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◇10

 どういうことだ、なんでアーディンがここに。納得させるとジョセフさんは言っていたが、アーディンのあの顔はどう見ても納得してない感バリバリじゃないか。

 そんな私の言葉にならない言葉を読み取ったのか、ジョセフさんが寄ってきて小声で言った。


「とりあえず理性では納得したって所まで持っていっといたよ」

「理性ではって何ですか、理性ではって」

「感情が納得しないんだって。困った奴だよねえ、あはははは」

「あはははは、じゃないわー!」


 それはつまり、頭では分かってるけどやっぱり納得できねーんだよコノヤロウ、という事と同義じゃないか。この役立たず!


「まあ、第三者の僕がこれ以上言っても効き目がないというか、こじれそうだったから。最後の引導を渡すのは当人が一番かなと思って、連れてきちゃった」

「引導渡していいんですか」

「後が面倒だから、立ち直れる程度にしてやってくれるとありがたいんだけど」


 そんな不穏な会話をボソボソヒソヒソとやっていると、戸口に立っていたアーディンがすごい勢いで近寄ってきた。どけと言わんばかりにジョセフさんを押しやり、私の目の前に立つ。なんか目がつりあがってて凄い恐いんですが。


「ミヤ。俺に言うことは?」

「あー……」


 怒ってるなあ、うん。とりあえず、まずやるべき事は。


「色々あるけど、場所替えよう。お店の迷惑になるし」


 ひとまず外へ、だ。


◇◆◇


 私がアーディンを引っ張っていった場所は、店を出て少し離れた路地だった。あまり遠くに行く必要はないだろうし、こっちの会話が店内に聞こえなければそれでいい。

 そして話を再開。


「ここでいっか。ええと、言うこと言うこと……生活費ぐらい自分で稼ぎたい?」


 私が首をひねりつつそう言うと、アーディンはギっと眉毛までつり上げた。ぎゃあ、だから整った顔の人間が怒ると物凄い恐いんだって!


「他に言う事あるだろう! なんでジョセフに相談して、俺には黙ってたんだ!」


 あ、まずそこに怒るんだ。あー……なるほど、デリカシーのない娘でごめん。でもなあ。


「ジョセフさんに相談したというより、聞かれてたって感じなんだけどね……そもそもアーディン、私が出て行くっていったら絶対騒ぐでしょ?」

「そりゃ……」

「このお店を紹介してもらったのも、得体のしれない場所で働くよりは安心だと思ったからなんだけど。イリアさんも住んでるし」

「安心……なものか!」


 アーディンは顔の横でぐっと拳を握り、力強く断言した。


「酔客だらけなんだぞ! そんな中をミヤみたいな娘がウロウロしてみろ、尻の一つや二つや三つや四つ、触られて当然だ! 俺なら触……」

「この馬鹿ー!!!!」


 咄嗟にアーディンの脛を蹴った私を責める者は誰もいないだろう。おっちゃんたちよりお前の方がよっぽど危険だ馬鹿者!!


「だから家を出るっつってんのよ! このケダモノ!!」

「っ……」


 アーディンは言葉をつまらせて向こう脛を押さえ、しゃがみこんだ。あー悶絶してる。ちょっと蹴りすぎたか。


「あー……ちょっと、大丈夫? ってうおっ!?」

「捕まえた」


 声をかけつつ近寄ると、物凄い速さで手を掴まれた。しまった罠か!!

 アーディンはそのまま私を引き寄せつつ、何事もなかったかのように立ち上がる。必然的に距離が近くなるわけで、私は見上げる姿勢をとらざるを得ない。アーディンの顔は20cmほど頭上にある。すくすく育ちおって、首が痛いわ。

 今まで数々のやりとりで学習したのか、逃げられないように片手で私の腕をしっかりと掴み、もう片手は私の肩をがっちりと捕捉しつつ、アーディンは真剣な顔で私を見つめた。


「前から、ちゃんと聞こう聞こうと思っていたんだが」

「……なにを」

「ミヤは、俺のことが嫌いか」


 わあ、返事しにくい。なんでこの男は、天下の往来で平気でこういうことを言い出すのか。もう全力で逃げ出したい。っていうかこの空気! 腹の中がムズムズする! 例えるなら、家族団らんでテレビドラマを見ていたら、いきなり濡れ場シーンになって物凄く気まずい思いをするあれ! 誰かチャンネル替えてー!


 とにもかくにも、答えなければアーディンは納得しまい。私は観念し、思うところを率直に述べる事にした。


「嫌いじゃあ、ない」

「!」

「弟みたいで」

「お……」


 アーディンはピシリと停止し、数秒後ふいに再起動した。


「あんまりだ! 俺の方が年上なのに!!」

「そういわれても。私的にはアーディンって昨日まで子供だったわけだし、何かと手がかかるしさー。なんかこう、思春期迎えた弟を持った姉の気分なんだよね。子供からちょっとランクアップしてるよ」

「思春期なんかもうとっくに終わってる!!」


 ああもう、とアーディンは私を掴んでいた手を離し、己の頭を掻き毟った。おおい、髪質柔らかいんだから無茶したらハゲるぞ。


「もう悩むのも馬鹿らしくなってきた! 一体どうすれば、ミヤは俺を年相応の男として見てくれるんだ!」

「うううーん。難しいことを聞くなあ……とりあえず、言動をもうちょい大人に……頼れる感じに?」


 今のままじゃ、ただの駄々っ子だもんなあ。私を信頼してくれてて、全部あけっぴろげにしてるからなんだろうけど。


「ど……努力する」

「あと仕事に打ち込む人は結構好きだけど。これぞ大人って感じで」


 人間として、男女問わず。この道一筋、みたいな人は純粋にかっこいい。炭焼き一筋60年とかのお爺ちゃん超渋かっこいい。あれ、でもこれ質問に対する答えと微妙に違う気がするな。


「他はなんだろう、年上ならむやみやたらと束縛しない余裕的なものとか。適当に泳がせてくれるおおらかさとか」


 我ながら調子のいいことを言っている気がしてきた。

 アーディンは、答える私を食い入るように見つめた後、ゆっくりと息を吐いた。


「わかった」

「ん?」

「つまり俺は、精神的にガキっぽいとミヤには思われてるんだろう。よくわかった……ちょっと頭冷やす」

「あれ」


 更に怒るかと思ったアーディンは、何故か意気消沈していた。まずい事言っちゃっただろうか。


「アーディン?」

「帰る。邪魔して、悪かった」


 それだけ言うと、アーディンはくるりと踵をかえし、その場を立ち去ってしまった。

 ああ、何か面倒な事になりそうな気がする。


◇◆◇


 一人で店に戻った私は、案の定コーウェル一家に取り囲まれた。

 何故かホウキを握り締めたイリアさんが真剣な表情で話しかけてくる。


「ミヤちゃん、所長に何もされなかったかしら? 悲鳴とか聞こえたら助けに行くつもりでスタンバってたんだけれど」

「ご、ご心配をおかけしました。対話はつつがなく終了しましたので」


 まさかそのホウキは殴打用か。意外とアクティブだなイリアさん。

 鼻息荒いイリアさんをなだめていると、その背後で腕組みしながら微笑んでいたジョセフさんが問いかけてきた。


「それで、あいつ納得した?」

「えーと、納得したというか。何故かすごい凹んで帰っていきましたが」

「……ミヤさん、一体何言ったの?」


 私はアーディンとの対話をかいつまんで説明した。もちろん個人的に恥ずかしい部分はごっそり省略した。それでもジョセフさんはアーディンの落ち込んだ理由を察したらしい。苦笑しながら自分の顎に片手をあてた。


「ああ……あいつ的に一番痛いところを、目一杯えぐっちゃったんだねえ。昔からあいつ、君との年齢差を物凄く気にしてたから。再召喚のときは、君より年上になったってんでえらく浮かれてたし。まあ精神的に余り成長してないのは事実だから、ミヤさんが悪いわけじゃないけどね」


 ジョセフさん、相変わらず発言が黒いです。

 にしてもそうか、そんなに気にしてたとは知らなかった。もうちょっと言い回しを考えればよかった。


 その後、途中でうやむやになっていたバイトの話を改めてご両親にお願いして快諾を得た私は、何とか新たな生活基盤を手に入れることができたのだった。


 そしてアーディンからはその後、何の連絡もないまま数週間が過ぎた。

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