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◇2

 落ち着け私。ここで取り乱しても話は進まない。

 深呼吸を数回繰り返してビジュアル的ショックから気合で立ち直る。冷静になった頭で今の状況を整理すると、じわじわと疑問点が浮かび上がってきた。ので率直に聞くことにする。


「……百歩譲ってあなたがアーディンだという事は認めるとしても、なんで今更私を呼んだの? そっちじゃ15年も前の話でしょ、子供って割とすぐそういうの吹っ切れちゃうと思うんだけど。私が帰って二、三ヶ月くらいの間の話なら、まあ呼ばれたのも分からなくはないけど」


 確かにあの半年間で、それなりに仲良くはなっていたと思う。ある意味母親代わりのような感じだったし、私がいなくなって寂しがったのも理解できないことはない。

 でも、大人になっていく過程で、その辺は吹っ切るのが普通な気がする。ちょっと仲良くなったお姉さんを呼び戻すだけに15年て。どんだけ粘着質なんだという話だ。そこまで執着されるようなことはした覚えがない。むしろ、ニンジンを拒絶するアーディンの頭を引っぱたいて無理やり食べさせたりしてたんだから、恨まれててもおかしくない。

 私がそう突っ込むと、アーディンはグっと言葉に詰まり、目尻をほんのり赤くした。ん?


「それはっ……」


 整った眉がかすかにハの字に歪められ、私を見ていた視線が部屋の隅へと移動する。おーい、ちょっと目が潤んでないか。

 待て待て、なんだこの空気。イヤ~な予感がする。私はその手の方面に興味が湧かない性質だが、興味がないだけで理解できないわけじゃない。つまり、そういう空気は普通に読める方だ。


「ミヤにとっては、俺はただの手がかかる子供だったのかもしれない。だが、俺はミヤを母親代わりだなんて思ってなかった」

「えー、あんなに世話焼いてあげたのにやっぱりよそ者扱い? アーディン冷たい!」

「どうしてそうなる!」


 答え、意図的にはぐらかしてるから。

 さてどうする。こっちは無意識とはいえ、まさかあの天使の心をがっちりキャッチしていようとは夢にも思わなかった。改めて思い返せば、私が帰る間際にはやたらまとわりつかれたり絡まれたりくっつかれたりしてた気がする。ああようやく懐いてくれたなあ、などとのんきに感慨に浸っていたあの頃の自分を蹴り飛ばしたい。相手は子供なりにしっかり下心があったんじゃないか。見てくれが純真そのものだったから、うっかり騙された。


「それは冗談として。いやあ知らなかった、アーディンて年上好きだったんだ」

「……っ」


 ぶわっと効果音がつきそうな勢いで赤面する人を初めて見た。色素薄いから首まで赤い。それにしても、26歳でその反応は純情すぎやしないか。


「でもほら、私年下になっちゃったし。アーディンの守備範囲外だねえ、うん。いやあ残念残念」

「な」


 おお、今度は蒼白になった。こんなに急に血流変化させて大丈夫なんだろうか。そうさせてる私が言うのもあれだけど。

 誤解のないように言っておくが、私は男心を手のひらの上で弄び、愉悦に浸る悪女気分を味わって楽しんでいる訳ではない。どうしても駄目なのだ、こういう色恋沙汰が。あからさまに好意を向けられると、背筋がムズムズして逃げ出したくなってしまうのだ。


「そういう訳だから私は帰」

「帰らせない」


 低い声と同時にがしりと拘束された。

 私は自分の両腕をしっかりと捕まえる大きな手を見た。振り払おうとしても、うんともすんともいわない。アーディンの顔を見上げると、なんだか目が据わっていらっしゃる。これは展開的にやばいんじゃないだろうか。


「15年前の俺は、子供だったからミヤには相手にされないと思って諦めてた」


 ぐぐぐと顔が寄せられる。私は捕まえられて全く動けない。子供の頃ならこっちも押し負けたりはしなかったが、なんたる馬鹿力。こんなとこだけ大人にならなくていい!


「だが今なら問題なく、むしろ釣り合いが取れると思わないか」


 思わない! 思わないよ!!

 うあああああ、ゾワゾワする!! 耳元でいい声使って囁くんじゃない!! 純情すぎるとか言ってすいませんでした!! 狼モード解除してください!!!!

 この動悸はときめきなんて可愛らしいものではなくパニックだ。だってしょうがないじゃないか、自慢じゃないが私はこういう経験値が0に等しいんだから。いくら相手が超絶美形でも強引に迫られては、キャッキャウフフしようだなんて気分にはならずに恐怖心が先にたつ。


「は、離……」


 声も裏返ろうというものだ。

 だがそれが更にアーディンの何かを煽ってしまったらしく、離してくれるどころかガッチリ抱擁にシフトチェンジされた。私の脳内では剣の舞がBGMとして鳴り響き、もはや現実逃避をはじめている。

 顎を固定され、あわやお互いの唇が触れ合わんとしたその時。 


 バシーン! といい音がして、アーディンの頭が斜め横に逸れた。


「何やってんですか所長。研究室に女の子連れ込むとか、気でも狂いましたか」


 窮地に射した一筋の光。我が救世主は、分厚い書類をフルスイングした状態からゆっくりと元の姿勢に戻った。

 どうやら見た感じ、研究所の職員さんのようだ。とにもかくにも助かった。今だけは神様の存在を信じてもいい。明日には忘れるけど。


「あれ、見ない顔だな。どこから連れて来たんです?」


 異世界からです。とはさすがに言えなくて、私はただ口をパクパクとさせた。

 よく見ると職員さんも結構いい男だった。アーディンがキラッキラした感じの華麗な美貌だとしたら、こっちは青空の下大きい犬と戯れてる、白い歯眩しいさわやかタイプとでもいおうか。腹は黒そうだが。


 いやそうじゃなくて、もっと引っかかる事言わなかったか、この人。


「……所長? 魔道研究所の?」

「そうだ」


 地の底を這うような声が私の側で返事をした。ひいっ。

 盛り上がってる途中に水を差された男がどうなるか、不幸にも私は知らない。だが確実にご機嫌麗しいわけではない事ぐらいは想像がつく。ここは全力でこの流れを変えるのが私に課せられたミッションだと思う。


「アーディンが所長? そ、それってハロルドさんは?」

「5年前に隠居した。田舎に引きこもって趣味の研究に没頭してるさ」


 つまり研究所の管理がいい加減面倒になって、程よく成長した孫に全部押し付けて、自分は研究三昧ということか。

 アーディンは姿勢を立て直すと、職員さんの方に顔だけ向けた。


「入って来るなと言っておいた筈だが」


 怖っ! 発した台詞は普通でも、その声音がとんでもなく怖い。もう声だけで人が殺せてもおかしくない。けれど職員さんは慣れているのか、何事もなかったかのようにけろりとしている。こやつ、できる。


「一、二時間ならともかく半日部屋に閉じこもられちゃ、こっちの仕事も滞るんですよ。さっさと溜まってる書類に承認のサイン下さい」


 まさかアーディン、勤務中に仕事放り出して私を召喚したのか! それは何というか、色々と駄目な大人だぞ!

 私が非難の入り混じった目で見ている事に気づいたアーディンは、ボソボソと小さく呟いた。


「……今日の午前中でないと術的に呼べなかったんだ、しょうがないだろう」

「呼ぶって、まさか所長、その子召喚しちゃったんですか!」

「だから何だ。この人は特別だ」

「何いってんです、駄目に決まってるでしょう! 早く帰してあげなさい!」

「嫌だ!!」


 なんだこの、捨て猫を拾ってきた子供とお母さんみたいなやり取りは。しかも駄々をこねてる方が偉い人ってどうなんだ。

 飼えないから捨ててらっしゃいと言われた子の如く、アーディンは私をぎゅうと抱きしめた。ぐえ。子供だったら微笑ましいで済むが、大人の男が全力でやるんじゃない。これ、図体は大きくなったが、中身は小さな頃とあまり変わらないんじゃなかろうか。

 そこまで考えた私は、ふと思いついた事を実行に移してみた。


「アーディン、離して」

「ミヤまでそんな事を言うのか」

「いいから離しなさい。……言うこと聞かないと、嫌いになるよ!」

「!!」


 効果はてきめん。流石に子供の頃のように、ごめんなさいと泣いて縋ってくる事はなかったが、弾かれたように私から一歩離れてくれた。やれやれ。


「あー体が痛い。もっと早くこうすればよかった」

「……ミ……」

「ちゃんと仕事しなさい! 自分の責任を放り出す人間は最低だって教えたでしょう!」


 びしりと綺麗な顔に指を突き立てそう言うと、アーディンは直立不動の姿勢になった。若干19の小娘である私が、いい大人になったアーディンに偉そうな事を言える立場ではないのだが。ここは場を収める為だ、仕方ない。


「あー、喉かわいた……」


 それにしても、パニックになったり怒鳴ったりですっかり喉がカラカラだ。どこかで水分を補給せねば。15年前と間取りが変わっていなければ、研究所内は勝手知ったる庭のようなものだ。たしか休憩室に備え付けの給湯器があるはずだ。

 私は喉の渇きを癒すべく、固まっているアーディンを放置して部屋を出た。

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