第3話 嘘だらけの正義
夜の情報局本部は静かすぎた。
中央監視室――魔法少女たちの活動がすべて記録されるこのフロアには、
十数個のスクリーンと、ぼんやりした光だけが灯っている。
「……また、暴走?」
「……はい。今夜で、今月三件目です。すべて、公認魔法少女による異常行動」
低い声と、淡々とした報告。
スクリーンのひとつには、制服をずたずたに破った少女の姿が映っていた。
目はうつろで、笑顔は空っぽ。
光る魔力が周囲に放たれて、ビルの壁が焼けていた。
「この子……星海カナ、じゃない?」
「元・広告班所属。協会モデル部門で二期連続人気No.1。
現在は“感情抑制剤”投与済みで、リハビリ中だったはずですが……」
「抑制が切れたんだ」
誰かが、ぽつりと呟いた。
誰も返事をしなかった。
◇ ◇ ◇
一方その頃、わたし――星空りんは、
そのニュースを、カフェの壁に映されたスクリーン越しに見ていた。
フラペチーノ片手に、ストローかじりながら。
「……あーあ。カナちゃん、まただ」
「“また”って何その言い方。君、めっちゃ他人事じゃん」
ルチルがわたしの頭の上にふよっと乗ってきた。やめろ、髪ぺちゃんこなる。
「だって、あれ、もう三回目でしょ?」
「それ、君が冷静すぎるだけだよ……」
「逆に聞くけど、感情を“魔法で封じる”とか、“正義のために歌う”とか、そういうのが普通なわけ?」
「……まぁ、普通じゃないけどさ。でも、みんな“そうしなきゃ”って思ってるんだよ」
「“みんながそうしてるから”って、“正しいこと”なの?」
ルチルが黙った。
わたしはゆっくりストローを口から外して、窓の外を見た。
街はキラキラしてる。
でも、その光のどれくらいが、ほんとに“きらめいて”るんだろ。
「……だから、あたしは契約しないの」
「りん……」
「“わたしのきらめき”は、誰にもコントロールさせない」
その瞬間。
スクリーンの中の星海カナが、なにかを叫んだ。
音声は消されていたけど、口の動きだけは読めた。
『……たすけて』
わたしは、目をそらせなかった。
その声が、あまりにも――自分に似ていたから。
◇
星海カナは、人気魔法少女だった。
ピンクのツインテールに、明るい笑顔。
TVにも出て、雑誌にも出て、協会公式の応援ソングだって歌ってた。
わたしも一度、こっそりライブ配信を見たことがある。
「みんな〜! 魔法で、しあわせにしてあげる♡」
その決め台詞は、キラキラしてて、どこか無理してるようで――
でも、どうしようもなく、かわいかった。
……そんな子が、“壊れた”。
感情抑制剤。
日々の倫理チェック。
協会の要請による台本と演出。
それらが、ぜんぶ彼女から“自分”を奪っていった。
わたしは、カナちゃんに会いに行くことにした。
◇ ◇ ◇
療養施設は、聖域指定区域の外れにある小さな病棟だった。
魔法抑制フィールドが張られていて、外からの魔力干渉はできない。
訪問申請は即却下されたけど――
「ルチル、バグらせて☆」
「君ほんと……罪の意識ないでしょ……」
「バグらせて☆」
「……はい、バグらせますぅ」
そしてわたしは、こっそり病棟の中へ。
◇
彼女は、窓辺にいた。
髪は乱れていて、制服じゃなくてパジャマ姿。
でも、目だけはどこか遠くを見ていた。
星海カナ。
その名前を呼ぼうとして、わたしはやめた。
「……はじめまして。星空りんっていいます」
そう言うと、彼女は少しだけ首を傾けた。
「……知らない。あんた、協会の人?」
「ううん。“未契約魔法少女”ってレッテル貼られてる子」
ちょっとだけ、口の端が上がった。
「……ふーん。めずらしいね。まだ“自分”でいる子」
「カナちゃんこそ」
「もう、カナじゃないよ」
その声は、ひどく乾いてた。
「協会が作った“星海カナ”って役、演じ続けてただけ。
でも、その“台本”も、もう全部ぐしゃぐしゃ」
「じゃあ、今のカナちゃんは?」
「空っぽ」
ぽつりと、それだけ。
わたしは、ゆっくり隣に座った。
「じゃあ――ちょっと、歌っていい?」
「……え?」
「わたし、“わたしのため”に歌うの。
でも今だけ、ちょっとだけ、カナちゃんにも聞いてほしいって思ったから」
何も言わないカナちゃんの横で、わたしは小さく口を開いた。
声はふるえてた。
でも、ちゃんと“届いてほしい”って思った。
わたしの歌。
誰かのためじゃないけど――
でも、君のこと、ちゃんと見てるから。
◇ ◇ ◇
窓の外、風がそっと吹いた。
星海カナの目に、うっすらと光が戻っていた。
「……変な子」
そう言って、カナは、小さく笑った。
「でも、なんか……いいかも」
ほんの少しだけ、“星海カナ”が帰ってきた気がした。
◇
カナちゃんの病室をあとにした帰り道。
わたしは、空を見上げた。
夜なのに、星がほとんど見えない。
明るすぎる街のせい。
人工光で埋め尽くされた、ルクレスタの夜。
「きらめき、足りないな〜……」
誰にも届かないつぶやき。
でも、それはたぶん、**誰かに“届いてほしい”**って、
わたしが、ちょっとだけ思った証だった。
◇ ◇ ◇
「……君は、なにをしている」
声がして、振り返ると――またいた。
風守いずみ。
月光を背負って、制服のまま、立っていた。
「え、ちょっと。いま来る? タイミング完璧すぎない?」
「……監視対象だから当然だ。報告を受けた」
「えー……また“報告”とか。りん、悲しいです〜……」
「ふざけるな」
その言葉は、鋭かった。
でも、それ以上に――焦っていた。
「星海カナに接触した理由は?」
「理由なんてないよ。あたしが会いたかったから、会っただけ」
「それが問題だと言っている」
「うん。でも、問題なのは“あたしが会った”ことじゃなくて、
“誰も彼女を見ていなかった”ことじゃないの?」
いずみが、言葉を詰まらせた。
「彼女は、協会のアイドルだった。
でも、壊れて、それで“無かったこと”にされて……
でもね、カナちゃん、ちゃんとそこに“いた”んだよ」
「……」
「だから、あたしは歌ったの」
わたしは笑った。
「自分のために歌ったら、彼女もちょっと笑ってくれたの。
それだけで、あたしは“正解”だったって思えるの」
「……それは、“正義”ではない」
「知ってる。でも、“わたしのきらめき”は、誰かの正義より、ちゃんと届くんだよ」
◇ ◇ ◇
しばらく、沈黙。
夜風が、ふたりの間を吹き抜けた。
「……君のような存在が、協会にとって最も厄介だ」
「ありがと♡」
そう言ったとき。
いずみの目に、ほんの少しだけ、“感情”が浮かんだ気がした。
怒りでも、焦りでもなく――
ほんの一瞬、“憧れ”にも似た、まなざし。
でも彼女は何も言わず、また背を向けた。
次に会うときは、たぶん――もっときつくなる。
それでもいい。
わたしは、逃げない。
契約も、命令も、正義も、ぜんぶ関係なく。
“わたしのため”に歌って、きらめいて、それで誰かが救われるなら。
それって、もう“魔法”でしょ?