優しさを失ったなら
私たちは、誰かを傷つけた瞬間や、冷たく当たってしまった後に、
「自分って最低だな」
と、落ち込むことがあります。
でも、その苛立ちやトゲのある言葉のほとんどは、性格が悪くなったからではありません。
ただ、心の電池が少なくなってしまっただけなのです。
朝から夜まで、
「ちゃんとやらなきゃ」
「みんなに迷惑かけちゃだめだ」
「もっと頑張らなければ」
と、自分自身に鞭を打ち続けて、いつの間にか燃料が底をついているのです。
そんなとき、優しさは一番最初に枯れるのです。
なぜなら優しさは、余裕がないと生まれにくいものだから。
疲れ果てた心は、自分のことで精一杯で、他人の痛みを見る余裕すらなくなってしまうのです。
それなのに、
「優しくできない自分=悪人」
と思い込んで、さらに自分を責めて、ますます心の電池を削ってしまう。
悪循環のループです。
私にも、忘れられない出来事があります。
ある日、仕事で疲れ切って帰宅した夜のことでした。
その日は朝から小さなトラブルが続き、気を張り続けていました。
誰にも迷惑をかけないように、ミスをしないように、ずっと神経を使い続けていたのです。
家に帰ると、親が何気ない声でこう言いました。
「今日ちょっと手伝ってくれる?」
それは本当に、ほんの小さなお願いでした。
普段の自分なら、何の迷いもなく「いいよ」と答えていたはずです。
けれど、そのときの私は、思わずきつい声でこう言ってしまいました。
「疲れているのに、今それ言う?」
言葉を口にした瞬間、空気が凍りました。
親は何も言わず、「ごめん」と小さく言いました。
その顔を見た瞬間、胸がギュッと締めつけられました。
なんて嫌な言い方をしたんだろう。
自分って、本当に最低だ。
そう思って、その夜は長い間、布団の中で後悔していました。
でも、後から気づいたのです。
あのときの私は、優しくなかったのではなく、優しくするエネルギーが残っていなかっただけだったのだと。
人は、余裕があるときには自然に優しくなれます。
苦労している人を手伝ってあげたり、「大丈夫?」と声をかけたり、誰かの話をゆっくり聞いてあげたり。
でも、それは当たり前の能力ではありません。
心の体力があるときだけ発揮できる力なのです。
たとえば、
電池が1%しか残っていない携帯電話に、重たいアプリをたくさん動かせと言うようなものです。
できなくて当然なのに、私たちは自分にだけ厳しいのです。
「どうしてこんなことでイライラするんだ」
「もっと優しくできるはずだ」
「こんな自分はダメだ」
そうやって、自分を責めてしまう。
でも実際には、その多くが
疲れすぎているサインなのです。
よく考えると、本当に性格の悪い人は、自分が人を傷つけたことをこんなに悩みません。
「優しくできなかった」と苦しくなるのは、本当は優しい心を持っている証拠なのです。
だから、もしあなたが、誰かに対してトゲトゲしくなってしまったなら、自分を責める前に、こう聞いてみてください。
「最近、ちゃんと休めている?」
「ずっと頑張り続けていない?」
「心の電池、減っていない?」
人は、疲れているときほど、
自分に厳しくなります。
心に余裕が無くなります。
けれど、本当に必要なのは、さらに鞭を打つことではありません。
心身の充電です。
少し長く眠ること。
好きな音楽を聴くこと。
ゆっくりお風呂に入ること。
誰にも気を使わない、自分の時間を持つこと。
そんな小さな休息が、少しずつ心の電池を回復させてくれます。
すると不思議なことに、
何も頑張らなくても、また自然と優しくなれるのです。
人の話を聞けるようになったり、誰かの小さな変化に気づけたり、「大丈夫だよ」と言える余裕が戻ってきます。
優しさは、努力でひねり出すものではありません。
余裕の中から、静かに湧いてくるものなのです。
だから、もし今、誰かに優しくできなかった日があったなら、その自分をそっと認めて、許してあげてください。
ただ今、優しさを出すためのエネルギーが、少し枯れてしまっているだけなのです。
よく休んで、
ゆっくり呼吸をして、
自分を責める手を止めてあげてください。
そうすれば、またいつか、
あなたの中の柔らかい笑顔も、
誰かを思う優しさも、ちゃんと戻ってきます。
人の心は、電池のように減ることもあるけれど、同じように、何度でも充電できるものなのです。




