プロローグ きらめきは、わたしのために
魔法なんて、昔はもっとロマンチックなものだった。
ほら、願いとか、祈りとか、きらめきとか――そういうの。
何かを想って、心から叫んで、初めて発動する“奇跡”だったはずなのに。
いまじゃそれも、審査対象。
事前申請、管理規定、演出指導、契約誓約書、協会理念への同意確認――。
魔法少女になるには、まず面接に通らなきゃいけない。
なんかもう、夢もへったくれもない。
けど、まあ。
あたしはべつに、夢を追ってるわけじゃないから。
わたし、星空りん。
十三歳、中学二年生。好きなものはリボンとステージと、なにより――“わたしのきらめき”。
うん、それがあれば、世界が救われるかどうかなんて、ほんとどうでもいいの。
◇
この街では、魔法少女っていうのは“システム”の一部だ。
魔力は国の許可がないと使っちゃダメ。
勝手に変身すれば、それだけで法に触れる。
ちょっと前までは、それが「正義の味方」だったらしい。
でも今は違う。
魔法少女は――社会に“登録”された“戦力”だ。
ママも昔は「魔法少女に憧れてた」って言ってたけど、いまはニュースの片隅で事故報道を見るだけ。
感情を抑えすぎた魔法少女が暴走したり、任務中に魔力が枯渇したり。
ねえ、ほんとにそれって“夢の仕事”なの?
わたしは、ちょっと違う道を選んだ。
というか、最初から“そこには行かない”って決めてた。
だから今日は――審査を、わざと落ちに行く日なんだよね。
ふふ、カッコよくない? この自由っぷり☆
白塔は、街のどこからでも見える。
協会の本部がある、その純白の建物。
空に向かって真っすぐ伸びるその姿は、「希望の象徴」とか「清廉な秩序」とか、いろいろ綺麗な言葉で呼ばれてるらしいけど。
わたしから見たら――ただの大きな監視塔にしか見えない。
しかも、あんなに白いのに、中でやってることは全然透明じゃないっていうね。
おしゃれに見せて、中身は地味に陰湿。
“表面だけキラキラ”って、ほんと最悪。そういうの、一番嫌い。
だって、キラキラって、心から出てなきゃ意味ないじゃん。
わたしのきらめきは、演出じゃなくて感情だもん。
あたしが可愛くしてるのは、“見られたいから”じゃなくて――“わたしが好きなわたしでいたいから”。
うん。そういうこと。
だから、審査で落ちたらきっと協会の人たち、こう言うんだよ。
「魔法の適性は十分にありますが、思想が危険です」――とか。
知ってる。そういうの、めちゃくちゃ得意。
◇
わたしはピンクのショルダーバッグを抱えて、駅前の通りをゆっくり歩いた。
今日のコーデは、制服に合わせた手作りリボン×3。
お揃いの靴下に、魔法少女風のスカートアレンジ(もちろん違反だけど、まだ魔法使ってないからセーフ)。
バッグにはマスコットチャーム、もちろん手作りの“りんちゃんピン”がついてる。
鏡があったら今すぐポーズ取って撮りたいくらいの完璧ビジュ。
あ、ちなみにスマホで自撮りするとバレるから、今日は我慢。
審査会場のエントランスでは、監視ドローンがぐるぐる回ってるし、通信制限エリアもあるし。
ふぅ、緊張する……というより、**“演出機会としてどう活かすか”**を考える方が忙しい。
今日の目標はひとつ。
可愛く、不合格になること。
それだけ。
◇
協会のロビーに入ると、空気が一気に冷たくなる。
無音。無臭。無彩色。
受付の奥にある壁には、魔法少女協会の理念が刻まれていた。
――『魔法は公益のために。感情より秩序を。』
わたし、読んだだけで寒気した。
誰がそんなもののために、魔法使いたいって思うの?
魔法って、本来はさ――
嬉しいときとか、誰かを守りたいときとか、もっと直感的なものじゃなかった?
なのに、それを“規定”で縛って、“使い方”まで決めるって、もう……魔法の意味なくない?
……うん、でも大丈夫。
わたしは今日、“落ちに来た”んだから。
うまく落ちるには、最高の演出と、ちょっぴりの毒舌が必要。
さあ――いくよ、りんちゃん。
自分のための、きらめき審査スタート☆
◇
「では、星空りんさん。これより適性審査を開始します」
個室ブースに通されて、わたしはふかふかの椅子に腰を下ろした。
目の前には、分厚い書類ファイルを構える協会の職員が二人。
白衣みたいな制服に、表情は無。なんか、量産型って感じ。
机の上には、受験者ファイルと魔力測定用の水晶球。
いかにも“審査です”って雰囲気。演出ゼロ。味気なさすぎ。
ふう……さて、いきますか♡
「まずは自己紹介からお願いします」
はいはい、来た来た。このくだり。
「は〜い♡ 星空りんで〜す! 中学二年生、好きなものはキラキラした服と、ステージと、なにより“わたし自身”ですっ☆」
自分でもわかってる。今の笑顔、たぶん天使級。
職員さん、ほんの一瞬だけペンが止まった。うん、よし、手応えあり。
「……ありがとうございます。それでは、魔法少女になりたい理由をお聞かせください」
「ん〜……」
わたしはちょっとだけ顎に指をあてて、考える“ふり”をした。
正直、こういうの、答える気なんて最初からない。
だって、“なりたい”と思って来てるわけじゃないもん。
でも、答えるよ。可愛く、ばっちりと。
「えっと……わたしが魔法を使いたいのは、“自分の好き”を、もっと自由に表現したいから♡」
「みんなのためとか、正義のためとか、そういうのってわたしっぽくないし、似合わないでしょ?」
「……なるほど」
「もちろん、人助けがダメとかじゃないよ? でもさ、“わたしが楽しんでる姿”って、きっと周りも楽しくなると思うんだよね〜☆」
わたしは最後に、アイドルみたいにウィンクしてみせた。
この子、たぶん審査官人生で初めて“ウィンクされながら志望動機言われた”人だと思う。
でも、わたしは真面目なんだよ? めちゃくちゃ、正直に話してる。
「それでは、魔力測定に入ります。球に手をかざして、“魔力を解放する”ことをイメージしてください」
「了解で〜す♡」
わたしは、水晶球の前に手を差し出す。
その瞬間――ふわり、と指先に熱が灯った。
内側からじわじわ広がる、やさしい光。
まるで心臓の鼓動みたいに、ぽん……ぽん……って、リズムを刻む。
わたしの“好き”が形になる音。
水晶球の奥で、淡いピンク色の光がきらめいた。
花のように、星のように、リボンのように――“演出過剰な魔力”が、咲く。
「――っ……」
職員のどちらかが、明らかに息をのんだのがわかった。
「……魔力量、判定不能。……制御不能の兆候あり。……演出過剰。……外部影響強……」
わたしには見える。この人たち、わたしのこと、“危険物”として分類しはじめた。
だからこそ――
わたしは、最後にもう一言だけ言ってあげる。
「この魔法は、誰のものでもない。
わたしが、わたしのために使うの。……ね、ダメ?」
笑顔は変えずに、でもその目だけは――少しだけ、まっすぐに。
そう。これは、わたしの宣戦布告だ。
可愛くて、無害そうで、でもぜったいに屈しない――未契約魔法少女の誕生前夜。
◇
帰り道の空は、思ったより綺麗だった。
ビルのすき間から覗く夕焼け。
ほんのりピンクがかった雲。
路面に反射する光が、きらきらしてて――うん、今日の服と相性ばっちり♡
でも、なんだろう。
こういう瞬間って、誰かと共有したくなるよね。
誰かって言っても、べつに友達とかじゃなくてもいいんだけど。
たとえば、そう――魔法の相棒とか。
魔法少女って、よくマスコット的な存在と一緒にいるじゃん?
ねこ型だったり、うさぎ型だったり、ヘンな小動物だったり。
……わたしにも、そろそろそういうの出てこないかなーって思ってたら。
ほんとに出た。
「ねぇ、キミ。魔法、ちょっと漏れてるけど自覚ある?」
後ろから、ふにゃっとした声が聞こえた。
振り返ると、いた。
空中にぷかぷか浮かんでる、白と金色のまるっこい生き物。
大きな耳。リボンみたいな尾っぽ。
目はくるくる動いてて、どことなく――生意気そう。
「……だれ?」
「ルチルっていうの。正式名称は“高等演算型魔導支援体ル=チル=β31号”だけど、まあルチルでいいよ」
自分で喋った。こいつ、喋るタイプだった。
「ていうか、未契約でその魔力量出てるの、普通にヤバいからね?」
「……うん。知ってる」
「そっか。じゃあ問題ないね♪」
軽い。軽すぎる。
けど、わたしはちょっと笑ってしまった。
なんか、合う気がした。こういうノリ。こういうテンポ。
「じゃあさ、ルチル。今日からあんた、わたしのマスコットね」
「……勝手に契約されてない? ぼく、どちらかというと上位存在なんだけど」
「いいから♡ わたしが今ほしいのは、**“わたしの可愛さをちゃんと実況してくれる存在”**なんだよね〜」
「……あ、うん、たぶん協会がめっちゃ警戒してる理由、今ちょっとわかった気がする」
でも、その瞬間――
空が、揺れた。
夕焼けの奥。ビルの合間。
空気の粒が、すっと冷たくなる。
わたしの肌が、ピリッと反応した。
視界の端で、なにか“黒いもの”が滲むのが見えた。
……あれは――
「虚無獣、だね」
ルチルが、小さくつぶやいた。
「“願い”をなくした人の心が、こぼれ出したんだよ」
そして、まるで呼応するように。
わたしの中の魔法が――ふわっと、勝手に動き始めた。
◇
虚無獣っていうのは、黒いモヤみたいなものでできてる。
かたちなんて曖昧で、目も口もない。
だけど――そばにいるだけで、心が冷たくなるの。
自分の声が、自分のことばが、自分の好きだったものが、
少しずつ霧みたいに消えていく感じ。
まるで、世界から“願い”ごと消されていくみたいだった。
夕暮れの通りに、それが一つ、にじむように現れた。
誰かの“夢の喪失”から生まれたもの。
まだ完全な姿じゃないけど、放っておけば、どんどん大きくなる。
「協会、間に合わないね。出動遅いよ」
ルチルがぼやくように言った。
わたしは、ただ――見ていた。
目の前の通りで、小さな子が立ちすくんでいた。
親とはぐれたのか、手をぎゅっと握って、足が震えている。
虚無獣は、音もなく近づいていく。
「りん、下がって。まだ君は――」
「……やだ」
わたしの中で、なにかが“点いた”。
はっきりと自覚したわけじゃない。
でも、感じた。
手のひらが熱を持ち、心臓がどくんと跳ねる。
脳が、「ここで歌いたい」って叫んでる。
声が、あふれる。
「――誰が、“願い”を奪っていいなんて、言ったの?」
そのときだった。
光が、走った。
リボンが宙に舞い、スカートの裾がふわりと踊る。
周囲の空気が変わる。夕焼けがピンクから、きらきらの金に染まっていく。
魔法じゃない。“きらめき”だ。
それは、確かに――わたしの中から、自然にあふれたものだった。
頭の中に、メロディが降ってくる。
歌ったことのない歌。だけど、わたしの声にぴったりの音階。
だから、わたしは。
歌った。
世界のためでも、正義のためでもない。
ただ、目の前の子を泣かせたくなかったから。
そしてなにより――わたし自身が、ここで“歌いたかった”から。
虚無獣の影が、ゆっくりとたじろぐ。
リボン型の魔力がきらめき、わたしの周囲を飾っていく。
足元がふわりと浮いて、わたしは、ただ――そのまま、歌い続けた。
〈シャイニング☆ソング〉。
正式な魔法名なんて、知らない。今、つけた。
わたしの歌の名前。今日のステージの、テーマソング。
虚無獣は、音もなく消えた。
まるで最初から存在しなかったみたいに、ふっと、空気に溶けた。
わたしは、地面に降り立つ。
リボンが、最後にひとつだけ宙で回って、消えた。
「……今の、完全に魔法少女だったよね」
ルチルがぽつりと呟く。
「契約してないのに」
「してないよ」
「じゃあ、今のは?」
わたしは、肩をすくめて、笑った。
「わかんない。でも――」
わたしは夕焼けの空を見上げる。
そこには、どこまでも続く、あたしだけのステージがある気がした。
「――いいじゃん。可愛かったし♡」
◇
翌朝、カーテンのすき間から朝日が差し込んだ。
ベッドの上で、わたしは仰向けになって、空を見ていた。
昨日、あんなことがあったのに。
あたしの部屋は、なにも変わっていなかった。
窓辺のぬいぐるみ。
鏡の前に並べたヘアアクセ。
リボンとラメのついたノートと、きらきらのペン。
全部、“わたしが好きなもの”でできている空間。
なのに――なにかが、もう戻らない気がしていた。
「……はぁ」
ベッドのわきでルチルが浮いていた。
猫っぽいけど猫じゃなくて、耳がでかくて、目がやたらくるくるしてて、
見てるとちょっとイラッとする顔してる。
「りん、あのさ。昨日のことだけど――」
「協会にバレてるでしょ?」
「……うん。バレてる」
「でしょ。あんなド派手な演出したら、そりゃ記録残るし。
しかも、虚無獣が消えたのに、出動ログもないんでしょ? “非公式な魔法行使”ってやつ」
「うん。完全に“違法魔力使用”認定」
「うん、知ってた♡」
わたしは起き上がって、鏡の前に立つ。
寝癖を軽く直して、今日の服を選ぶ。
きらきらリボンに、スカートふんわり。
ちゃんと“わたしっぽく”いられるコーデに決めた。
そして、鏡の中の自分に小さくウィンク。
「今日の目標。“審査に落ちる”♡」
「……え、なにそれ」
ルチルが変な声を出す。
そりゃそうだ。ふつう、魔法少女審査っていうのは“受かるため”に行くものだから。
でも、わたしは違う。
「今さら隠したって、どうせ協会にマークされるでしょ?
だったら、最初から“堂々と不合格”になった方が、あとが楽なの」
わたしは、リップをひと塗りして、ふわっと微笑む。
この笑顔があれば、大体のことはなんとかなる。
「どうせなら、最高に可愛くて、最高に自由な“不合格”をキメたいの♡」
ルチルがため息をついた。
「ねぇ、りん。君、本当に“世界を救う気”ないよね」
「ないよ?」
即答。
「でもね」
わたしは、玄関のドアを開ける。
朝の光がまぶしい。
今日も、世界は普通の顔して動いている。
「世界は救わないけど、わたしは、わたしのステージをきらめかせたいの」
それが、わたしの魔法の理由。
今日、星空りんは“わざと審査を落ちる”ために、
白塔へ向かう。