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くたびれA級冒険者は逃亡エルフを捕まえる  作者: 伊織ライ
くたびれ冒険者はエルフを拾う
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第六話

「よし、次は服だな」

「すまぬな。世話をかける」


 布というものは基本的に織るのに手間暇がかかる為、総じて高級だ。故に平民が着るのはそのほとんどが古着であり、この商店街にもそのような古着屋は多くある。俺が実家から持って出た服は曲がりなりにも貴族の仕立てであり、成長期で着られなくなったそれを買い替えようと街の服屋に入った時、その質の違いを知った。

 食事は自分で獲物を狩り、植物を採り、料理を覚えて納得するものを作れるようになった。しかしさすがに服を自分で作るのは無理だ。幼い頃から慣れた肌の感触はどうしても質を落とすことが出来ず、たいした稼ぎのない駆け出しのころから俺の衣類は割と高級な部類のものだ。冒険者として活動する際の服はどちらかというと身を護るための必要な装備であるから、惜しまずに良いものを買う。そうでない私服は装飾などはどうでもいいが、布と仕立てが良いものを選ぶ。どうせそのほうが長持ちもするのだ。今更体型が変わるわけでもなし、結果的には高くつくというほどでもない気がしている。


「ここだ」


 この街で行きつけにしている服屋はつまり、わりと高級店だ。新品の吊るしの物と、頼めばオーダーメイドも作ってくれる。サンビタリアは小柄で華奢だから、古着だと子供用のサイズになるだろう。しかし身長が子供のようであっても、体型は決して子供のそれではない。変なものを着させれば、かえってその柔らかなあれとかそれを強調することになるだろう。絶対にダメだと思う。


「いらっしゃいませ、アイザック様」

「おう、しばらくぶりだな」

「来年分のお仕立てはもう少し先かと思いますけれど……?」

「ああ、今日はいつものじゃなくて、こいつの服を頼みたいんだ」


 サンビタリアをそっと前に押し出すと、店の中をきょろきょろと興味深げに眺めていた彼女はにっこりとほほ笑んだ。

 ここに通うようになってからかれこれ十数年、いつも紳士然としてアルカイックスマイルを崩さなかった店主の男は驚き、動きを一瞬止めた。


「これは美しいレディ。当店をお選びいただき大変光栄でございます」


 復活の速さは流石年の功とでも言おうか。


「吊るしでもいいが、この体型だ。少しは直しがいるだろう? とりあえずすぐ着られるものを三組と、少し時間がかかってもいいからあと四組程頼めるか」

「もちろんでございます。さあレディ、こちらで採寸と、お洋服の好みを教えていただけましょうか」

「承知した。よろしく頼む」


 基本的にサンビタリアは好奇心旺盛だが、他者に対しては案外きっちりと警戒心を持っている。街にいるのはほとんどが人間だし、エルフの里にはこれほどの人数がいなかったから慣れていないのだろう。だからこそぴったりとくっ付いてきてくれるので、俺としては役得なのだが。

 しかしこの店の老店主にはさほど警戒心を感じていないようだ。あっさり俺の手を放して行ってしまって少々腕のあたりが寒い。確かに丁寧で人当たりの良い男ではあるが、もしかするとこういうタイプが好みなのだろうか。サンビタリアの実年齢からいうと、俺よりこいつの方が近いのだろうが。しかし寿命の観点からみればまだまだ彼女は若いはず。見た目だってこんなに若くて可愛らしいのだから、エルフの六十うん歳がそれほど年増というわけはあるまい。

 自分で連れてきて紹介したにも関わらず、なにやら楽しそうに会話を交わす二人に嫉妬といら立ちを覚えた。


「見てくれアイザック! 我はこれにしようと思う!」


 針子と共に衝立の奥に消えたサンビタリアが見慣れぬ服を身に着けて俺の前へと歩み出た。あのシャツを脱いでしまったのは少々惜しいが、目新しいそれは実によく似合っていた。が、俺の思っていたものとは少し違っていて。


「……冒険者用じゃねぇか?」


 革と魔物素材をふんだんに使って作られた、動きやすくて丈夫なものだ。肩の動きを阻害しない良く伸びるシャツに、ポケットが多くついて暑さにも寒さにも強い上着。ズボンは要所に革が補強で使われた丈夫なもので、綺麗な脚のラインが見えている。革のロングブーツに、胸当てと腰に巻くタイプの鞄まで持っている。先ほどまで下ろしていた髪は後頭部の高い位置でひとつに纏め、青い石のついたシンプルな飾りでとめてあった。

 服自体は生成りや茶系で極めて地味なはずなのに、そのせいなのか彼女自身の銀の髪の美しさや空のような青い瞳が余計に際立って見えた。


「動きやすくてとても着やすいぞ! これなら森歩きも楽になるだろう」

「森、に行く気なのか?」

「うむ、もちろんだ。アイザックは冒険者なのだから、これからも森へは依頼で入るではないか。あの時は不覚を取ったが故あのようなことになったが、もう同じ失敗は犯さぬぞ!」


 自信満々に腕を組むこの女は、当然のようにこれからの俺の依頼について来るつもりでいるのだと知った。綺麗なドレスも華奢なハイヒールも、レースの髪飾りも売っているこの店で。彼女が選んだのは、俺と共に森で歩くための装備だったのだ。


「うん──似合ってるよ」

「そうであろう、そうであろう! よし、ではこれらの着替えを含めて、調整を頼んだぞ、店主!」

「ええ、かしこまりました。アイザック様もそれでよろしいでしょうか?」


 ちらりとこちらを見る目元の皴が、面白そうに深まった。


「休みの日くらい、可愛い服も着たらいいだろうに」


 手近に吊るされていた服の中から、()()()のワンピースを選ぶ。裾にさりげなく白いレースがあしらわれており、落ち着いているが清楚で上品だ。


「これ、試してみろよ」

「森の木々のような良い色だ。アイザックが言うなら、試してみよう」


 針子と共に消えた彼女はほどなくして帰ってきて。

 ()()()を纏ったその姿に、どうしようもなく心が浮足立った。


「よく、似合ってるよ」

「そうか? なにやら繊細な細工が枝にでも引っ掛かりそうでどうにも落ち着かないが……」

「その服を着た日は森に行かなきゃいいんだよ。店主、これは着て帰れるか」

「ええ、もちろんです。残りの服は仕上がり次第お届けに参りますので」

「分かった。よろしく頼む」


 ひらひらと揺れるスカートの裾を気にするサンビタリアの腰に手をまわし、俺たちは店を後にした。



「里の服は縫製を司る一族がまとめて作っていたから色も生地も選べなかったし、サイズも形も画一的であまり身体に沿わなかったのだ。ただずぼっと被るような形でな。嘘か誠か知らぬが千年前から同じ型だとか言われておったぞ。だからヒトの世の服がこれほど着心地の良いものとは思わなかったわ。針子たちの手もたいそう早くてな、里の一族の魔法などより余程素晴らしい技であったぞ」


 はしゃいで話すサンビタリアの頬が僅かに赤く染まっている。気に入ってくれたようでなによりだ。

 

「あの店は腕がいいんだ。俺の服も毎年あそこでしつらえている。俺は男だし興味もなかったからシンプルなデザインばかり頼んでいたが、お前はこれから好きなように選べばいいさ。可愛い服だってもっと買えばいい」

「この服は気に入ったぞ。またアイザックが選んでくれないか」

「俺が……? いいけどよ。自分の好みはないのかよ」

「選んだことなどないのでな……よくわからぬのだ」

「色んなもんを試していけばいいさ。見て、比べて、時々失敗して笑って。これから自分の好きなもんを見付けて増やしていけばいい」


 願わくはその時横に俺を置いてくれたらと思う。


「そう……だな。せっかく里から出てきたのだ。沢山の物を見られると良いの」

「おう。部屋は余ってるからな。何部屋でも使って好きなもので埋め尽くしてみたらいいよ」

「はは! 豪快なことよな。お主の好きなものはなかったのか?」


 好きなものを問われて、今一番に思い浮かぶのは目の前のこの笑顔だけれど。


「俺も……これから探してみるさ」


 手に入れたなら、もう絶対に離さない。

 

「それにしても──このような綺麗なワンピースから冒険者の装備まで揃えているとは、あの店の品ぞろえには恐れ入ることだな」

「いや、冒険者の装備は俺が行くようになってから個人的に頼んだんだ。あの技術で作られたものなら信頼できるから」

「ほう、アイザックは流石見る目があるのだな。おかげで我もこれからは冒険者だ!」


 楽しそうに笑うサンビタリア。スカートの裾が揺れ、後ろでまとめたままの髪の毛もぴょんぴょんと弾んでいる。


「本気で冒険者の活動する気か? お前ひとりくらいなら、食わせてやれるぐらいの金はあるんだぞ」

「そのようなことは頼まぬよ。我は……自由になる為に里を出てきたのだ。縁あってお主に拾われて、こうして人間の街にたどり着いたのだ。であればここのしきたりに倣い、己の手で稼ぎ、生計を立ててみようと思う」


 少し寂しそうな顔をして小さな手を広げるサンビタリア。その手で掴めるものは決して多くはないのかもしれない。けれど先ほどまで少女然として見えた幼げな容姿も、今はどうしてか酸いも甘いも嚙み分けてきた大人の表情に見えた。


「我に何ができるかまだ分からぬがな、せっかくアイザックが冒険者の先輩として近くにおるのだ。まずはそこから教わるのが良いだろうと思ってな。寝床といい生活といい、それにこんな素晴らしい服といい、何かと世話になっておるがの。もう少しばかり力を貸してはくれまいか」


 俺を見上げるその視線は真っすぐで強い。


「ああ、分かったよ。出来うる限り力になろう」


 この手の中に落ちてきた軽くて柔らかで頼りないそれは、もう守るべき弱いものではなくなっていた。

 彼女は人の世のことを知らない。けれど確かにこの時から、サンビタリアは俺の横に並び立つパートナーになったのだと思う。これから訪れる未来を共に過ごすために、出来る限りのことはやろう。知ることは教え、伝えよう。必要ならば鍛え、共に強くあろう。

 どうせ離さないと決めたのだ。彼女が見付ける「好きなもの」の一番最初に、いつかきっと──俺の名を、呼んでもらえるように。

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