第5話 世界を救わない。でも、可愛い。
魔法少女協会が動き出す。
“違法魔法少女”一斉排除作戦――その最優先対象、星空りん。
だけど、彼女は逃げない。
だって、逃げるほど「やましいこと」なんて、してないから。
今日も“きらめき”をまとう。
誰のためでもなく、自分のために。
⸻
◇
「星空りん。違法魔力使用、および複数の魔法少女への精神影響により、
本日より【監視対象A-α】として正式指定されました」
「……って、なにそれ、ちょっとかっこいいじゃん」
「かっこよくないから! 超危険マーク付きだよ!」
ルチルがぴょんぴょん跳ねながら警告してくる。
でも、わたしはあんまり焦ってなかった。
「どうせそのうち来るでしょ、協会さんたち。
“世界の秩序のために”って言って、全力で排除しに」
「きらめいてる場合じゃないってば〜〜!」
「ううん。“きらめく”のは、こういうときにこそ、なの♡」
◇ ◇ ◇
放課後の空は、どこまでも青くて。
わたしは制服のリボンをゆるめながら、いつものビルの屋上へ。
ここが、わたしの“非公認ライブ会場”。
屋上のへりに立って、風を感じながら――
わたしは、魔法を解放する。
「きらめけ、わたしの魔法――☆」
ぱあああああっ!
衣装が一瞬で変わる。
ピンクのスカート、星の髪飾り、きらきらのグローブ。
変身エフェクトは、今日も“100%かわいい”演出で決める。
「今から始まるよ〜っ! 非公式☆マジカルきらめきLIVE!!」
……なんて、叫んだ瞬間――
爆音とともに、空から“何か”が降ってきた。
キラッ、と光ったその影――
知ってる。
忘れられるわけない。
「……星海、カナ……?」
◇ ◇ ◇
彼女は、かつての姿に“よく似た”衣装を着ていた。
でも、目に光がなかった。
「任務開始。対象――星空りん。
破壊指令:コードA-α」
「……え、ちょっと待って? カナちゃん、“歌わない”の?」
「感情、抑制中。音声ユニット、制限モード」
「って、機械か!!」
冗談で言ったつもりだったのに、ほんとうに“機械”みたいだった。
“偶像”が、“兵器”になった瞬間だった。
◇ ◇ ◇
攻撃が来た。
高速で、鋭く、正確に――
まるで舞台で踊るように、演出された破壊の魔法。
「うわっ!? ちょっ、あっぶな!!」
わたしは空中ジャンプでかわす。
エフェクトだけは“可愛く”キメながら!
「ルチルっ! 魔力分散バリア! キラキラなやつでっ!」
「了解っ☆彡」
ピンクの光が、空中にひらく。
その中で、わたしは思った。
(……これが、協会のやり方)
(感情を捨てさせて、“都合よく”動かす)
それでも、彼女は星海カナだ。
ほんとうは、笑顔が似合う子だった。
◇ ◇ ◇
「カナちゃん……! 思い出してよ!」
わたしの声が届くかどうか、わからない。
でも、歌わずにはいられなかった。
これは“攻撃”じゃない。
これは、わたしからの――ラブレターだ。
「きらきらっ☆彡 君の心がふるえたら〜♪
わたしはそこに、きっといるから〜っ♡」
歌が、空に響く。
協会のカメラが捉えているのもわかってる。
でも関係ない。
わたしは――わたしのために、歌う。
その声が、ほんの一瞬でも、カナちゃんの瞳に“色”を取り戻せるなら。
それだけで、十分でしょ?
“正しさ”と“管理”の象徴として再起動された星海カナ。
その圧倒的な攻撃魔法のなかで、星空りんは一歩も引かずに歌う。
それは反撃じゃない。
戦いでもない。
彼女が届けたいのは、“きらめき”ただひとつ。
⸻
◇
ビルの屋上。
風はもう止まっていて、代わりに浮かぶのは、きらきらした魔法の粒子。
その中で、わたしはまだ――歌っていた。
「君の願いが、誰かの正義に消されるなら……
そんなの、わたしはイヤなんだよっ!」
空から降ってくる、カナちゃんの光の矢。
きらめきの羽でジャンプして、くるくる回って、ぎりぎりでかわす!
避けながらも、ピース!
回避しながらも、ウインク!
「ライブは、盛り上げてなんぼでしょ〜っ♡」
わたしは“攻撃”で応えるつもりなんて、最初からなかった。
だって、これ――
わたしにとっては、“歌の時間”なんだもん。
◇ ◇ ◇
けれど、そのとき。
カナちゃんの動きが、一瞬だけ、止まった。
「……?」
瞳の奥に、すこしだけ“色”が戻った気がした。
その“揺らぎ”を――協会が見逃すはずがなかった。
「星海カナ、魔力制御エラーを確認。制御レイヤー、再起動を――」
聞こえた。イヤな音。
カナちゃんの目が、また無表情に戻ろうとしてる。
「ダメ……やだ……!」
わたしは飛んだ。
空へ。光へ。カナちゃんのもとへ。
「お願い、戻ってきて――っ!」
勢いよく抱きついた瞬間、
わたしの魔力が、カナの魔力に、直接ぶつかって――
爆ぜた。
◇ ◇ ◇
目が覚めたら、雲の上だった。
……いや、違う。ただのビルの上。落ちかけてた。
「うぐ……いたたた……ルチルぅ……!?」
「りんーっ! 大丈夫!? 半分くらい死んでたよ!?」
「え、それヤバくない!?」
でも、横を見ると――カナちゃんがいた。
倒れてて、でもちゃんと、息をしてる。
そして――目を覚ました。
「……りん、ちゃん?」
その声が、ほんのすこしだけ震えてた。
でもそれは、“兵器”じゃなく、“人間”の声だった。
「おかえり、カナちゃん」
そう言ったら、カナちゃんが――泣いた。
無表情の“偶像”が、初めて涙をこぼした。
それだけで。
今日の“ライブ”は、大成功だったんじゃないかなって。
◇ ◇ ◇
監視カメラは、ぜんぶ止まってた。
協会は、この記録を残さないつもりだ。
“都合の悪い奇跡”は、いつだって消される。
でも。
「わたしは忘れないから。
あたしが、あたしのために歌った歌が、
だれかを救ったってこと――」
世界を救う気なんて、最初からなかった。
でも、勝手に救われちゃったなら、それもアリでしょ?