第6話 契約なんて、しないもんっ!
「星空りん、昨日の非公式ライブ……見た?」
朝の教室に入ると、ざわつく声が聞こえてきた。
わたしは制服のまま、すました顔で席につきながらにっこり微笑む。
「見てくれてありがと〜♡ ファンサ足りてた?」
「ち、違っ……べ、別に見たくて見てたわけじゃないから!」
後ろから声をかけてきたのは、ゆきちゃん。
あの優等生魔法少女も、ほんのちょっと“揺れて”きてる。
でもそれより、今日は教室全体の空気が違ってた。
ちらちらと、視線が集まってくる。
明らかに“注目の的”って感じ。
もちろん、悪口を言われてるわけじゃない。
でも、わたしの存在が、なにかの境界線を越えたことは、
たぶん、みんなうすうす感じてる。
昨日の“きらめき”は記録には残ってない。
でも、記憶には焼き付いたんだと思う。
◇
「ねえりんちゃん、昨日のこと、協会にバレてないの?」
ルチルがこそこそとランドセルの中から顔を出す。
この子、授業中でも普通に喋ってくるから困る。
「バレてるよ〜。ていうか、見られてるよ〜。ぜんぶ♡」
「えっ、じゃあなんでお咎めナシなの?」
「咎めてないとは言ってない。たぶん今ごろ――」
そのとき、教室のドアが開いた。
「星空りん。協会からの呼び出しだ」
現れたのは、風守いずみ。
クールで無表情で制服が似合いすぎる、いかにも“管理側”の少女。
そのまま淡々とわたしの机に近づいて、無表情のまま言った。
「上層部で、君の“処遇”を決める審議が始まった。ついてきてもらう」
「ふ〜ん、とうとう公式審査? 衣装サイズ、XSだけど♡」
「黙れ」
それでも、口元がぴくりと動いた気がした。
いずみにも、少しずつ“ヒビ”が入ってきてる。
わたしは、にこっと笑って立ち上がる。
「じゃあ、今日もきらめいていきましょ〜っ☆」
◇ ◇ ◇
魔法少女協会――正式名称「魔法少女適正運用管理局」。
その総本部は、都心部のガラス張りの超高層ビル。
通称“魔法の塔”。
でも中身は魔法というより、バリバリの官僚機構って感じ。
わたしは今、その最上階にある会議室にいる。
見下ろすと、街がミニチュアみたいにちっちゃくて、
ちょっと気分いい。
けど、その真向かいにいるスーツ女子が、怖いんだよね〜。
「星空りんさん、着席を」
そう言ったのは――九条ミレイ。
協会の若き幹部。高圧的で理知的。だけど、なんか目が優しい。
(というか、ギャップ萌えの匂いがする)
「ねぇ、この椅子ふかふか〜♡魔法で浮いてるのかなっ?」
「黙ってください。会議を始めます」
無表情でぴしゃりと返される。
うん、知ってた。けど、あえて軽くいくのがわたし流。
◇
「あなたの行動は、明確な《規約違反》です」
九条ミレイは淡々と、でも淡々すぎて逆に怖くなるくらいの声で言った。
「公的契約を結ばず、未認可の魔力を使用し、
さらに変身行動を無届けで複数回実施」
「は〜い、それ全部わたしです☆」
「ふざけないでください」
「ふざけてないよ? ただ、楽しく生きてるだけ♡」
ミレイさんは資料をぺらっとめくると、冷たいまなざしをわたしに向けた。
「魔法少女は、“社会的正義”のもとで運用されるべきです。
あなたのように、私利私欲のために魔法を使うことは……」
「わたしの魔法、私利私欲かなぁ?」
わたしは身を乗り出して、にこっと笑った。
「たしかに自分のために使ってるよ。
でもそれで、誰かが笑って、救われたなら――それって、“正義”じゃないの?」
ミレイのまつ毛が、ほんの少しだけ揺れた。
◇
議論は続く。
協会の偉い人たちが“規定”やら“秩序”やらを並べ立ててくるけど、
わたしの答えはずっと、ひとつだけ。
「わたしは、“自分の世界”を守る魔法少女なんだよ?」
彼らの言葉は、もっともらしくて、整ってる。
でも、誰の顔も、笑ってなかった。
その時点で、もう――負けてると思うんだよね。
「わたしって、そんなに迷惑かな?」
わたしがそう呟くと、ミレイさんだけが、ほんの少しだけ黙った。
そして、一言。
「迷惑……です。でも、きれいでした」
わたしは、思わず笑った。
「でしょっ? 可愛くて、きれいで、ちょっと迷惑。
それが、未契約魔法少女・星空りんで〜す☆」
――誰の正義にもなれなくていい。
でも、自分だけの願いを叶える。
それが、わたしの魔法。
◇
会議は、結論を出さないまま終わった。
「協会としては、今後の監視対象としつつ、処遇は保留とする」
それが、最後に伝えられた公式な言葉だった。
つまり――“まだ様子見”。
完全な拒絶でも、許容でもない。
でも、たしかに、揺れてる。
あの協会が、“わたし”という存在に戸惑っている。
それって、ちょっとだけ、気持ちいい。
◇
帰りのエレベーターを降りたところで、いずみが待っていた。
いつものように無表情、ぴしっと制服を着こなして、
冷たい風みたいに立ってる。
「お前の発言、あれは協会に対する侮辱だ」
「ん〜、でも事実だし?」
わたしは手をひらひらさせながら歩く。
いずみは並んで歩かない。ちょっと後ろを、ぴたりと付いてくる。
それが、なんかおかしくて。
「ねぇいずみちゃん」
「……なんだ」
「“正義”って、ちょっとだけダサくない?」
その言葉に、彼女の足がほんの少し止まった。
でもすぐ、歩き出す。
「その軽口が、いつか命取りになる」
「それ、前にも言ってたよ?」
「……」
「ねぇ、ほんとはちょっとだけ、思ってるんでしょ?」
「何をだ」
「正義とか秩序とか、そういうのより――
“自分らしくあること”って、ちょっとカッコいいなって」
いずみは、なにも答えない。
けど、耳が、少し赤くなってた。
◇
家に戻る途中の坂道。
夕暮れのオレンジが、道を照らしている。
ルチルが、ランドセルの中からひょこっと顔を出す。
「りん、お疲れ〜! 処分されなかったってことは、勝ちじゃない?」
「うーん、勝ったかどうかはまだ分かんないけど……」
わたしは足を止めて、空を見上げる。
夕焼けが、ちょっとだけ涙ぐんだ色に見えた。
「でもね、あの場で“わたし”を否定しなかったこと。
それだけは、たぶん――大事だった」
「うんうん! ルチル的にもポイント高かったよ! あと今日のセリフ、“自由の代償は、きらめきで払う”ってやつ、かっこよかったー!」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ってない! 今つくった! でも似合うでしょ?」
「うん、なんか、わたしっぽい」
わたしは歩き出す。制服のスカートがふわりと揺れた。
どこかで、誰かが「契約しない魔法少女なんて」と眉をひそめてる。
でも――知らない。
だってこれは、わたしの人生で、
わたしの魔法で、
わたしだけの“きらめき”なんだから。
世界を救う? ヒーローに任せればいい。
わたしはただ――わたしの世界を守るために、魔法を使うの。
契約なんて、しないもんっ!