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◇13

 何だかんだで、私のお弁当の配達は続いていた。


 この前、滔々と言い聞かせたおかげか、アーディンの常軌を逸していた仕事への傾倒っぷりはおさまっている。普通に自分で生活パターンの舵をとれるようになったわけだ。だったらもう、お弁当はいらないんじゃないかと言ってみたら、ものすごい勢いで継続を希望された。

 まあ、私としても臨時収入になるのだから、そう悪い話でもない。

 という訳で、私は今日もランチボックスを引っ提げ、魔道研究所に足を運んでいる。


「こんにちは、あの」

「あーいつも御苦労さま! 入っちゃって入っちゃって!」


 いつも一応守衛さんに声をかけるのだが、ほぼノーチェックで素通りだ。

 本来なら、この研究所の所長であるアーディンの部屋に行くには、結構面倒な手続きを踏まなくてはならない。が、配達は連日の事なので、もうすっかり顔パス扱いになっているのだ。私としては楽でありがたいけど、セキュリティ的にいいんだろうか、これ。


 まあ何かあっても責任は私にはないか、と気持ちを切り替えて先を急ぐ。

 そして目的地へと到着した私は、重厚な扉をノックし、いつもの如く一声張り上げた。


「まいどー、お弁当の配達にきましたー」


 一拍おいて、扉の向こうでガタン! と大きな音。さらにその少し後、ドザザザーと何かが雪崩れる音。それと共に部屋の主の、うわっという悲壮な声。……いったい何をやってるんだ。

 ややあって扉が開かれ、アーディンが中からぐったりしながら現れた。


「いつもすまない、入ってくれ」

「何か大騒ぎしてたみたいだけど、何が……うわあ」


 中に足を踏み入れると、惨憺たる有様だった。中央の机にうずたかく積み上げられた書類が崩れ落ち、卓上を覆い尽くしている。さっきの雪崩音はこれか。

 いつもはその机の上にお弁当を置いて配達完了なのだが、どうするんだこれ。


「……あれ、大丈夫なの? て言うかお弁当どこに置けば」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 アーディンはザカザカと大雑把に書類を手で寄せ、無理やり隙間を作った。


「ここに置いてくれていい」

「そんな扱いしていいの、その書類……並び順とかグッチャグチャになってるんじゃ」

「全部履歴書だ、順はどうでもいい」


 ちょっと待て。こともなげに吐かれたセリフに、お弁当を置く私の手が止まる。


「それって外部者の私が目にしちゃまずいんじゃないの!? 企業秘密ってやつでしょ!」

「そういう部分は見えないように加工されてるから問題ない。特殊な魔力光を当てると浮き出るようになっている」


 アーディンはそう言うと、雪崩から一枚抜き取って私の目の前に差し出した。おお、確かに記銘欄には何も書かれてない……何か、私の世界にあった、なぞるたびに出たり消えたりするペンを思い出す。

 それにしても。


「その点は分かったけど、扱いがぞんざいすぎない? 履歴書って事は、ここに就職希望してる人のでしょうに」

「ここに回されてくるのは、お偉い方の子息やら息女のものだけだ。正直、使い物にならん」

「裏口就職用!?」

「一応国立だからな。できの悪い子供に何とかハクをつけたいと願う親にとって、就職口として丁度いいと思われるらしい」

「うわあ……よく聞く話だけど……そういうのって、採用されても仕事できないんじゃ」

「だから採用はほぼしない。言われるままに何でもかんでも雇っていたら、研究所の質がガタ落ちになるからな。だが、たまに見所のある者もいないわけではない。それを見出すために、俺のところにこれらが回される事になる。……まあ、今回は総ハズレだ」


 なんてことだ。ファンタジーな異世界にも裏口就職があるとは思わなかった。まったくどこも世知辛いな。

 私は改めて、目の前に積まれた書類の山を見る。確かにこの量をチェックしてたらぐったりもするか。


「あー……大変だね……っていうか、アーディンちゃんと管理職っぽいこともしてるんだ」


 私がそう言うと、アーディンが憮然とした表情でこちらを睨んだ。


「どういう意味だ。言っておくが、勤務時間内に俺がやっている事はほとんど管理業務だぞ。自分の為の研究なんぞほぼできない」


 お。この流れは。


「だから早いうちからハロルドさんが引退したがってたんだ。面白くなさそうだもんね、所長って」

「面白くなさそうって……」


 今ならいける! よし、聞きだすんだ私!


「そういえば、ハロルドさん引退して研究に没頭してるって言ってたよね。今どこにいるの」


 何気ない会話にとっかかりを見出し、今だ! と色めき立つ内心を押さえつつ、私はさりげなくハロルドさんの話題を切り出した。

 そう、私がここ数日、密かに聞きだすチャンスをうかがっていたのはこの一点。いずれハロルドさんの元へと赴き、自分の世界に帰してもらおうと目論む私には、彼の現住所が是非とも必要なのだ。

 しかし露骨に聞きだしては、私が帰りたがっている事をアーディンに悟られかねない。バレたら全力で阻止されるのは目に見えているので、話の流れでさりげなく聞ける時を待っていたのだ。


 アーディンは、そんな私の思惑に気づくことなく答えを口にする。ふはははは、引っかかったな。


「住居はカンドにあるらしいが」

「カンド」


 カンド、カンド、カンド。私は心の中でその名を繰り返し、忘れないようにしっかりと刻み込んだ。

 正直、こっちの世界の地理には明るくないので、カンドなる場所がどこにあるのか現時点ではサッパリだ。後で調べなくては。

 そこまで考えて、ふとアーディンの言い回しに引っかかりを覚える。


「……らしいって何。自分のおじいちゃんの事でしょうに」

「ほとんど家に帰っていないらしいからな。どこを飛び回ってるんだか」

「えええ」


 それって、私が苦労して訪ねていっても留守の確率が高いって事じゃないか。やばい、私の帰還計画が崩れる。


「け、研究って家に籠ってやってるんじゃないの?」

「自宅じゃスペース的に呼べないものを召喚したいらしい。あそこまでいくと、俺も理解できん」

「どんな巨大生物呼ぼうとしてるの!?」


 おおい、マンモスとか恐竜とか呼びだそうとしてるんじゃないだろうな。別の意味で不安になってくるぞ。


「それ、放置してて大丈夫なの? なんかヤバくない?」

「時々は休みを取って、様子を見に行ってる。今のところは大丈夫だ」

「今のところ……」


 それは結果的に何もなかったから大丈夫だったって事であって、今後も大丈夫かどうかはかなり怪しいと思うのだが。

 巨大生物なんか召喚成功できたとしても、その後どうするんだ。暴れたら制御できないだろう。


「すごい不安になってきた。ハロルドさんにもう一度会う前に、何か事故とか起こすんじゃ……」

「何だ、爺さんに会いたいのか」


 意外そうなアーディンの声にギクリとする。

 しまった! 会うとかポロっと言っちゃった! 全力で取り繕え、私!


「いや何ていうか! 前回召喚された縁だし、こうやってもう一回この世界に呼ばれて来ちゃった以上、ご挨拶くらいはしたいじゃない!」


 うう、我ながら苦しい。

 だが、アーディンは他の事に想いを馳せているようで、私の言い逃れには食いつかなかった。その事に私がホっと胸をなでおろしたのもつかの間。アーディンの、いい事を思いついたといわんばかりの台詞に、私は凍りついた。


「そろそろ顔を見に行こうと思ってた所だ。俺と一緒に行けばいい」

「は? いや、それは!」


 一緒に行っちゃったら意味がないでしょうがああ!

 思わず大声で拒否しかけた私に、アーディンが眉をしかめる。いかん、落ちつけ私。


「何か問題でもあるのか」

「あ、ある! 急に行くとか、バイトに穴開けられない!」


 よし、これはちゃんとした言い訳だ、理由としておかしくないはず。

 私が何とかひねり出した答えを聞くと、アーディンは口元に手をあてて少し考え込んだ。


「……なら、ひと月先に調整しよう。移動手段はこちらで用意する。ミヤは勤め先から三日ほど休みをもぎ取れ」

「え、三日も休めないって」

「なら、三日間の代打をこっちで手配する。それで問題はないだろう」

「うっ」

「まだ何かあるか?」


 アーディンがニヤニヤしている。くそう、ご挨拶ぐらいはしたいとか言っちゃった手前、やっぱり行きたくないんですーとも言えないじゃないか。何でこうなるんだ。


「どっ……同行者を要求する!」

「同行者?」

「アーディンと二人っきりで行動とか、いろんな意味で危ないし! できれば女性の同行者。それなら一緒に行くのも考えてもいい。っていうかそうでなきゃ行かない!」

「…………分かった。手配する」


 チッと舌打ちが聞こえた気がするが、あえて聞かなかったことにする。

 ああもう、一人で密かに行動するはずが、なんでこうなっちゃうんだ。

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