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第7話 正義って、なんかダサくない?

 朝のホームルームが終わって、わたしはそっと立ち上がった。


 クラスメイトたちはもう慣れたもので、誰も止めない。

 というか、止められる空気じゃないって分かってるんだと思う。


 ランドセルの中で、ルチルがひそひそ囁いた。


「りん、また今日も……?」


「うん、ちょっとだけ、風に当たりたい気分なの」


 そう言って、わたしは教室を抜け出す。


 目指すは、校舎の屋上。

 本来、生徒は立ち入り禁止なんだけど、魔法少女ってそういうの、だいたい無視できる。


 扉の前で、ひと息。


 静かに開けると――風が、ふわりと髪を撫でた。


 空はひらけていて、どこまでも青くて、

 まるで、「自由にしていいよ」って言ってくれてるみたいだった。



 だけど、わたしはその風に、違和感を覚えた。


 ただの風じゃない。


 魔力を帯びた、鋭く研ぎ澄まされた空気。


 屋上の柵にもたれていたのは――風守いずみ。


 いつもの制服。いつもの無表情。

 でも、風が彼女の髪を揺らして、どこか寂しそうに見えた。


「……また無断でここへ?」


「うん。あ、でもこれ、“きらめきの自主練”だから♡」


「意味不明だ」


「いいの、わたしにしか分からない魔法なの。

 で? いずみちゃんは“風当たりの強い自分磨き”?」


「そんな練習はない」


 相変わらず、会話はかみ合わない。


 でも――このやりとり自体が、もう“対話”になってる。


 前なら、彼女は無言で立ち去っていた。

 今は、こうして言葉を交わしてくれる。


 それだけで、ちょっとだけうれしかった。



「……お前の行動で、協会はざわついている」


 いずみはそう言った。


「“自由を優先する魔法少女”という存在が、

 “契約がすべて”という前提を崩しかねない」


「わたしが契約してないだけで、そんなに困るの?」


「困る。協会のシステムは“従属”によって成り立っている。

 契約は義務であり、秩序の証だ」


「へぇ〜……でもさ」


 わたしは、風に向かってくるりと回って、ふわりとスカートを揺らした。


「正義って、なんかダサくない?」


「……」


「いや、真面目に聞いて。

 “絶対的なルール”って、見方を変えたらただの枷だよ?

 それに、なんでもかんでも“社会のために”って……そんなの疲れちゃうよ?」


「それでも、誰かの命を守るには、犠牲も……」


「“誰か”を守るために、“自分”を犠牲にしていいなんて、そんなの悲しすぎるよ」


 いずみの目が、揺れた。


 ほんの一瞬。でも、確かに――揺れた。


 わたしは、にっこり笑って言った。


「いずみちゃんにも、あるでしょ?

 “ほんとはこうしたい”っていう、自由な願い」


「…………」


「その制服、ほんとはあんまり似合ってないよ。

 もっと風のままに、揺れてるほうが、きっと、可愛い」


 その言葉に、彼女は返事をしなかった。

 でも、うしろ姿のまま、ふわっと笑ったような――そんな気がした。


◇ ◇ ◇


 その日の夕方。


 わたしは、ルチルに連れられて、町外れの広場にいた。


 いつもは小さな子どもたちが遊んでる場所だけど、今日は違う。

 立ち入り禁止の魔法結界が張られていて、空気にぴりぴりとした緊張が走っている。


「りん……ここ、ヤバいよ。協会の上級対応チームが展開してる。現役の公認魔法少女が、暴走したんだって」


「暴走?」


「うん、魔力が制御できなくなって、自我のコントロールもきかなくなるやつ。協会的には“再起不能扱い”になる」


「それって、契約してる子なの?」


 ルチルは、ため息まじりにうなずいた。


「真面目で優秀だった子らしい。戦闘型じゃなくて、回復系。協会の期待も大きかったはずなんだけど……」


 そのときだった。


 ――ズン、と空気が震えた。


 広場の奥。

 魔力の奔流が、紫がかった水のように滲み出していく。


 そして、そこに現れた。


 淡い水色の髪。制服のまま。

 濡れたように光るその瞳は、何も映していなかった。


 名前を、ルチルがつぶやく。


「……雨宮しずく。

 回復魔法の適性Aランク。

 でも今は、もうそれどころじゃない……」



 水の魔力が、地面を這うように広がっていく。

 重たく、そしてどこか寂しい波動だった。


「……あの子、ひとりで壊れそう」


 わたしは、ゆっくりと前へ出た。


「ちょっと、りん! 本当に危ないってば!」


「わかってる。でも、見過ごせないよ。

 だって、なんか……わたしと似てる気がしたから」


 魔力の流れがぴくりと動いた。

 そして、しずくがゆらりと顔を上げる。


 その瞳の奥に、なにか言いたげな、でももう声にならない感情があった。


 ――ぶわっ。


 水の弾幕が、わたしに向かって飛んできた。


 けれど、

 わたしの周りには、いつものシールドが展開している。


 ピンク色のきらめきに、ハートがひらひら舞う。

 ふざけてるみたいな演出――でも、これはわたしの“守る力”。


「もう、無理しなくていいんだよ……!」


 わたしは声を張った。


「なんで笑わなくなったの?

 なんで、そんなに自分のこと、隠しちゃったの?」


 しずくは答えない。けど、また魔力が揺れた。


「わたし、あなたのこと知らない。初めて会った。

 でもね……だからこそ、知りたいって思ったの。

 あなたが、なにを信じてきたのか。なにを、捨ててきたのか」


 水が、やわらかく震える。


「“正しさ”って、時々すごく息苦しいよね。

 でも――あなたが、それを背負わなくていいんだよ。

 いばしょは、協会じゃなくたって、あるから」


「…………」


「ねえ。あなたの名前……“しずく”っていうの?

 だったら、涙のしずくも、

 今から――“きらめき”に変えちゃおうよ」



 その瞬間。


 彼女の周囲を取り巻いていた魔力が、ふっとほどけた。

 水のきらめきが夜空に散って、星みたいに揺れていく。


 そして――しずくは、膝をついた。


 ぽたり、と頬からひとしずく、涙が落ちる。


「たすけて……わたし……わたし……」


 わたしは、そっと彼女に手を差し出した。


「うん。助ける。

 わたしの魔法は、自分のためだけのものだけど――

 それでも、こうやって誰かを“救っちゃう”こともあるんだよ」


 しずくの手が、わたしの手を握り返す。

 その指は震えてたけど、あたたかかった。


 しずくの手を握ったまま、私は小さく息を吐いた。


 重たく張り詰めていた空気が、少しだけやわらいだ気がする。


「ほら、泣くなら……もっと、可愛く泣いてよ」


「……っ、なにそれ……」


 しずくの声は震えていたけど、ちゃんと“自分の声”だった。

 魔力の奔流は、もう感じない。静かな水のように、なにかが落ち着いていく。


 そのとき、遠くから魔力探知の反応があった。


 協会の人たちが来る。


 わたしは立ち上がって、ルチルに目で合図を送った。


「転送頼める?」


「了解、りん! 微調整するねっ!」


 ルチルの魔法で、しずくを転送する。

 安全な場所に、一時的に匿うための避難転送。


「雨宮しずく、救出完了っと」


「ありがとう、ルチル。あとは、わたしが“悪役”になっておくから」



 数分後。


 広場には、協会の部隊が到着していた。


 上級管理官のミレイが、険しい顔でこちらに歩いてくる。


「星空りん。状況報告を」


「はいはい。暴走個体、無事に回収しましたっ☆」


「……回収、だと? どこに?」


「それは、企業秘密♡」


「ふざけるな。あなたの行動は重大な規律違反です。

 “未契約魔法少女による魔力干渉”は重罪に該当します」


「知ってるよ。怒られるの、慣れてるし♪」


 わたしはにっこり笑って、手をひらひら振った。


「でも、ほっといたら、彼女は……壊れてたよ?

 “正しさ”の枠に押し込まれて、自分を失ってた。

 わたしは、世界なんて救わない。

 でもね、“あの子の世界”は、ちょっとだけ救えたかもしれないよ?」


「あなたは、“ヒーロー”じゃない」


「うん。ヒーローなんて、似合わないからね。

 わたしは、ただの“あざと可愛い魔法少女”だから♪」



 ミレイは無言のまま、しばらくわたしを睨んでいた。


 でも、その目は――ほんの少し、揺れていた。


 わたしはくるっと背を向けると、ルチルのところへ戻った。


「行こっか。今日の夕焼け、きっときらめいてるよ」


「りんってさ、本当にバカだよね……でも、ちょっとカッコよかったかも」


「でしょ? バカで可愛いって最強なんだから」


 空を見上げた。


 オレンジと、赤と、きらめきの光が、混ざり合っていた。


 誰かを救うためじゃない。

 わたしは、わたしのために魔法を使う。


 でも、それが――誰かの“希望”になることもあるんだって、

 少しだけ、信じてみたくなった。

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