第2話 契約しない魔法少女
「え〜、では本日の報告です。星空りん、魔力特性:きらめき系。魔法使用:昨日と本日、合わせて3回。
目撃証言あり、映像記録あり、協会への正式契約なし。……うん、立派な違反者♡」
「言い方ぁ」
朝のトーストをかじりながら、わたしはソファに寝そべった。
ルチルが頭の上でくるくる回ってる。うるさい。でもちょっと癒される。
「ていうかさぁ、ほんとにわたし“監視対象”になってんの?」
「なってるどころか、今“実験対象No.1”だよ? 協会の研究班、君の魔力構造見てざわついてたし」
「え、あたしってそんな変なの?」
「“演出過剰型魔力拡張体質”。別名、“うっかり魔法少女属性”」
「ひどない?」
ルチルはしれっと言ってから、わたしのスマホの上に座った。やめろ、それロック解除できるから。
「でも、協会的には“放置できない未契約魔力持ち”って扱いだよ。そろそろ誰か派遣されると思うよ、対話用とか説得係とか」
「ふーん……誰が来ても落とすけどね〜♡」
「君、もしかして“面接不合格フェチ”?」
「ちがうし! でも、ちゃんとわたしのこと“否定”してもらわないと、逆に困るでしょ?」
正義のためとか、正解のためとか、そういうのは、他の誰かがやってればいい。
わたしは、わたしの“好き”を守るだけ。
◇ ◇ ◇
その日の午後、中央公園の片隅。
わたしはフリル多めの衣装で、ささやかにステージの練習をしていた。
もちろん魔法は使ってないよ? これは“表現活動”だから合法♡
ルチルがちょっと離れたベンチにいて、スマホでタイマーを見てる。
「はい、振り付け9秒ずれた〜。あと目線ブレてた〜。顔はかわいかったけど〜」
「顔はかわいかった♡ よし合格☆」
「うん……ああ、なるほど、君が問題視される理由わかってきた」
「はいはい、あとで♡」
わたしはリボンを整えながら、夕暮れの風を感じた。
そのとき。
空気が変わった気がした。
背中に、視線。……いや、“魔力の気配”。
そして、聞こえた。
「――あなたが、星空りん?」
静かで、低いけど、まっすぐな声。
振り返ると、そこに立っていたのは――
風守いずみ。
協会直属の精鋭魔法少女。その目は、冷たく光っていた。
◇
目が合った瞬間、空気がピンと張りつめた。
その子は、風をまとっていた。
制服じゃない。協会の戦術魔法少女用スーツ。
無駄のないシルエット、冷たい銀のアクセサリ。
髪はすっきりまとめられていて、目つきは鋭い。まっすぐ。
――なんか、真面目そう。
「あなたが、星空りん」
「は〜い♡ ピンポ〜ン☆ って、だれ?」
「風守いずみ。魔法少女協会、戦術局所属。任務で来た」
やっぱり、協会の人だ。
っていうか、え、ガチの魔法少女来るの早くない? 昨日落ちたばっかなのに。
「おつかれさまです♡ 差し入れとか持ってきてくれた?」
「……違う。未契約魔法少女への警告と確認だ」
「あ、そっちか。うん、わたし契約しませ〜ん♡」
にっこり笑って答えると、いずみはほんの一瞬だけ、言葉を止めた。
……あ、今の刺さったな。
「君の魔力使用は、規定違反に該当する。昨日の行使も含めて、すでに協会は君を“異常魔力保持者”とみなしている」
「ふむふむ。“異常にきらめいてる”ってことで、よろしいかな?」
「勝手な解釈はやめろ。これは警告だ」
その目は、本気だった。真っすぐすぎて、ちょっとだけ怖い。
でも、わたしは引かないよ。
「じゃあ、聞くけど」
わたしは一歩だけ、前に出た。
「“契約しないと魔法使っちゃいけない”って、その契約が“絶対”って、誰が決めたの?」
「秩序を守るためだ。魔法は感情で暴走する。だからこそ制御と監視が必要になる」
「……じゃあさ、“わたしが暴走しない”って証明したら、契約なしでもいいの?」
「証明できるなら、の話だ」
その声には、確かに揺らぎがなかった。
でも、どこか――小さく、迷ってる気配もした。
「ふーん。じゃあ、見ててよ」
わたしはふわっと回って、スカートをひらり。
風の中に、きらめきを巻き散らすように立つ。
「わたしの魔法が、わたしのためのもので。
それが誰かを傷つけたり、奪ったりしないってこと。
ちゃんと、見せてあげるから」
「君の魔法は、自己満足だ」
「うん♡ その通り」
即答したわたしに、いずみの目がほんの少しだけ――揺れた。
「でもね」
わたしは、微笑んだ。
「自己満足でここまで輝ける子、なかなかいないと思うよ?」
◇
いずみは何も言わずに去っていった。
わたしは見送るでもなく、その場にしゃがみこんで、ジュースのストローをくるくる回した。
風、まだちょっとだけ残ってる。
彼女の魔力の名残。
すごいなって思った。
あれだけ真面目で、完璧で、迷いがなさそうで。
“協会の魔法少女”って言われて、納得しちゃうくらいには、絵になってた。
「でも……それだけ、なんだよね」
口に出して、苦笑いした。
誰かの“正しさ”は、いつだって押しつけがましい。
その“正義”を疑えない人は、きっと――すごく、さみしい。
わたしは、違う。
正しさより、楽しさ。
誰かのためより、わたしのため。
それが、わたしのスタンス。
だけど。
「……“わたしのため”って、意外とむずかしいんだよね」
だって、ほんとはちょっとだけ、あの子の目、気になった。
まっすぐで、冷たくて、でもどこかに揺れがある。
それはきっと、“あたしの中”にもあったもの。
だから、気づいてしまう。
◇ ◇ ◇
その夜、風守いずみは報告書の前で手を止めていた。
「星空りん。観察対象A-07。未契約魔法少女。
異常魔力保持、かつ協会規定への強い拒絶傾向あり」
文字にするたび、違和感が膨らむ。
彼女の言葉は、たしかに協会から見れば“逸脱”している。
でも――
『自己満足でここまで輝ける子、なかなかいないと思うよ?』
その言葉が、耳の奥にこびりついて離れなかった。
「……何を言ってるんだ、私は」
首を振って、報告書に一文だけ追記する。
『引き続き、観察を推奨。
接触は最小限に留めることが望ましいが――注意すべきは、
“彼女の魔力”ではなく、“彼女という存在そのもの”かもしれない。』
風が揺れる。
いずみは、視線をそらした先で――
もう一度、あの歌声を思い出していた。