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プロローグ きらめきは、わたしのために

 魔法なんて、昔はもっとロマンチックなものだった。


 ほら、願いとか、祈りとか、きらめきとか――そういうの。

 何かを想って、心から叫んで、初めて発動する“奇跡”だったはずなのに。


 いまじゃそれも、審査対象。

 事前申請、管理規定、演出指導、契約誓約書、協会理念への同意確認――。


 魔法少女になるには、まず面接に通らなきゃいけない。

 なんかもう、夢もへったくれもない。


 けど、まあ。


 あたしはべつに、夢を追ってるわけじゃないから。


 わたし、星空りん。

 十三歳、中学二年生。好きなものはリボンとステージと、なにより――“わたしのきらめき”。


 うん、それがあれば、世界が救われるかどうかなんて、ほんとどうでもいいの。



 この街では、魔法少女っていうのは“システム”の一部だ。

 魔力は国の許可がないと使っちゃダメ。

 勝手に変身すれば、それだけで法に触れる。


 ちょっと前までは、それが「正義の味方」だったらしい。

 でも今は違う。

 魔法少女は――社会に“登録”された“戦力”だ。


 ママも昔は「魔法少女に憧れてた」って言ってたけど、いまはニュースの片隅で事故報道を見るだけ。

 感情を抑えすぎた魔法少女が暴走したり、任務中に魔力が枯渇したり。


 ねえ、ほんとにそれって“夢の仕事”なの?


 わたしは、ちょっと違う道を選んだ。

 というか、最初から“そこには行かない”って決めてた。


 だから今日は――審査を、わざと落ちに行く日なんだよね。


 ふふ、カッコよくない? この自由っぷり☆


 白塔ホワイト・タワーは、街のどこからでも見える。


 協会の本部がある、その純白の建物。

 空に向かって真っすぐ伸びるその姿は、「希望の象徴」とか「清廉な秩序」とか、いろいろ綺麗な言葉で呼ばれてるらしいけど。


 わたしから見たら――ただの大きな監視塔にしか見えない。


 しかも、あんなに白いのに、中でやってることは全然透明じゃないっていうね。

 おしゃれに見せて、中身は地味に陰湿。

 “表面だけキラキラ”って、ほんと最悪。そういうの、一番嫌い。


 だって、キラキラって、心から出てなきゃ意味ないじゃん。


 わたしのきらめきは、演出じゃなくて感情だもん。

 あたしが可愛くしてるのは、“見られたいから”じゃなくて――“わたしが好きなわたしでいたいから”。


 うん。そういうこと。


 だから、審査で落ちたらきっと協会の人たち、こう言うんだよ。


 「魔法の適性は十分にありますが、思想が危険です」――とか。


 知ってる。そういうの、めちゃくちゃ得意。



 わたしはピンクのショルダーバッグを抱えて、駅前の通りをゆっくり歩いた。


 今日のコーデは、制服に合わせた手作りリボン×3。

 お揃いの靴下に、魔法少女風のスカートアレンジ(もちろん違反だけど、まだ魔法使ってないからセーフ)。

 バッグにはマスコットチャーム、もちろん手作りの“りんちゃんピン”がついてる。


 鏡があったら今すぐポーズ取って撮りたいくらいの完璧ビジュ。


 あ、ちなみにスマホで自撮りするとバレるから、今日は我慢。


 審査会場のエントランスでは、監視ドローンがぐるぐる回ってるし、通信制限エリアもあるし。


 ふぅ、緊張する……というより、**“演出機会としてどう活かすか”**を考える方が忙しい。


 今日の目標はひとつ。


 可愛く、不合格になること。


 それだけ。



 協会のロビーに入ると、空気が一気に冷たくなる。


 無音。無臭。無彩色。

 受付の奥にある壁には、魔法少女協会の理念が刻まれていた。


 ――『魔法は公益のために。感情より秩序を。』


 わたし、読んだだけで寒気した。


 誰がそんなもののために、魔法使いたいって思うの?


 魔法って、本来はさ――

 嬉しいときとか、誰かを守りたいときとか、もっと直感的なものじゃなかった?


 なのに、それを“規定”で縛って、“使い方”まで決めるって、もう……魔法の意味なくない?


 ……うん、でも大丈夫。


 わたしは今日、“落ちに来た”んだから。


 うまく落ちるには、最高の演出と、ちょっぴりの毒舌が必要。


 さあ――いくよ、りんちゃん。


 自分のための、きらめき審査スタート☆



 「では、星空りんさん。これより適性審査を開始します」


 個室ブースに通されて、わたしはふかふかの椅子に腰を下ろした。

 目の前には、分厚い書類ファイルを構える協会の職員が二人。

 白衣みたいな制服に、表情は無。なんか、量産型って感じ。


 机の上には、受験者ファイルと魔力測定用の水晶球。


 いかにも“審査です”って雰囲気。演出ゼロ。味気なさすぎ。


 ふう……さて、いきますか♡


「まずは自己紹介からお願いします」


 はいはい、来た来た。このくだり。


「は〜い♡ 星空りんで〜す! 中学二年生、好きなものはキラキラした服と、ステージと、なにより“わたし自身”ですっ☆」


 自分でもわかってる。今の笑顔、たぶん天使級。


 職員さん、ほんの一瞬だけペンが止まった。うん、よし、手応えあり。


「……ありがとうございます。それでは、魔法少女になりたい理由をお聞かせください」


「ん〜……」


 わたしはちょっとだけ顎に指をあてて、考える“ふり”をした。

 正直、こういうの、答える気なんて最初からない。


 だって、“なりたい”と思って来てるわけじゃないもん。


 でも、答えるよ。可愛く、ばっちりと。


「えっと……わたしが魔法を使いたいのは、“自分の好き”を、もっと自由に表現したいから♡」

「みんなのためとか、正義のためとか、そういうのってわたしっぽくないし、似合わないでしょ?」


「……なるほど」


「もちろん、人助けがダメとかじゃないよ? でもさ、“わたしが楽しんでる姿”って、きっと周りも楽しくなると思うんだよね〜☆」


 わたしは最後に、アイドルみたいにウィンクしてみせた。

 この子、たぶん審査官人生で初めて“ウィンクされながら志望動機言われた”人だと思う。


 でも、わたしは真面目なんだよ? めちゃくちゃ、正直に話してる。


「それでは、魔力測定に入ります。球に手をかざして、“魔力を解放する”ことをイメージしてください」


「了解で〜す♡」


 わたしは、水晶球の前に手を差し出す。


 その瞬間――ふわり、と指先に熱が灯った。

 内側からじわじわ広がる、やさしい光。

 まるで心臓の鼓動みたいに、ぽん……ぽん……って、リズムを刻む。


 わたしの“好き”が形になる音。


 水晶球の奥で、淡いピンク色の光がきらめいた。


 花のように、星のように、リボンのように――“演出過剰な魔力”が、咲く。


「――っ……」


 職員のどちらかが、明らかに息をのんだのがわかった。


「……魔力量、判定不能。……制御不能の兆候あり。……演出過剰。……外部影響強……」


 わたしには見える。この人たち、わたしのこと、“危険物”として分類しはじめた。


 だからこそ――


 わたしは、最後にもう一言だけ言ってあげる。


「この魔法は、誰のものでもない。

 わたしが、わたしのために使うの。……ね、ダメ?」


 笑顔は変えずに、でもその目だけは――少しだけ、まっすぐに。


 そう。これは、わたしの宣戦布告だ。


 可愛くて、無害そうで、でもぜったいに屈しない――未契約魔法少女の誕生前夜。



 帰り道の空は、思ったより綺麗だった。


 ビルのすき間から覗く夕焼け。

 ほんのりピンクがかった雲。

 路面に反射する光が、きらきらしてて――うん、今日の服と相性ばっちり♡


 でも、なんだろう。


 こういう瞬間って、誰かと共有したくなるよね。


 誰かって言っても、べつに友達とかじゃなくてもいいんだけど。

 たとえば、そう――魔法の相棒とか。


 魔法少女って、よくマスコット的な存在と一緒にいるじゃん?

 ねこ型だったり、うさぎ型だったり、ヘンな小動物だったり。


 ……わたしにも、そろそろそういうの出てこないかなーって思ってたら。


 ほんとに出た。


「ねぇ、キミ。魔法、ちょっと漏れてるけど自覚ある?」


 後ろから、ふにゃっとした声が聞こえた。


 振り返ると、いた。


 空中にぷかぷか浮かんでる、白と金色のまるっこい生き物。


 大きな耳。リボンみたいな尾っぽ。

 目はくるくる動いてて、どことなく――生意気そう。


「……だれ?」


「ルチルっていうの。正式名称は“高等演算型魔導支援体ル=チル=β31号”だけど、まあルチルでいいよ」


 自分で喋った。こいつ、喋るタイプだった。


「ていうか、未契約でその魔力量出てるの、普通にヤバいからね?」


「……うん。知ってる」


「そっか。じゃあ問題ないね♪」


 軽い。軽すぎる。


 けど、わたしはちょっと笑ってしまった。

 なんか、合う気がした。こういうノリ。こういうテンポ。


「じゃあさ、ルチル。今日からあんた、わたしのマスコットね」


「……勝手に契約されてない? ぼく、どちらかというと上位存在なんだけど」


「いいから♡ わたしが今ほしいのは、**“わたしの可愛さをちゃんと実況してくれる存在”**なんだよね〜」


「……あ、うん、たぶん協会がめっちゃ警戒してる理由、今ちょっとわかった気がする」



 でも、その瞬間――


 空が、揺れた。



 夕焼けの奥。ビルの合間。

 空気の粒が、すっと冷たくなる。


 わたしの肌が、ピリッと反応した。


 視界の端で、なにか“黒いもの”が滲むのが見えた。


 ……あれは――


「虚無獣、だね」


 ルチルが、小さくつぶやいた。


「“願い”をなくした人の心が、こぼれ出したんだよ」


 そして、まるで呼応するように。


 わたしの中の魔法が――ふわっと、勝手に動き始めた。



 虚無獣っていうのは、黒いモヤみたいなものでできてる。

 かたちなんて曖昧で、目も口もない。

 だけど――そばにいるだけで、心が冷たくなるの。


 自分の声が、自分のことばが、自分の好きだったものが、

 少しずつ霧みたいに消えていく感じ。


 まるで、世界から“願い”ごと消されていくみたいだった。


 夕暮れの通りに、それが一つ、にじむように現れた。


 誰かの“夢の喪失”から生まれたもの。

 まだ完全な姿じゃないけど、放っておけば、どんどん大きくなる。


「協会、間に合わないね。出動遅いよ」


 ルチルがぼやくように言った。


 わたしは、ただ――見ていた。


 目の前の通りで、小さな子が立ちすくんでいた。


 親とはぐれたのか、手をぎゅっと握って、足が震えている。


 虚無獣は、音もなく近づいていく。


「りん、下がって。まだ君は――」


「……やだ」


 わたしの中で、なにかが“点いた”。


 はっきりと自覚したわけじゃない。


 でも、感じた。


 手のひらが熱を持ち、心臓がどくんと跳ねる。


 脳が、「ここで歌いたい」って叫んでる。


 声が、あふれる。


「――誰が、“願い”を奪っていいなんて、言ったの?」


 そのときだった。


 光が、走った。


 リボンが宙に舞い、スカートの裾がふわりと踊る。


 周囲の空気が変わる。夕焼けがピンクから、きらきらの金に染まっていく。


 魔法じゃない。“きらめき”だ。


 それは、確かに――わたしの中から、自然にあふれたものだった。


 頭の中に、メロディが降ってくる。


 歌ったことのない歌。だけど、わたしの声にぴったりの音階。


 だから、わたしは。



 歌った。



 世界のためでも、正義のためでもない。


 ただ、目の前の子を泣かせたくなかったから。


 そしてなにより――わたし自身が、ここで“歌いたかった”から。


 虚無獣の影が、ゆっくりとたじろぐ。


 リボン型の魔力がきらめき、わたしの周囲を飾っていく。


 足元がふわりと浮いて、わたしは、ただ――そのまま、歌い続けた。


 〈シャイニング☆ソング〉。


 正式な魔法名なんて、知らない。今、つけた。

 わたしの歌の名前。今日のステージの、テーマソング。


 虚無獣は、音もなく消えた。


 まるで最初から存在しなかったみたいに、ふっと、空気に溶けた。


 わたしは、地面に降り立つ。


 リボンが、最後にひとつだけ宙で回って、消えた。


「……今の、完全に魔法少女だったよね」


 ルチルがぽつりと呟く。


「契約してないのに」


「してないよ」


「じゃあ、今のは?」


 わたしは、肩をすくめて、笑った。


「わかんない。でも――」


 わたしは夕焼けの空を見上げる。


 そこには、どこまでも続く、あたしだけのステージがある気がした。


「――いいじゃん。可愛かったし♡」



 翌朝、カーテンのすき間から朝日が差し込んだ。


 ベッドの上で、わたしは仰向けになって、空を見ていた。


 昨日、あんなことがあったのに。

 あたしの部屋は、なにも変わっていなかった。


 窓辺のぬいぐるみ。

 鏡の前に並べたヘアアクセ。

 リボンとラメのついたノートと、きらきらのペン。


 全部、“わたしが好きなもの”でできている空間。


 なのに――なにかが、もう戻らない気がしていた。


「……はぁ」


 ベッドのわきでルチルが浮いていた。


 猫っぽいけど猫じゃなくて、耳がでかくて、目がやたらくるくるしてて、

 見てるとちょっとイラッとする顔してる。


「りん、あのさ。昨日のことだけど――」


「協会にバレてるでしょ?」


「……うん。バレてる」


「でしょ。あんなド派手な演出したら、そりゃ記録残るし。

 しかも、虚無獣が消えたのに、出動ログもないんでしょ? “非公式な魔法行使”ってやつ」


「うん。完全に“違法魔力使用”認定」


「うん、知ってた♡」


 わたしは起き上がって、鏡の前に立つ。


 寝癖を軽く直して、今日の服を選ぶ。

 きらきらリボンに、スカートふんわり。

 ちゃんと“わたしっぽく”いられるコーデに決めた。


 そして、鏡の中の自分に小さくウィンク。


「今日の目標。“審査に落ちる”♡」


「……え、なにそれ」


 ルチルが変な声を出す。


 そりゃそうだ。ふつう、魔法少女審査っていうのは“受かるため”に行くものだから。


 でも、わたしは違う。


「今さら隠したって、どうせ協会にマークされるでしょ?

 だったら、最初から“堂々と不合格”になった方が、あとが楽なの」


 わたしは、リップをひと塗りして、ふわっと微笑む。


 この笑顔があれば、大体のことはなんとかなる。


「どうせなら、最高に可愛くて、最高に自由な“不合格”をキメたいの♡」


 ルチルがため息をついた。


「ねぇ、りん。君、本当に“世界を救う気”ないよね」


「ないよ?」


 即答。


「でもね」


 わたしは、玄関のドアを開ける。


 朝の光がまぶしい。

 今日も、世界は普通の顔して動いている。


「世界は救わないけど、わたしは、わたしのステージをきらめかせたいの」


 それが、わたしの魔法の理由。


 今日、星空りんは“わざと審査を落ちる”ために、

 白塔ホワイト・タワーへ向かう。

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