自費診療で
その年配の男の患者を、看護師の園子はよくおぼえていた。まず、健康保険証の提示がなかったこと。
「自費診療でお願いします」
それがほぼ1年前の年末。
「どうされました?」とドクターから訊かれて、
「どうもずっと胃痛が続いてまして」と苦笑いで答えていた。
愛想の良い男だった。その時ふと、たまに遊びに行く藤沢駅近くの音楽バーでよく見かけた男ではないか、と園子は気付いた。ここ最近は見ないけど、まだ看護学校の生徒だった10年ほど前は、そういえばよく見かけた。その頃は体格の良い、元気に踊るおじさんだったのに、今は枯れたように痩せて、なにか影の擦り切れた老人に見えたけれど、優しそうな黒い瞳は変わってなかった。
内視鏡での検査の結果は、胃癌だった。しかも末期。すぐに入院して、手術する必要があった。
それなのに、なぜか男はあっけらかんとした笑顔で、いやけっこうですと、鎮痛剤だけを所望して普通に帰宅してしまった。残された園子もドクターも他のナースも、何も言わず目も合わさず、さて、と次の患者に対応した。
3ヶ月ほどして男は、鎮痛剤がなくなったのだろう、あいかわらず自費診療で通院してきた。さらにまた3ヶ月。毎度どうもとやって来た。それで名前は憶えた。
そして、もう1年前みたいに通院する活力もなくなったのか、とうとう救急搬送されてきた。成人の日だった。いまは病室で、枯れた焚き木のように寝ている。
この1年、ロキソニンを飲むだけで根本的な治療に取り組んでないので、癌は胃だけでなく肝臓や腹膜、それと骨にまで転移していた。重症と言ってよかった。
おそらくこのままご臨終という流れになる。
そうとう痛くて苦しかったはずと、ドクターは言った。枕元の名札には、滝本努と記してあった。70歳。身内なし。園子はこの男の見守りを命じられた。見守りといっても、ただ病室の椅子にジッと座っているだけだった。スマホは持ち込めないので、ナースステーションにあった医療雑誌と制服のカタログ冊子を持参した。
もうこの病院で働き始めて8年にもなるけれど、注射器の穿刺が上手くないので、見守りや下働きに追いやられてしまう。診察室では問診くらいで、健診に入っても体重測定か聴覚検査くらいしか持たせてもらえない。穿刺技術のある後輩たちが採血室なんかで堂々と処置したりしてるのを見ると、萎縮してストレスを感じてしまう園子ではあった。
「あの…」
ふいに男が声をもらした。園子は驚いて雑誌から顔を上げた。
「ここに財布があるから、なにか好きな飲み物やお菓子でも買ってきなさい」
男は黒目がちなギョロ目をこちらに向け、人懐っこそうに微笑んだ。心拍や血圧や酸素濃度なんかを計る機器類で身体は固定されているが、首と右腕だけは動く。園子も笑顔で、
「いえいえ、それはできないんですよ。お気持ちだけ頂戴しますね、ありがとうございます」
そう言って頭を下げた。男はちょっと残念そうに瞬きを繰り返したけれど、またすぐに愛想良く口を開いた。
「いまモルヒネが効いてて、気分が落ち着いてる間にね、ちょっと話したいことがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
男は晴れやかだった。痛々しいくらい微笑んでた。
「お疲れでなければ、どうぞ。いくらでも聞きますよ」
園子は言って柔らかく笑い、雑誌を閉じて背筋を伸ばした。