第1話 不合格から始まる魔法少女伝説
中央都市ルクレスタの朝は、白すぎる。
街の中心にそびえる《ホワイト・タワー》。
魔法少女協会本部があるその白亜の塔は、空の青さを拒むみたいに、今日も完璧な白さを保っていた。
わたし、星空りんは、その塔を見上げながらアイスを食べていた。
ソーダ味。朝から。
というか、緊張すると甘いものほしくなるよね、うん。しかも今から審査とか、地味に胃が痛い。
「……まあ、受かる気ゼロなんだけど♡」
つぶやいて、スカートのリボンをひとつ結び直す。
今日のコーデは“協会をなめてる感をギリ出さないライン”でまとめたつもり。
でも、色合いとか光の反射で、どう見ても派手。
だってそれがわたしだし?
◇
ホワイト・タワーのロビーには、すでに十人くらいの受験者がいた。
制服きっちりの子。緊張でガチガチの子。
何回も鏡で髪を整えてる子もいる。
そんな中、わたしは堂々と受付に進んだ。
「こんにちは〜♡ 星空りんです☆ 本日、審査のご予約してま〜す♡」
職員の人、露骨にまばたきの回数増えてた。
わたしって、第一印象で“なにこの子”って顔される率が異常に高い。
「……はい。確認いたしました。星空りん様、本日十時より第二審査室にて適性面接を実施します」
「りん様♡ 語感いいよね〜」
「いえ、“様”は――あ、失礼しました」
さすが協会。事務処理能力は無駄に高い。
「では、エレベーターで十六階へどうぞ」
「は〜い♡」
ぴょん、と手を振って、エレベーターに乗る。
ここから先は、たぶん記録されてる。
監視カメラ、音声ログ、魔力反応センサー――全部、わたしを測ろうとしてくる。
でも、いいよ。
わたしは、堂々と“不合格になりに行く”つもりだから。
中途半端な反抗より、全力で落ちる方が、よっぽど美しいと思うの。
◇ ◇ ◇
第二審査室。
昨日と同じような白い部屋、無表情の審査官たち。
水晶球と書類の置かれた机。
そして――わたしの前に座っているのは。
「再びお会いしましたね、星空りんさん」
あ、昨日の人だ。
あの、たぶん“協会で唯一ウィンクを真正面から受け止めた人”だ。
ふっふっふ……今回はもっとすごいよ?♡
◇
「えっと、まずは……再度、魔法少女登録の意思確認をお願いします」
審査官が書類に目を落としたまま、形式的な質問を投げてくる。
さあ来ました、入りのセリフ。ここで勝負は八割決まる。
「は〜い♡ わたし、星空りんは〜……」
ほんの半秒、間を置いて。
「――魔法少女にはなりたくありませ〜ん☆」
満面の笑顔で、きらきらの声色を乗せてみた。
……うん、完璧。
審査官の眉がぴくりと動く。よし、効いてる効いてる♡
「……しかし、申請書には“面接希望”と――」
「だって、“ちゃんと断るために”来たんだもん♡」
ふわりとスカートをなびかせて、わたしは軽く首をかしげる。
「だって変でしょ? 勝手に魔法使ったって言われても、そもそも“契約してない”し。
でもそのまま逃げたら、“非協力的”って思われて、あとあと面倒でしょ?」
「…………」
「だから、わざわざ来たの。正面から断るために。“わたしは自由に魔法を使います”って♡」
「……未契約状態での魔法行使は、重大な規約違反です」
「うん、だから来たってば♡ 記録に残るように、堂々と“不合格”ってつけてよね?」
わたしはにっこりと笑って、水晶球の方に手を伸ばす。
「ちなみに、また出しとく? 魔力」
「……それはもう結構です」
ああ、完全に“要注意対象”の顔された。
でもこの人、冷静に見えて、ちょっとだけ目が泳いでる。なんか、慣れてないんだろうな、こういうタイプ。
そこが、かわいい♡
「じゃあ、あたしからも最後に一言だけ、言っていい?」
「……どうぞ」
わたしは、席を立つ。
そして、くるりと一度だけ回って――
可愛さ全開、世界一の“名乗り”を決める。
「星空りん、爆誕☆」
キラッとウィンク、ピース付きで。
絶対に記録されてる。でもそれでいい。
だってこれは、わたしの第一声。
あたしの魔法が、あたし自身を肯定するための――その、宣言だから。
◇ ◇ ◇
審査室を出た瞬間、ルチルが浮かび上がってきた。
「……ねぇ。あれ、必要だった?」
「いるでしょ? ヒロインには“爆誕の瞬間”ってやつ♡」
「いや、君、ヒロインっていうより……もうラスボス感出てたけど……」
「わたしはわたしだも〜ん☆」
アイスキャンディーを咥え直して、わたしはロビーを歩く。
周りの視線? 気にしない。
だって今――“わたしのきらめき”、最高にノってるから。
◇
ビルの屋上、ちょっとした機材置き場の影。
監視ドローンも届かない、ルクレスタの“魔法的死角”。
わたしはそこに立って、こっそり深呼吸した。
風が気持ちいい。
ビル風だけど、ちょっとだけ涼しい。
スカートの裾がふわっと舞って、ちょっとだけ魔法少女っぽい気分になる。
「よし……じゃあ」
わたしは、空に向かって、ひとつだけ息を整える。
誰もいない場所でしかできないことがある。
ステージも照明もないけど――でも、今日だけは歌いたかった。
なんとなく、そういう気分だった。
◇
メロディは、昨日のあの奇跡の中で生まれたもの。
あれは本番じゃない。ただの前奏だった。
ちゃんと、ちゃんと、わたしの中の“歌”を、
わたしの意思で歌いたかった。
誰のためでもない。わたしのために。
「……♪」
自然に、口が動いた。
歌詞も、旋律も、決まってなんかいない。
でも、わたしの声が空に乗る。
きらきら、ゆれる。
ふわふわ、つたわる。
リボンみたいに絡まりながら、風といっしょに流れていく。
気持ちよかった。
泣きたくなるくらい、自由だった。
魔法なんて使ってない。ただの声。
でも、魔法よりも――たぶん今のほうが、“魔法っぽい”と思った。
◇
遠くの路地。
ひとりの少女が、立ち止まった。
制服姿。肩にかけたカバン。
冷たい目と、まっすぐな足取り。
彼女の耳に、その“きらめく歌”が届いた瞬間、
ほんの少しだけ、足が止まった。
「……なに、今の」
風守いずみ。
魔法少女協会 戦術局所属の、最年少精鋭魔法少女。
任務中だった彼女の視界に、ふと――
金髪ポニーテールの、スカートを揺らす少女が、ちらりと映る。
そして、その一瞬。
彼女はまだ知らなかった。
この出会いが、自分の“信じてきたもの”を揺らすきっかけになることを。
◇ ◇ ◇
わたしは最後の音を口に乗せて、そっと目を開けた。
空は、なんにも変わってなかった。
でも、わたしの胸の奥は、すこしだけ――あったかかった。
「よしっ♡ 今日も、かわいかった♡」
自己評価、花丸。
アイスはもう溶けてたけど、まぁいっか☆
明日もまた、わたしのきらめきを探しに行こう。