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◇8

「アルバイト?」

「ええ。求人してそうな所、心当たりがあれば教えていただきたいんです。求人のビラ貼ってあったよー、とかでもいいので」


 私がそう言うと、書類の束を抱えた職員のお姉さんは首を傾げた。


「そうねえ……飲食店なんかは、結構いつでも従業員の募集をしてる気がしますけど」

「ふむふむ」

「ただ、身元保証人がいないと駄目な場合が多いですよ。飛び込みOKな所は色々と怪しい仕事をさせられる可能性も」

「ううむ、そうですか……やっぱりこっちの世界もその辺は厳しいか」


 アーディンに鉄槌を食らわせてジョセフさんに引き渡した後、私は自分の今後のための行動を開始していた。ぶっちゃけると働き口を探していた。街で闇雲に捜し歩いても効率が悪そうだったので、とりあえず手近の研究所の人に話を聞いて、ある程度当たりをつけてから動こうという腹積もりだ。

 このお姉さんに聞いたのは特に理由はない。バイト探さないとなー、と思っていた時に丁度通りがかったから、勢いで話しかけただけだ。


「でも、どうして仕事なんて?」

「生きていく上で必要に迫られまして」

「あら……所長がそうしろって仰ったの?」


 訝しげなお姉さんの視線を受けつつ、研究所内で私がどういう位置づけになっているのか疑問に思う。私は一体アーディンの何だと思われているんだ。


「ええとですね、自分の生活費ぐらい自分で稼ぎたくて。私、今一文無しなんですよ。早急に仕事につかないと、このままじゃプー太郎ですよ、ニートですよ」

「まあ……あ」

「理想を言えば住み込みがいいんですよね。さっさと出て行かないと、何されるか分かったもんじゃないし。奴は美形の皮をかぶった只の野獣ですから」

「あの、それは……」


 お姉さんがちょっと固まった。が、気にせずここは畳み掛ける。切々と訴えてれば何か教えてもらえるかもしれない、プッシュプッシュだ。


「まず今晩泊まるところをどうしようか悩んでるんです。良さそうな所があればと思って、とりあえず声をかけさせて頂いたんですが」

「成る程ねえ」

「他にどなたか知ってそうな方がおられるなら、それでも構いませんので教えて頂ければ」

「知ってるよ、いい働き口」

「マジですか! ってなんで背後から……ぎゃあ!!」


 いやもう何度目だ、このパターン。お姉さんが固まってたのは、私の訴えに唖然としていたんじゃなく、背後のこの男のせいだったか! 不覚!


「そんな毎度びっくりしなくても」

「しますよ! ジョセフさん神出鬼没すぎるでしょう、どこから沸いて出たんです。仕事はいいんですか仕事は」


 ジョセフさんは相変わらず、心のうちが読めない笑顔で私に笑いかけた。あ、油断してる間にお姉さんがこっそり立ち去ってしまったじゃないか、どうしてくれる。


「用事をすませて戻ってきたんだよ。そうしたら君を見かけたから。声かけようと思って近寄ったら興味深い話をしてたもんで、つい聞いちゃった」

「……まあいいですけど、本当の事ですし。で、働き口あるって本当ですか」

「うん、お望みどおり住み込みの所。3食まかない付き。好条件でしょ?」

「おお、紹介してください! どこですか!」

「僕ん家」


 ……これももう何度目か、時が止まる。この人は、どこまで人をからかえば気が済むというんだ。そんなに私の反応は面白いかこんちくしょう。

 私は、こめかみの血管がビキビキするのを感じつつ、それでも年上相手なのでキレそうになるのをぐっと押さえ、なんとか冷静な声をひねり出した。


「今の冗談は面白くないです。で、どこなんですか」

「だって冗談じゃないもの、ここで爆笑されたら傷つくなあ。まあ僕の家というか、僕の実家なんだけどね」

「ジョセフさんのご実家……?」

「両親は小さめの飲食店をやってるんだ。僕は実家を出て一人暮らししてるから、その辺の心配はいらないよ。イリアはまだ実家から通勤してるけど」

「な、成る程……びっくりした。早合点でした、すみません」


 そういうことか。今回ばかりは疑って悪かったといわざるを得ない。というか、昨日のも普通に実家を推薦してくれてたのかもしれないな。その後の行動は別として。

 私が謝辞を述べると、ジョセフさんはにこにこと流してくれた。内心どう思っているかは知れないが。


「いいよ、気にしてないから。それでね、食事時は両親二人だけじゃ忙しくて、手伝ってくれる人を雇おうかってこの間話してたんで、なら丁度いいんじゃないかと思って」

「つまりホール係ですね……それならなんとかなるかな」


 いくら働く意欲があっても、いきなり専門知識や特殊技能を求められる職はさすがに無理だ。給仕ならなんとか立ち回れるだろう。よし、光が見えてきた。


「とにかく働けるならこっちは願ったり叶ったりですよ。ジョセフさんからご紹介していただけるってことですよね?」

「それは勿論。あ、でもそうだな……」


 一度は頷いたジョセフさんだったが、口元に手を軽くあてて何か考え込んだ。そしてポンとひとつ手を打つ。


「案内はイリアにさせるよ。僕はちょっと手を回してこないといけないところがあるから」

「手を回す?」


 何のことだと聞き返すと、ニヤリと黒い笑みを返された。おーい、地が出てる地が。


「猛烈にごねそうなのが一人いるじゃない。あれを何とか納得させないと、君が働く以前の問題でしょ」

「あああー」


 そうだった。自分のことに必死で、ついつい脳内から追いやっていた。

 なりは大きくなっても精神が子供の頃とあまり変わってないから、私が黙って出て行ったら、奴は絶対大暴れする。ここは舵取り係のジョセフさんにうまく操縦してもらおう。


「お手数おかけしますがお任せします、よろしくお願いします。昔から、私がちょっと出かけると迷子の子供みたいに騒ぐんです。アーディンって子供の頃お母さんいなかったから、どこかで私に母性を求めてるんですかね。本人は否定してましたけど」


 私がそう言うと、ジョセフさんは片方の眉をちょっと上げた。地味なとこで器用だな。


「ふうん、……それはどうだろうねえ? まあ君がそう思ってるんなら、それはそれでいいじゃない」


 何かひっかかる言い回しをされた。が、聞き返さないことにする。本当は、子供が親に向ける思慕以外の感情も多分に含まれているだろう、なんて事は分かっているんだ。でも、それを直視してしまうと逃げ道がなくなるのも分かっているから、見ない聞かないしゃべらない、だ。あーあー聞こえない聞こえない。


「ともかく話はイリアに通しておくから、定時前にイリアの所に行くといいよ。こっちは任せておいて」

「頼もしい限りです」

「あはは。じゃあ、また後でね」


 ジョセフさんはひらひらと片手を振ると立ち去る。私は頭を下げ、ジョセフさんを見送った。

 さて、うまくいきますかどうか。


◇◆◇


 アーディンと鉢合わせしないよう適当に時間を潰し、定時間際になると私はイリアさんの研究室に足を運んだ。

 扉をノックするとすぐに開けられ、笑顔満面の美貌が部屋の中から現れる。


「今朝方はどうも、あの」

「いらっしゃい! 話は兄から聞いてるわ、早めに出ましょう!」


 イリアさんは全て承知、とばかりにうきうきとした足取りで部屋に戻り、カバンを引っつかむと戻ってきて扉にカギをかけた。定時前だけどいいんだろうか。私のせいで始末書とか書かされたりしなきゃいいんだけど。

 顔にその辺のことが出ていたのだろう、イリアさんは私を見てにっこりと微笑むと言った。


「心配いらないわ。兄は腹黒い分、その辺姑息で用意周到だから。うまく調整してくれるわよ」


 血縁だからこその、何の遠慮もない表現がえげつない。だがそれが信憑性を増しているのも事実だ、なんとおそろしい。


「なんというか、私の我侭で色々とご迷惑を」

「やあだ気にしなくていいのよ! それより、お店についたら何か作って欲しいの。あなたのお料理、すごく美味しいんですって? 兄だけ食べてるなんて許せない! あたくしも食べたい!」

「え、でも飲食店で素人が料理するっていいんですかそれ」

「構わないわよ、あたくしが食べるんですもの。それに新しい味を知ることができれば、両親も喜ぶわ。採用試験代わりだとでも思って、存分に腕を振るって頂戴!」

「はあ、そんなものですか」


 思わぬ展開になってきた。ジョセフさん、人の料理についてどんな批評をしたんだ。そんなに期待されるほどのものは作れないのだが、さてどうしたものか。

 ……まあいつもの通り、適当料理を出すしかないのだが。お客に出すわけじゃないんならいいや。

 私は数秒で悩むのを放棄した。死ぬほど不味くなければこっちの人は喜んで食べるし、なんとかなるだろう。それに私の職種はホール係だ、料理はおまけだ。


「あ、それでお部屋なんだけど。今日だけあたくしと同室で我慢してくれるかしら、明日には他のお部屋使えるようにしておくから」

「ああ、全然問題ないです、むしろ急に押しかけて申し訳ありませんとしか」

「うふ、兄は昨日のうちから部屋を片付けておけって言ってたけれど」

「は?」

「さ、行きましょう行きましょう! ああ~おいしいごはん、とっても楽しみ!」


 イリアさんの勢いに押され、再度聞き返すことができなかった私は、そのまま流されるようにコーウェル家経営の飲食店へと向かったのだった。

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