料理食べたことないのに何でそんなに自信満々なんだ!

 しかもイリアさんの発言を受け、お父上が眼光鋭く身を乗り出した。うわあ食いつかれた。


「おお? そいつぁ聞き捨てならねえな! 是非ともその料理、味わいたいねえ」

「い、いやいやいやプロにお出しするとか、そんな事とても」

「あら謙遜しちゃって可愛らしい。いいのよ~、他の人のお料理ってとっても刺激になるんだから。ね、こっち使っていいから、何か作ってみて!」


 お母上は厨房の片隅から手招きしている。ものすごく逃げづらい空気が漂う中、私はそれでも最後の抵抗を試みた。


「えええいやでも、ほらまだお客さんがお店に」

「俺らのことなら気にしなくていいよお嬢ちゃん!」

「そうそう、思う存分腕ふるっていいよ!」

「あいつら馴染みだ、遠慮はいらねえ。それよりほら、お手並み見せてくんな!」


 だめだ、退路は断たれた。

 私は仕方なく、お母上の元へと向かう。確かにイリアさんからは料理を作って欲しいとは言われていたが、こんな公開プレイ状態で作る羽目になろうとは。


「ここにあるものなら、何でも使ってくれていいわよ」

「ど、どうもありがとうございます……」


 もうこうなったら、自分の空腹を満たせそうなものを作ろう。周囲の目など知らん!

 さすがに料理を出す店だけはあって、設備は充実している。閉店間近なので食材は余り物になるが、それでも見た限り何とかなりそうだ。

 私は食料庫から肉とチーズを取り出した。


◇◆◇


「……なにこれ!」

「何と聞かれると、単なる酒のつまみという感じですが」

「おお、うめえ!!」


 何を作ったかというと、チーズを薄切り肉でくるんで塩コショウとバターと、あとちょっとニンニク入れて焼いただけだ。一人暮らしの適当料理以外のなにものでもない。自分でも食べてみたが、ちょっと火がきつかったせいか焦げ気味だ。

 だが、そんな大雑把メニューもコーウェル一家には大受けした。お客ほったらかしでモリモリむさぼっている。私の分は残しておいて欲しい。


「大将、なにそのうまそうな匂い。俺らにも食わせてくれよー」

「お前らにはやらん! 飲み終わったんなら家に帰れ!」


 居残って飲んでいたお客が寄ってきて、お父上が威勢よく追い払う。いいのかお客なのに。


「本当おいしいわ、兄さんが推薦するだけのことはあるわー。外はカリっとしてて、中はトロっとしてて!」

「すごく風味もいいわねえ、口の中でふわっと広がる感じで」

「お口に合ったようでなによりです」

「これなら厨房任せちまっても大丈夫だな、はっはっは!」

「いやそれは勘弁してください」


 料理漫画のような感想を述べつつ食べる面々。念のため多めに作ったのだが、みるみるうちに皿が空になっていく。だから私の分は残しておいて欲しいと。


 なんだかんだで適当料理がほぼ食べつくされた頃、店の扉が開く音がした。閉店間際なのにチャレンジャーなお客だな。


「あ、残念。もう終わっちゃってた。手料理食べ損ねちゃった」


 この声は。

 入り口に視線をやると、お馴染みの爽やか笑顔を浮かべたジョセフさん。そして。


「…………」


 絶世の美貌を台無しにするように、眉間に思い切り川の字を刻んでこちらを睨むアーディンが立っていた。うわあああ!

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