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◇4

 私とアーディンの応酬を横で見ていたジョセフさんが、まあまあと割って入ってきた。


「気持ちはわかるけど、現実的な問題としては、いつまでも宿に泊まり続ける訳にはいかないんじゃないかなあ? 結構な出費になるよ。どれくらいこっちに居る予定なのかは知らないけど」


 うっ、痛いところを突いてきた。よく考えたら、私はこっちのお金を持ってない。元の世界に戻るときに、全額ハロルドさんに渡してしまったのだ。さすがにこの状況でお金貸して下さいとは、とても言えない。


「じ……じゃあ今すぐあっちの世界に帰りますから」

「帰さないと言っている!」

「だったら野宿を」

「誰がそんな事させるか!!」


 私が発言するとすかさず反応するアーディン。ちょっと大声はやめなさい、今日一日のお仕事を終えて帰途につこうとしている研究所の人たちがチラチラチラチラこっちを見ているじゃないか。こんな風に注目浴びちゃったら、後で絶対面倒くさいことになるのが分からないのか。

 ヒートアップするアーディンに私もテンションが引きずられ、頭に血がのぼってきた。好いてくれているのを悪し様に言うのはあれだが……あああもうぶっちゃけ面倒くさいんだよ!!


「じゃあどうしろっていうのよ!!」

「僕ん家来る?」


 ここでジョセフさんが”オヤツ食べる?”とでも言うような軽い口調と共に爆弾投下。


 シーンと辺り一面に沈黙が訪れた。向こうの方で談笑してた女性研究員さんたちも黙った。ってあんたら、こっちの話聞いてたんかい。

 私はギギギと油の切れたロボットのように首を軋ませ、ジョセフさんの方に向けた。そこには、微塵も悪意を感じさせない爽やかな微笑があった。


「僕の住居なら両親と妹がいるから安心だよ。それに君の話、面白いからもうちょっと聞きたいんだよね」


 なんでこのタイミングでそういうことを言いだすのかこの人は。これは罠だ。罠に違いない。選択肢に地獄への道が一本増えただけだ。だがまて、確かに安全性はこっちの方が高いのかもしれない。即手を出してきそうなアーディンと違って、オモチャにはされても襲われる可能性は低そうだ。そうか、ご両親を盾にすればなんとかなるかもしれない。


 と。

 姑息な事を考えている私の片手を、やんわりとジョセフさんが握った。


「それに、君と個人的に仲良くなれる絶好のチャンスだと思うしね~」

「あんたもか!!」


 私がそう叫ぶよりも早く、後ろからアーディンの腕が伸びてきてジョセフさんの手をべしりと叩き落とし、そのまま私の肩を掴んでぐいと引き寄せた。


「絶っっ対貴様には渡さん!!!!」


 アーディンは鬼気迫る表情で捨て台詞を吐くと、そのまま私を抱き上げて走り出した。ここでまさかの退却である。普通はパンチの一発でも入れるんじゃないのか展開的に。さすが子供の頃からインドア派、ここぞというときに後ろに下がる男。

 私はアーディンの肩越しに、遠ざかるジョセフさんを見た。


 視界に入ったジョセフさんは、腹を抱えて笑っていた。


 ……あの野郎。さっきの行動はアーディンをからかう為だけにやったのか。今度会ったら、お茶に酢入れて飲ませてやるから覚えていろ。


◇◆◇


 で。

 結局私は、15年前にもお世話になっていた、馴染み深い家まで連れて来られてしまった訳で。

 玄関に入ると、アーディンはそっと私を降ろし、気まずそうに3歩離れた。


「アーディン?」


 何だその微妙な距離は。

 私が見上げると、アーディンは、その整った顔にフっと憂いの表情を浮かべた。さすが見た目だけは極上の男、背中に花でも背負ってそうな勢いだ。中身は残念極まりないが。


「その……悪かった」

「それは一体何に対しての謝罪なわけよ」


 思い当たる節が多すぎて思わず聞き返してしまった。


「いや、だから……最初から最後まで、色々と暴走した。反省してる」

「おお、反省って単語がアーディンの口から出るなんて。無駄に年取ったわけじゃないんだねえ、お母さんは嬉しいよ」

「だからミヤのことは母親だとは思っていないと」

「あーそこは譲れないんだ……」


 それにしてもこの家、変わっていない。勿論15年分経年劣化はしているが、家具の配置なんかそのままだ。本当なら懐かしいなあなどと感慨に耽るものなのかもしれないが、私としては昨日までここに住んでいて、今日もう一回訪れてみたらいきなり家が古くなってた感じなのだ。懐かしさなど感じようはずもなく、ひたすら現実感がない。


「今、アーディン一人で住んでるんでしょ? 家事とかどうしてるの」

「週に何度か、通いの家政婦を雇っている。俺一人だから、それほど汚れもしないし」

「ああなるほど」


 以前私が召喚された時も最初はそんな感じだったな。で、私がタダ飯食らうのが心苦しくて、家事手伝いを申し出たんだった。普通異世界召喚された主人公って、世界の運命握ってるとか、王族の相続争いに巻き込まれるだとか、そういう派手なものがデフォルトじゃないのか。呼び出されて、ただただ家事やってただけって何なんだ私。


「もう来ちゃったものはしょうがないし、今日のところは部屋使わせてもらう事にする。今からじゃ宿も探せないから」


 ドタバタしてるうちに日も暮れてしまった。気は進まないが仕方ない。

 一応アーディンも冷静になったようだし、こちらから刺激しなければ、一晩くらいなんとかなるだろう。明日からのことは日が昇ってから考えることにしよう。

 それよりも、だ。


「今早急に解決すべき最大の問題は、この空腹感だと思う」


 あえて描写していなかったが、私の腹は先程から激しく音をたて、エネルギー補給の必要性を訴えていた。夕方にこっちに呼ばれ、それから半日以上ジョセフさんと話をしてたのだ。その間腹に入れたのは水分だけ。そうとも、私は腹が減っているんだ!


「あ、ああ……何か食いに出るか」

「うーん、今から出るの面倒くさい。ってアーディンいっつも外食してるの? 良くないよそれ」

「そう言われても、一人だとどうしてもそうなる。家政婦が来る日は夕食も作り置きしてもらっているが」

「この駄目男め。今日び男でも家事くらい自分でできなくてどうする」

「うっ」


 アーディンは顔を引きつらせて口をつぐんだ。

 まあ私の世界でも、家事出来る男や逆に出来ない女はいるけど。アーディンの場合、見た目が完璧すぎるせいで駄目な部分が悪目立ちするんだな。

 まあいくらそんな事を追求したところで、この空腹感が治まるわけでもない。ここは自分で何とかするしかないか。

 私は袖をまくり上げながら台所へと足を向けた。


「作り置きしてくれるってことは食材は置いてあるんだよね。しょうがない、何か適当に作る」

「!」


 アーディンに犬の耳でもついてれば、ピーン! と立った感じだろう。もしくは猫缶開けてもらう時の猫か。でかい図体で私の後ろを8の字にウロウロするんじゃない。


「作ってくれるのか!」

「期待しないように。大体なんの材料があるのかもわからないし」

「でも、ミヤの料理だ!」


 その顔で無駄に笑顔全開するのはやめなさい、ちょっと可愛い奴だとか思ってしまうじゃないか。


 私は特別料理が上手いってわけではない。並だ。失敗することだってある。だが、こっちの世界に召喚され、上達せざるを得なくなった。

 なにしろこっちの料理は口に合わないってレベルではなかったのだ。とにかく火が通ってりゃOK的なそれらが食卓に並ぶのを見たときは、食を尊ぶ日本人として絶望を覚えたものだ。私の味覚がこの世界の人間と違うのだろうかとも思ったが、単にこっちの人はそれしか知らないから何の疑問もなく食べているだけらしかった。そりゃー塩茹でしただけのにんじんとかブロッコリーばかり食べさせられれば、野菜嫌いの子供もできあがろうってものだ。

 少々こげた出汁巻き卵を食べさせたときのハロルドさんとアーディンは見ものだったなあ。懐かしい。


「菜っ葉と根菜とキノコと……鳥肉か。これは鍋フラグ」


 食材確認してメニューは決定。鍋だ鍋。材料全部ぶち込むだけで美味しい。作る手間もほとんどかからない。昆布がないのが残念だが、鳥の骨でもいれておけばダシにはなるだろう。


 私が適当に材料を切る間、アーディンは、子供の頃と同じ顔をしてこちらをじっと見ていた。視点は見上げていた状態から見下ろす状態に変わったが、他は何も変わらない。なんとも不思議な感じだ。


「アーディン、そこに居られると結構邪魔なんだけど」


 子供だったらまだいいが、でかい男に側で立たれるとすごく動きにくい。しっしと片手で追い払うと、アーディンはムッとなった。


「ミヤ、そっけなさに磨きがかかってないか。そんなに俺が邪魔か」

「そういわれても、育ちすぎてるアーディンが悪い」

「な……好きでこうなったわけじゃ」

「はいはい、いい子だからちょっとそっちいっててねー」

「ミヤ!」


 アーディンの声色が変わり、腕を掴まれた。しまった、地雷を踏んだ。


「子供扱いしないでくれ。俺はもう、子供じゃない」

「ちょ、アーディン! 刃物持ってるんだから危ない!」


 空いているほうの手でむんずと包丁を取り上げられた。うわあああ、何でこの程度のことでスイッチ入るんだこの男!


「これで問題ないだろう」

「問題なくない! 料理、料理しないと」

「後でいい。俺がちゃんと大人だってことを分かってもらわないと」

「嫌って程分かってるから!」


 またこの展開か! だが今度の舞台は家屋、他人の介入は絶望的。どうする私、あまりやりたくないがここは股座でも蹴り上げて……。


 カランカラーン。


 絶妙のタイミングで、来客を告げる鐘の音が響いた。グッジョブ見知らぬ来客!


「お客さんだ、出なくちゃ!」

「あ、ミヤ!」


 アーディンが気を緩めた一瞬の隙を突き、その手から逃れて私は玄関に走った。あー良かった、超助かった。


「はーい、お待たせしました」

「えへ、来ちゃった」


 扉を開けたそこには、先程さんざん人をからかってくれた爽やかな微笑があった。ぎゃあ!

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