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爆弾工場

 「そうです。あいつと交友関係がなければ、まったく違う人生が、僕にはあったわけです。本当に、本当に後悔してます…。出会ったその日から、あいつは僕のアパートに入り浸りました。タダ飯を食ってタダ酒を飲んで、たまに小遣いをせびりました。僕には実家から仕送りがあった上に、バイト代もありました。あいつは足立区の実家に住んでました。生活費の心配のいらない、まあ気楽で自由な身なんですけど、川崎や大阪での活動が多くって、移動費や滞在費が不足がちになるようで、お金の節約の意味もあって、簡単にうちに寄生しました。そのかわりというのも変ですが、僕を色々な現場に連れて行ってはくれました。

 高田馬場、川崎、山谷なんかはよく出向きました。日雇いの、最下層の労働者とか手配師とか、あと活動家なんかもですが、そんなのが労働センターや職安に集まってるわけです。一種独特の緊迫した、危険な雰囲気があって、出入りしているだけで自分が、なにか左翼活動してるカッコ良さというか、ファッショナブルな雰囲気を纏ってるような気がしてたんです。まだハタチそこそこの子供でした。実際、社会的な弱者、下層の労働者を支援するということは、紛れもない正義だと思ってました。

 そんな中で、真乗坊は僕に、白田という6つ上の活動家を紹介してくれました。背丈は僕くらいで小柄なんですけど、顔つきが好戦的な兵士でした。ニコリともしない、冷酷な仏頂面に僕は怯えましたが、仲間にはまあ、悪いようにはしませんでした。真乗坊とは1972年の秋頃、山谷での活動家たちの会議で知り合ったと言ってました。白田さんも真乗坊と同じように底辺の労働者たちと寝食を共にして、闘争に明け暮れていたらしいです。

 『いくら交渉しても、なかなか企業側は最下層労働者の生活を見てはくれない。我々の真摯な訴えも、聞こうとしないし、迷惑そうに無視するばかりだ。警察にしても、圧倒的な武力で徹底的に暴力的に弾圧してくるだけで、話を聞こうとはしない。かくなる上は、我々の闘争も、いよいよ武装闘争に切り替えるときが来た。負けてはいけない。敵は巨悪な国家権力だが、とことん喰らい付いてやろうではないか』

 白田さんは熱く語りました。真乗坊も感激して『おお!』と唸って涙を流してました。武装? 国家権力が敵? 僕は疑問に思いましたが、しかし黙ってました。というか、何も言えませんでした。言える雰囲気ではなかったのです。逆らえばリンチののち、総括されてたでしょう…。いやそれよりなにより、実家の所在地も把握されてましたし、裏切れば家族に危害が及ぶ可能性もありました。もう、戻れなかったのです。

 そうこうしてるうちに、1974年の夏になりました。丸の内の、大手ゼネコン本社ビルに爆弾が仕掛けられたテロ事件がありました。ある過激派の犯行でした。日雇い労働者の年末年始手当を要求するだけで爆弾テロというのは、過激すぎて、いかがなものかと僕は思いました。8人も死んで、数百人が重軽傷では、やりすぎのような気がしました。その過激派の声明としましては、アジア侵略を狙う悪徳日本企業をテロの標的にしたまでのこと、これからも該当する企業を狙っていくのだと、日雇い労働者の『ろ』の字もなく、方向というか趣旨が違うなと、僕は内心おろおろと、狼狽の『ろ』の字一色でした。

 だけど白田さんも真乗坊も、かなり興奮気味に、このテロ行為を称賛しました。我々も負けてはいられない、と白田さんはたからかに謳いました。僕も含めた3人でチームを結成すると付け加えました。小さくても一噛みで象もライオンも倒すコブラの名を、チーム名に戴くと宣言しました。え? ちょっと待って! と僕は慌てましたけど、やはり何も言えません。もう引き返せないのでした。事はトントン拍子に、いたずらに毎日が忙しく進んでいきました。

 白田さんは公安からマークされているので、新しくアパートを借りる事は憚られました。真乗坊名義で一室を借りることになりました。阿佐ヶ谷の安いアパートでした。そこが『コブラ』のアジトになりました。実際に真乗坊はそこで寝泊まりしましたし、炊事道具なんかも揃ってました。一見ふつうでしたが、ただひとつだけアジトらしいのは、床下に穴が掘られて小部屋が作られ、その地下室で爆発物を作ってたという点でしょう…」

 そう言う男の顔から笑みが消え、ちょっと蒼ざめてるように園子には見えた。

 「ちょ、ちょっと待ってください。なんか話がキナ臭くなってきましたけど、爆発物って、マジで言ってますか?」

 園子はいったん話を制止したが、意外にも男は軽く頷いて微笑んだ。

 「はい、マジですよ。腹腹時計って闇で出回ってた冊子に、爆弾の作り方が詳しく載ってました。それを参考にすれば、誰もが爆弾を作れる時代だったんです」

 「ええ? 時代ですか?…」

 男は穏やかに話を続けた。園子は少し困惑していた。

 「そして1974年の初冬、試作品を試すときが来たのです。ある大手建設会社の資材置場に、初めての手製の時限爆弾を仕掛けました。それは、ちゃんと設定通りに爆発しましたが、てんで威力が弱く、被害者もなく、ニュースにもならず警察ではイタズラ扱いでした。白田さんは面目丸潰れで不機嫌そうな顔でしたが、それでも、他の過激派グループからは、よくやったと、コブラというチームが界隈に知れた事件ではありました。

 白田さんも真乗坊も、向上心に火が点いてまさに破竹の勢いでした。

 爆発力が弱かったのは単に火薬不足なので、増産させる必要がある。もうひとつ、工場が必要だ。そこで目をつけられたのが、中野の僕のアパートでした。たまたま、幸か不幸か、1階の部屋だったので、アジトと同じように床下に穴を掘られ、作業部屋が作られました。まあ、不幸でしたね…」

 「え? た、滝本さん…そんなお人好しな…」

 園子は思わず声を漏らした。自然に漏れていた。心の中では、いやァーーーッやめてェーーー! と悲鳴を上げていた。なのに男は苦笑いで、あっけらかんとしていた。

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