タイトル未定2025/04/26 16:07
目が覚めると、そこは見慣れない天空があった。
吸い込まれるような深い闇。魅了される輝く光があった。
死の直前に見たあの美しい夜空がそこにはあった。
「おはよう」
唖然としていると真横から声がした。
「おはようございます、トワさん」
瞬きを何度もして間違いではないかと確認する。
「あの、これはいったい」
「これはシオンの記憶を元に創り出したプラネタリウムだよ。綺麗だろ」
記憶の抽出もできるのかと感心しつつも
「いや、そうじゃなくて。なんで添い寝してるんですか」
血の繋がりのない13歳の少女と成人男性。二人だけの家で、同じベッドで、毛布を共有して、体を寄せ合っている。
「嫌かい?」
「嫌と言うより、常識を疑っています」
「ならいい。私たちの間に常識は必要ないからな」
などと供述してトワさんは部屋を後にした。
あたしは呆然とプラネタリウムを眺める。
昨夜のことを思い出して、怪我が治っていることに気が付く。
これも呪いなのだろう。
先ほどまでトワさんが寝ていた場所に目をやって考える。
撫でてみるとまだ少し暖かかった。
次第に温もりは消えていく。
「起きるか・・・」
活動を始めないといつまでも寒いまま。毛布を勢いよく蹴り上げてから冬の一日は始まる。
かれこれ一週間が過ぎた。初日にとんでもイベントがあった割には、その後の日常は平穏そのものだった。
この一週間で呪いへの理解も相当深まった。筆記試験なら満点を取れるほどに。
文献の言語については最後まで教えてくれなかったので、時間はかかったが自力で解読した。
文字が読めるようになってから学習の速度は急激に向上した。
そして今日、ついに実技の許可がでた。
この一週間座学を必死こいて頑張ったのはこれのため。
トワさんには何度文句を言っても、知識が先だ、理解が先だと許可をくれなかった。
でも今日、ようやくあたしの努力が実を結ぶ。
許可が出なくても隠れてやろうとも思ったが、初日のトラウマが蘇るから避けていた。
「よし、やろう」
楽しみだ。頬が緩まる。心が弾む。よし、やろう。すぐやろう。あたしは外へ飛び出す。
外に飛び出してから12時間以上が過ぎた。とっくのとうに日は沈み落ちている。なのに、まだ一度も呪いが使えない。
技術が足りないだけだと思って何度も挑戦した。ダメだった。
精神統一したり、強く念じてみたり、逆に一歩引いてみたりした。ダメだった。
呪いの対象を動物にしていたのが原因かと思って、その辺のおじいさんで試してみてもダメだった。
呪いの原理は、何かをしてあげたいと言う思念だ。言い換えれば思いやりのようなもの。
今のあたしは呪いを使いたい思いが先行してしまっているからなのか。
だとすれば難しい問題だ。あたしが本心で思いやりを持たなければならない。
実に難しい問題だ。
いや、しかし、あの時のあたしは思いやりなんて持っていなかったはず。
ここに来た日の夜を思い出す。
あの時こそ自分優先でそれしか頭になかったはず。
ただ、極限状態だったせいで当時の心境を正しく解釈できているかは疑問か。
「困ったなぁ」
正解も不正解も分からない。これも勉強不足か。
今度、トワさんにコツを聞くか。
肩を落として帰路に就く。
今が何時かもよくわからない。
肌を切り裂くような冷たい風に吹かれる。
地味ながらに辛い上り坂を一歩一歩踏みしめる。
時折休憩をはさんで振り返る。
甲府盆地の夜景を眺めて気を紛らわして、家へとたどり着く。
扉を開けると、忘れていた疲労と眠気が押し寄せる。
時計を確認すると既に11時を回っていた。
この間まで小学生だったあたしにとってはあり得ない時刻だった。
早く寝よう。
お風呂も今日はいいや。
なんて少し堕落しているとトワさんが帰ってきた。
「おやようございます。そしておやすみなさい」
トワさんは基本、家にいない。今日は初めましてだ。
だからずっと一人で呪いを学んでいる状況にある。
「おかえりなさいだよ」
「でしたらただいまを言ってください」
「ただいまシオン」
「おかえりなさい。そしておやすみっなさい」
欠伸を我慢しながら言うと、なにやらトワさんは目を細めてあたしを見詰めてくる。
「なんですか」
無視してもよかったがさすがに気になってしまった。
「もう寝るのかい」
「ええ、ですからおやすみなさいと言って―――」
「まだお風呂入っていないだろう」
あたしの発言は途中で遮られてしまった。それはそうと
「え、なんでわかるんですか」
「髪はボサボサだし、風呂上がりの香りもしないし、何より顔が固い」
「顔が?今日は疲れましたから、はい。ではおやすみなさい」
「待つんだ。お風呂には入るべきだよ」
何なんだ今日のトワさんは。酔ってるわけではなさそうだけど。
「いや、一刻も早く体を休めたいんですが」
「睡眠の質は大事だよ。お風呂に入るべきだ」
トワさんじゃなくて、あたしが疲れておかしくなっているのか?尚更早く寝ないと。
「お風呂の中で寝てしまってそのまま溺れてしまうかも知れません。それは危険ですね、ですのでお風呂は辞めておくべきです。それでは、おやすみなさい」
さすがに身の危険を盾にすれば何も言ってこないだろう。早く寝よう。しかしその思いは簡単に砕かれた。
「なら一緒に入ろうか」
困惑である。自分の発言の意味を理解しているのか疑うほどにあり得ない発言だった。
「行くよ」
そう言ってトワさんはあたしを抱きかかえて脱衣所へ連れて行った。
「はい、ばんざーい」
「え、いや、え」
抵抗するまもなく身ぐるみを剥がされて全裸にされてしまった。頭の中は?でいっぱいになる。ダメでしょ普通に。トワさんも当然全裸になって、あたしを風呂場へとさらう。ありえないでしょ普通に。
トワさんはあたしのことを子供だと思っているのだろうか。実際に子供ではあるけど、そうじゃなくて自立できないと思っているんだろう。幼児と思っているのか。でないと言い訳すらできない状況だが・・・。
このままいくと全身を洗われそうだったから、自分でできると一応言っておいた。
この年になってシャンプーが怖いとか思われていたとしたら嫌だ。
この家の風呂は大きい。25mプールより少しくらいの広さがある。
だから当然二人で狭いなんてことはない。のだが、トワさんはあたしの隣にくる。
気持ち的に窮屈だ。隣に来ても反対側は広いのだがそれではこの圧迫感は拭いきれない。この状況は普通に考えておかしい。
血のつながりのない13歳の少女と成人男性がなっていい状況ではない。
普通に犯罪だよ。とはいえ、正直あたし自身それほど嫌悪感があるわけではない。
それは家族があたし以外の全員が男だったことが原因だろう。
男性に裸を見られることも、男性の裸を見ることもあたしにとって今更特筆すべきことではない。
いや、特筆するべきかもしれない。あたしがおかしいのかもしれない。今日はもう頭が回らないんだ。
早く温まって上がろう。その思いで温泉に浸かると、遅れてトワさんも付いてきた。
「嫌そうにはみえないな」
トワさんは天井を見上げながら言った。
「シオンちゃんくらいですよ。これを許すのは」
それからあたしたちはしばらく無言だった。
トワさんのあたしに向ける思いは不思議なものだ。
何と言うか、親のような感じに近い。
今はここで暮らしているからある意味保護者ではあるのだが。
親だとか保護者にしてはあたしのことを信頼しているようにも感じる。
あたしが一人で呪いを学んでいることも信頼してもらっていることなんだろうか。
あたしと言うよりもあたしの頭脳を信頼しているのだろう。
だからそれ以外はこの状況みたいに子供扱いなのだろう。
それはそれで少し嫌だな。
ふと一つ疑問を抱く。
「トワさんはあたしに欲情しないんですか」
再び沈黙が続く。
あまりにもストレート過ぎただろうか。この状況で今更、恥なんてものはない。
しかし気になってしまったのだから仕方がない。
んーっと喉を鳴らして遂にトワさんは口を開く。
「・・・それは浴場とかけているのかい?」
・・・
「あー、もういいです。おやすみなさい」
無心で湯を上がって就寝する。翌朝は良い目覚めだった。