追放からのチート覚醒!でも俺の“ざまぁ”が待ってくれない
「ユウト、君をパーティーから追放する!」
静謐な図書館にて、大きな声が木霊した。
声の主は、背筋を伸ばした金髪の青年。
光が差せばキラキラと反射しそうな鎧を着ており、立ち姿も凛々しい。
だが、幻想図書館の歴史的な魔導文献が並ぶ厳粛な空間には、あまりにも不釣り合いな音量だった。
「……お静かに願います」
遠くの書架の影から、司書らしき人物が眉をひそめたが、その忠告は無視される。
リーダー格の爽やかな救国顔の青年は、勝ち誇ったように続けた。
「俺たちも悩んだ末なんだ。なに、無一文で出て行けと言うわけじゃない、これが君の分だ。ありがたく受け取ってくれ」
手にしていた革袋を、相手の足元へと放り投げる。中でじゃら、と金貨の音がした。
その向かいに立つのは、年若い斥候風の装備をまとった冒険者――ユウト。
体つきはまだ細く、髪も風に吹かれたように乱れていた。
軽装備の革鎧には使い込まれた痕があり、地味ながら地道に研鑽を続けた軌跡を感じさせる……
が、今はただ、唇をかすかに震わせていた。
「なんでだ……? 僕なりにパーティーに貢献してきたはずだ」
声が掠れていた。
その様子を見つめるのは、救国顔の青年の両脇に立ってる――見習い治療師のセリカと、初級魔法使いのリリス。
ふたりとも美しい。そしてふたりとも、男の肩にそっと寄り添うようにして、彼の判断を無言で肯定していた。
「セリカ……俺たちは、将来を誓い合ったじゃないか……!」
ユウトが悲痛な声で訴えたとき、セリカは涼しげな顔で小首をかしげた。
「……いつの話をしているのよ、ユウト。昔の約束なんて、今さら引き合いに出すつもり?」
冷たい言葉だった。リリスが鼻で笑い、リーダーが肩をすくめる。
「これもパーティーの成長の一環だよ、ユウト。君は……まぁ、器用だったかもしれないが、戦力外と判断した。それだけのことだ」
――酷い。理不尽だ。何より、場所が悪すぎる。なぜ追放劇の舞台に図書館を選んだのだ。
図書館の隅で、厚い本を開いていた中年の魔導士がそっと頭を抱えた。
近くの机では、古代文字を写本していた魔法学院の生徒達が、ペンを走らせながら、興味深げに聞き耳を立てる。
(まったく、我らが絢爛たる図書館で騒ぐなっちゅうねん……)
最近、冒険者ギルドの酒場で「追放系」の話題が流行しているらしい。
だが、なにもこんな由緒正しい幻想図書館で、流行に乗らなくてもいいだろう。
その後、ユウトがなにを叫び、誰にどんな言葉をぶつけたか、よくは聞こえなかった。
けれど彼は、金貨の袋を拾うことなく、ただ背を向けて走り出した。
扉が開かれ、図書館に冷たい風が吹き込む。
彼の小さな背中は、すぐに人の波に消えていった。
街を飛び出す彼の姿を見届ける者は、誰もいなかった。
ユウトはただ走っていた。
図書館を飛び出し、街の石畳を抜け、草原を越え、気づけば足元はぬかるんだ森の土に変わっていた。
(おい、待て待て!どこまで行くねん!図書館から森て、導線どうなっとんねん!ついていくのもしんどいっちゅうねん)
森まで来てしまったのだと足を止める。
「クソッ……ッ!」
叫びながら、彼は木の幹に剣を打ち込んだ。
固い樹皮を刃が割り、鋭い音があたりに響いた。
――あいつら……どうして……
手切れ金なんて要らなかった。
いや、本音を言えば――本当はまだ、セリカのことを諦めきれていなかった。
長い年月をともに過ごした幼馴染。笑い合った日々。手を取り合った誓い。
それが、あんなあっけなく「いつの話をしてるの」なんて――。
――ふざけるな!
バシィン!
剣が、また木に打ち込まれる。
振り下ろす腕には、怒りとも、悲しみともつかぬ熱がこもっていた。
だが――。
――金は、……あといくら残ってたっけ?
頭の隅で、現実的な問題が顔を出す。
金貨の袋は受け取らなかった。所持金は、街の宿を数日過ごせる程度。
このままでは、生きる手段さえない。
「だったら、強くなって見返すしかねぇだろ……!」
ユウトはもう一度、木を斬った。
木の幹はうめき声のような音を立てて、少しだけ裂けた。
その時だった。
「……ゴルゥゥ……ッ!」
森の奥から、低く、重たい唸り声が響いた。
ユウトの耳がピクリと反応する。
――まずい。
次の瞬間、木々を押しのけて突進してきたのは、巨大なイノシシ型の魔獣だった。
体高は人間の二倍、ゴツゴツと変形した牙は岩をも砕きそうな曲線を描いている。
毛並みは濡れたように黒く、目は血走っていた。
「……嘘だろ、雄々しき森の牙獣がなんでここに」
森の中、しかも日が落ちかけて視界も悪い。
ユウトは条件反射で身を翻したが、魔獣はすぐに追いすがる。
俊敏な斥候である彼をしても、地形の悪さと体力の消耗がたたった。
凶悪な牙が地面から、掬い上げるように差し迫る。
「うわッ――がッ!」
慌てて飛びのいたが、横合いに叩き飛ばされ、地面を三度もバウンドした。
背中を木に叩きつけ、呼吸が止まる。
――だめだ……死ぬ……!
全身が鉛のように動かない。魔獣が、こちらへ牙を突き出して突進してくる。
視界が霞み、耳鳴りがする。
そのとき――
『スキル獲得条件達成』
――ッ?!
『ユニークスキル【物質軟化】を習得しました』
頭の中に、機械的な声が流れ込んできた。
目の前の世界が、少しだけ色を変えたように見えた。
――物質……軟化?
意味を考える間もなく、ユウトの手が本能的に前に出た。
突撃してくる魔獣の頭へ、指先を向ける。
「おおおおおおおッッ!!」
次の瞬間――魔獣の額が、波紋を伴って落ちくぼんだ。
角のような牙も、骨格も、肉も、まるでゼリーのように変質する。
そこへユウトの体重が乗った一撃が加わり――
ドッ……ボシュッッ!!
あまりに説明しがたい感触と音とともに、魔獣の体が破裂……いや、ゼリーのように弾け飛んだ。
暗くなった木々の間に、魔獣だったものが飛び散る。
「……な、な、なんだこれ……」
呼吸が荒い。膝が震える。
だが、ユウトは確信していた。
これは偶然じゃない。
自分は――力を手に入れたのだと。
「……やってやる。僕は絶対に……俺は絶対に、見返してやる……!」
静かな森の奥、月明かりに照らされたその場で、ユウトは立ち上がった。
彼の背中から、熱のような闘志が、じわじわとあふれていた。
(いやまず傷治せや!バウンド3回して木に背中ゴン。今ゼリーまみれやろ!?背表紙も冷や汗でぐっしょりやで!)
謎の自信を得たユウトは森を出て、夜道の街道を突き進む事にしたらしい。
朝日が顔をのぞかせる頃、街道を抜けた先にあったのは、地図にも載っていないような小さな辺境の村だった。
道は泥でぬかるみ、屋根は藁葺き。街のような活気もなく、冒険者ギルドも看板だけのようなもので、登録しても依頼は草むしりか薪割り程度。
だが、ユウトにはちょうどよかった。
図書館から飛び出したときは、街では誰の視線も痛かった。
あの追放劇のあとでは、すれ違う人がヒソヒソと話す音に嫌悪した。だが、この村には誰も彼を知らない。
過去の自分を脱ぎ捨てるには、うってつけの場所だった。
ユウトは日雇いの伐採仕事にありつき、空いた時間で狩りや薬草採取をこなした。
金はない。宿もない。森の外れに布を張り、焚き火で体を温めながら、夜ごと剣を振った。
「……軟化」
石の表面がふやけ、拳を打ち込むとひしゃげた。
鉄片を握れば、ゆっくりと曲がる。
獣の牙を軟化させて噛ませれば、その牙はぐにゃりと曲がって無力化する。
――“物質軟化”
それは触れた物質を一時的に柔らかくし、形状や物理性質を崩すユニークスキル。
一撃の破壊力ではなく、知恵と戦術に応える“賢者の武器”だった。
「この力……使いこなせば、なんだってできる」
ユウトは確信していた。
もう、誰の後ろをついて歩く必要もない。
自分の力で、自分の道を切り拓ける。
ある日、森の北側の沼地付近で、ユウトは二人の人物と出会った。
一人は、落ち着いた顔立ちの青年――ライナ。
かつて小貴族の嫡子だったが、政略に嵌められて爵位を剥奪されたという。
無理やり傭兵部隊に放り込まれ、命からがら脱走してきた過去を持つ。
もう一人は、淡い栗色の髪を持つ少女――ミア。
治癒魔法の使い手で、師匠に裏切られ、実験材料にされそうになったところを逃げ出してきたらしい。
焚火を囲って、小枝がはぜる音を聞きながら、どちらからともなく呟いた。
「お前も、追放されたのか?」
ユウトがそう言うと、ライナが片眉を上げて返す。
「……お前も、か」
それだけだった。だが、それで十分だった。
互いに過去を多く語ることはなかったが、三人はすぐに“同じ匂い”を感じ取り、自然と共に行動するようになった。
三人で狩りをし、洞窟を攻略し、小さな依頼をこなす。草むしりに薪割り。溝の掃除。
ユウトは確かに感じていた。
――この力、この仲間があれば……元のパーティーなんて、いつだって超えられる。
(……。いやそれ言うの早すぎるやろぉぉぉお!
知らんまに“田舎スローライフ”始まってるし!
お前、月明かりに向かって叫んでたのに、
次の瞬間草むしりと薪割りしとるやないか!
魔導書もびっくりな筋書きやで!)
図書館での追放劇から数日。チート能力と新たな仲間との出会いで謎の自信を手に入れた、そんなユウトを空から見下ろす影が不穏な光を放っていた。
ーーーーーーーー
ユウトが追放されてチート能力に目覚め、草むしりをして、決意を新たにした数日後。
「せっかく追放したのに、ざまぁが待ってくれないとはこの事かな?!」
草原に近い丘陵地でのことだった。
ユウトを追放した元パーティーの三人――リーダーのハヤト、セリカ、リリスは、思わぬ数の魔獣に囲まれていた。
「ちょっと、なんでこんなに魔獣が……!?」
「セリカ、後ろも警戒してくれッ! 魔物の増援が――クソッ!」
ハヤトの剣が、硬い甲殻の魔獣に弾かれた。
セリカの回復魔法は追いつかず、リリスの魔法詠唱も中断を余儀なくされる。
そこへ、風を割って歩くひとつの影。
泥にまみれた長衣。
光を宿したような鋭い眼差し。
誰よりも静かで、誰よりも強い存在感を纏って、高地から降り立った。
「――やあ」
風が運んだその声に、セリカの体が硬直する。
「……ユウト……!?」
「困ってるみたいだね」
ユウトはゆっくりと歩み寄り、笑みを浮かべる。
「君たちには、やっぱり、俺が必要だったんじゃないのか?」
瞬間、魔獣のひとつが彼に飛びかかる。
だが――ユウトが手をかざした。
「軟化」
魔獣の皮膚がふやけた瞬間、拳が叩き込まれる。
ズドッ!
粘土のように変質した魔獣は、その一撃で内部から崩壊した。
ハヤトたちが、目を見開く。
「そんな……一撃で……」
「嘘でしょ……ユウト、いつの間に……」
セリカが、口元を押さえ、顔を蒼ざめさせる。
リリスはただ呆気にとられて立ち尽くしていた。
ユウトは、彼女たちの前に歩み寄る。
「僕がいれば、こんな魔物なんて敵じゃないってことさ。わかったろ?」
そして、セリカの目を真っ直ぐに見つめる。
「……戻ってこい、セリカ。君は……僕の婚約者だったろ?」
魔獣を一撃で打ち倒し、周囲の空気すら支配するような力を見せつけながら、ユウトは真剣な目で問いかけた。
口元にはかすかな笑み。自分がここまで成長したことを、セリカに見せつけたかったのだ。
風が吹いた。
セリカの長い髪が、揺れる。
(……ユウト、言わせてくれ。草むしりと薪割りは何やったんや……!!
我の語りにもそんな展開ないっちゅうねん。
ほいでセリカ、さぁ、どうでる??)
「いや、普通に無理。……追放したばかりじゃない。何を今さら」
その声は、あの日と同じように冷たかった。
何もなかったかのように、当然のように。
まるで、ユウトと過ごした時間など、最初からなかったかのように。
「……な、に……?」
声が裏返ってしまった。
口が乾く。喉が焼けるように熱い。
「俺は……俺はここまで……!」
「先に出てったの、そっちでしょ? 未練がましいよ、ユウト。見ててイタいよ」
追い打ちをかけるようなリリスの言葉に、ユウトの顔が歪んだ。
拳を握る。血がにじむほどに。
「てめぇ……!」
「そこまでだ、ユウト。助けてくれたことは感謝する。でも君との冒険はもう終わったんだ。僕の大切な仲間たちに、そんな目を向けないでほしい」
ハヤトが剣に手をかけ、空気が険悪になる。
リリスは口元を押さえて笑いをこらえながらも、こちらを軽蔑するような目で見ていた。
「お前ら……全部、全部……!」
ユウトが今にも怒鳴りそうになったその時。
「はい、ストップ」
間の抜けた声とともに、二人の影が現れた。
ライナとミア。ユウトと行動をともにしていた“仲間”だ。
「ここで一発、うちらからの“追放ざまぁ”をお届けしようか」
ライナの剣が光り、ミアの術式が展開された。
「お、おい、お前らなにを――」
ユウトの叫びは、ミアの魔法の衝撃にかき消された。
ハヤトは、ライナが繰り出した剣の柄で側頭部を叩かれて昏倒。
リリスは後ろから魔力衝撃波で吹き飛ばされ、セリカもミアの魔法に呑まれて気絶する。
あまりの呆気なさに、ユウトは言葉を失った。
「おい、待て……おい!」
気づいた時には、三人とも地面に倒れていた。
「お、お前ら……なんで、勝手なこと……!」
「はぁ? 勝手って何? 私たち、ユウトの仲間でしょ? 君の気持ち、汲んだつもりだったんだけど?」
「ちょ、ちょっと待て……これ、やりすぎだ……!」
その瞬間――
「動くな!!」
鋭い声が飛んだ。
木立の奥から現れたのは、街の警邏隊だった。
複数名。すでに武器を抜いている。
「辺境伯の私有地で騒ぎがあると、通報があって来てみたら。まさか、冒険者が市民に手を上げるとはな……!」
警邏隊はユウトを見つけるや否や、険悪な様子で駆け寄ってくる。
「違う! 違う、俺じゃない!ふざけんなよ! 俺はただ……俺は元仲間と話していただけで!」
だが――
「隊長さん、あの人がやりました」
ミアの声が、ひどく冷静に響いた。
「え……?」
「ねえ、ライナ?」
「ああ。俺らは止めたんだが、ユウトが暴れて……。
完全に復讐のためって感じだった。
これが最近はやりの”ざまぁ”ってやつ、なのか」
「……なっ……」
世界が崩れた。
信じていた仲間。心を許しかけていた存在。
だが、裏切ったのは自分ではなく彼らだった。
「……やめろ……俺じゃない……! 俺は、そんなことしてない!!」
「……聞くな。拘束しろ」
ユウトの両腕が、冷たい鎖で縛られる。
がしゃん、と音がして、膝から崩れ落ちた。
「ユウト・レイン。君を暴行容疑で逮捕する。
……ああ、こういった方がお似合いか。
君を街から――追放とする」
その言葉が、皮肉のように響いた。
「……ハッ、ははは……」
ユウトの肩が震える。
笑っているのか、泣いているのか、自分でもわからなかった。
だが――次の瞬間。
ユウトは立ち上がり、真っ赤な目で、ライナとミアをにらみつけた。
そして――
「こんなの……俺からお前たちを追放だッ!!」
絶叫して逃げ出した。
空に向かって、森に向かって、何よりも自分に向けて。
心の奥底から、すべてを吐き出すように。
それでも、誰も答えない。
ただ、冷たい風が吹いていた。
(……ユウト、転生すらしてへんのに「また追放」とか、何ループ目やねん。しょぼ過ぎて泣ける。
表紙が乾きません。こらアレですわ。そろそろ我が正義みせたらんと駄目ですわ)
翌朝、街道の小道を、二人の人影が早足で歩いていた。
「ふふふ……上出来だったね、ミア」
「ライナこそ。まさかここまでうまくいくとは思わなかったわ」
ライナとミアは笑っていた。
元パーティーを襲い、金品を奪い、さらにユウトに罪をなすりつけて、自分たちだけが「被害者」として逃げ切った――
「ユウトは街から追放。元パーティーは荷物を全部奪われ、ぐうの音も出ない……」
「これぞ、ざまぁってやつね♪」
その時だった。
木々の間から、低く、だるそうな声が聞こえた。
『……おお、これはこれは。アホの見本市みたいな二人組が、よう喋るわぁ』
「……え?」
空中に現れたのは――
ボロボロに古びた黒革の魔導書。
表紙には奇妙なルーンと、まるで“目”のように見える赤い宝石が光っている。
「な、何よ、あんた……! 魔法書? 喋ってるの?」
『誰が“あんた”や。ワシは《禍眠の魔導書》。寝落ち上等、ツッコミ一閃、正論の化身や』
魔導書はふわりと浮かびながら、二人を見下ろすように回転した。
『まあ、今のお前らにはちょうどええ教材やな』
「……何が言いたいのかな?」
ライナが眉をひそめ、手を剣に伸ばすが――
『お前ら、マジで最低やな。やること全部が小物以下や。コソ泥、裏切り、なすりつけ。しかも、しょーもない計画で悦に浸るとか、どんだけイタいんや』
「な……!」
『ざまぁってのはな、“自分の手”で道切り拓いたやつだけが言う資格あんねん。お前らのは、ただのハイエナ行為や』
魔導書の言葉が刺さる。いや、刺すどころか斬ってくるレベルだ。
「ぐぬ……うるさいっ!」
ミアが魔力を展開しようとした、その瞬間。
『はい、あかんやつね。そんな中途半端な魔法、我には効かん。逆にくらえ!』
パラり、と魔導書がページをめくると――
甲高い音発射音とともに、青白い閃光が炸裂した。ローブが破けてミアが尻もちをつく。
『きゃっ……!? こ、これは……っ!とか言ってる間に次、お前やで?』
「ま、待て……! オレたちは……ユウトが悪くて……!」
『ほんなら、なんで盗みまでしたんや? ユウトが命削って育てた力に便乗して、火事場泥棒か? ゴミクズにもほどがあるわ』
魔導書はライナの頭上でくるくると回転し、そこから――
ゴンッ!!
急降下して本の角をライナの頭に直撃させた。
「ぐえっ!?」
『“ざまぁ”ってな、言われるためにあるんちゃうねん。言われて喜ぶようになったら終わりやで。お前らの生き様、まるでポンコツ演劇や』
数分後、ミアとライナは、草地に沈んでいた。
敗北ではなく、恥辱と説教での敗北。その傷は、剣よりも深い。
『……最後に教えといたる。お前らな、“追放系”のザコ枠にもなれてへんねん。精々、モブのやられ役がええとこや』
魔導書は、どこから出したのか、つばを吐いて姿を消した。
残されたのは、赤面しながらも動けないライナとミアだけだった。
夕暮れの魔の森――
かつて命の危機に陥り、チート能力「物質軟化」に覚醒した場所。
その同じ森の中で、ユウトは再び剣を振っていた。
「……絶対に許さない……ライナも、ミアも、セリカたちも……全員、見下しやがって……!」
倒木を軟化させて砕き、地面の石をねじ曲げ、斬りつけるたびに憎しみがこもる。
―—今度こそ、全員、俺の力を思い知らせてやる……!
その時――
『――おぉぉい。やってんなぁ、またここで』
背後から聞こえる、どこかだるそうな声。
「!? ……だ、誰だ!」
振り返ると、そこに浮かんでいたのは――
ボロボロの黒革装丁の喋る魔導書。
『我は《禍眠の魔導書》や。こんな復讐臭い空気、また嗅がされるとは思わんかったで……』
「……魔導書だって?なんでここに……。
そうか、主人公補正、というやつなのか?
ならば、お前の力を貸してくれ。復讐のために……!」
『いやモブ男が追放されすぎて何抜かしとんねん』
魔導書は空中で大きく溜息をついた。
『お前なあ……それ、何回目や? 復讐。いつまで引きずっとんねん』
「何言って――俺は正しい。あいつらが裏切ったんだ! 俺は――!」
『うっさいわアホンダラ!』
——ゴンッ!!
いきなり飛び出してきた魔導書がユウトの額に命中。
地味に角で直撃され、思わずうずくまる。
「いっ……痛ってぇぇ!?」
『お前な、言っとくけどお前も十分、自分勝手なんやで?』
「な、何だと……!?」
『元仲間がクズやった? そらそうや。ライナとミアもゲスやった? その通りや。でもな、だからって、自分まで同じ穴のムジナになってどないすんねん!』
「…………っ!」
『お前は最初、悔しさで強くなったんやろ? まぁ、ほぼ草むしりしかしてないけどな。 でも今はどうや? “復讐を果たして、ドヤ顔すること”しか考えとらんやないか。草むしりしながらな』
魔導書の声は、静かで、鋭かった。
『“誰のせいでこうなった”とか、そんなんどうでもええねん。問題は、“今のお前がどうあるか”やろ』
ユウトは言葉を失っていた。
何故こうなったのかわからないが、本なんかに罵倒される自分が情けなかった。
『なんか知らんが、お前の成長って、全部“誰かに勝つため”やん。そら、誰かに嫌われて当然やで?』
「……くっ……」
『ほれ、今にも泣きそうな顔しとるやん。ざまぁやな。“お前も大した実力なかったから、追放されて当然やったんや”。そろそろ気づけや』
ぐさり、と刺さる一言。
——たしかに……俺も、仲間の顔すら見ずに、ただ自分の気持ちばっかり……
『異世界スローライフ系ざまぁ爆誕しとる場合とちゃうねん。少年よ、冒険せい!じゃ、ワシは帰るわ』
スッキリした声色を残して、魔導書は何処へともなく姿を消した。
魔の森で、今日も“ざまぁ案件”を片付けた《禍眠の魔導書》。
どこか満足げに、いや、ほんの少し疲れたように、空中をふわふわと飛んでいた。
『ふぃ~、これで一区切りやな。ほんま、追放テンプレの在庫処分みたいな一日やったわ……』
そして、そろそろ最近住処となった幻想図書館のもとへ帰ろうとした、そのときだった――
バッゴォン!!
『ほげぇっ!?』
黒いアタッシュケースがもの凄い勢いで振り抜かれ、魔導書の表紙に直撃。禍眠の魔導書は経験のない速さで地面に叩きつけられた。
『いってぇえええ!? な、なんやっ……』
「――“なんや”じゃないわよ、バカ!」
姿を現したのは、流れる様な金髪を後頭でツインテールにした美少女。
金糸に白の外套姿に、手には大きな鋼鉄製アタッシュケース。
そう、彼女こそ――《セラ=アーカイブ》。
禍眠の魔導書の、最近ご主人様に就任した絶対の管理者である。
「“また勝手に脱走”して、“またざまぁ発動”して、“また惰眠を貪ってたわね?」
『ま、待ってセラ様! 我は禍眠の魔導書。惰眠などでは、それにこれには事情が――』
「知ってんのよ。ざまぁを撒き散らして、“俺様かっけぇ”を撃破して、“自己中くん”を論破したって、聞いたわよ。お友達の魔導書達が、わざわざ私に、告げ口しに来たわよ」
『う、うそやろ!? あいつら裏切ったんか!友情のページ交換はなんやったんや!!ちゃうで!ちゃうちゃう!今回は正義の鉄槌というか、“社会的倫理”を……』
ドカン!!!
先ほどよりもより大きな一撃が草地にクレーターを生んだ。
「うるさい、と、……言ってるでしょ?」
『理不尽ーーーーー!』
余波で弾かれたのか、空中でぐるんぐるん回転しながら、魔導書は叫んだ。
『ほんまになぁ!? ワシがどんだけ現場で働いてるか、ちょっとは労ってや! セラ様は冷たい! パワハラやで!? 事案やで!?』
「おいコラ、ちょっと戻ってきなさいよ」
『ハイィィイイ!秒で戻りました!』
ガシリッ——、と細い腕に掴まれた魔導書の表紙が波打つほどに変形する。
「“勝手に脱走しようとしてんじゃないわよ”って、何度言わせるつもり?」
『うそやん、飛んでただけですやん……! それに、我は正義とご利益の為に、この世に蔓延るテンプレとクズの矯正を……!』
「いいから戻る! 今夜の書庫整理は全部あんたがやるのよ!」
『えっ、ちょ、ちょお待って! 手のない魔導書に書庫整理なんて無理じゃ――』
「何言ってんのよ。手がなければ、ページがあるでしょ。破いてでも何とかしなさいよ」
『鬼ィィィィィィィ!!』
泣き叫ぶ魔導書をアタッシュケースの内に拘束し、セラは容赦なく幻想図書館へ帰還するための転移魔法を敷いた。
そして――
「あ、そうそう。あんたのうるさい仲間たち?
言ってたわよ。……口が臭いって」
「ぐはぁ!……せめて……せめてもの願いや……」
魔導書は涙ながらに、地を見つめてつぶやいた。
「――我も追放されたい!!!」
その絶叫とともに、光に包まれて二人は消えていった。
夕暮れの森に残ったのは、風の音と、うっすらとした魔力の残響だけだった。
来客が勝手に蔵書を持ち出す!?
魔導書は森で昼寝している…。
迷惑だらけの世界で、幻想図書館の
外勤員ジョシュアが奔走する記録――
——空から落ちた魔導書が、物語を動かす——
『幻想のアルキヴィスタ』本編 連載中です!
→ 本編はコチラ
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