第四話
「お帰りなさいアイザックさん、サンビタリアさん」
「おう、これが依頼書と、採って来たエンレイソウはこの中に入ってる」
「はい、確認させていただきます。──ええ確かに問題なく。この度は突然の指名依頼で大変ご迷惑をおかけしました。おかげさまでご依頼主様にも良い報告が出来ます。是非今後ともよろしくお願いしますね」
「いやいやもうこんなことはいい加減終わりにしてくれよ? 俺がいくつになると思ってんだ。そろそろ老いぼれは引退させてくんねぇかな」
「いえいえとんでもない。アイザックさんはこのギルドを背負って立つ伝説のA級冒険者ではないですか。わざわざアイザックさんを指名したがるご依頼主様は多いのですよ? 流石に今回のような緊急事態でなければこちらもお断りしているのですが。ねえ、サンビタリアさんも言ってやって下さいませんか? アイザックさんはまだまだ現役でいけるって」
随分前に、馴染みの受付嬢だったベサニーは年齢を理由に退職してしまった。辞めるときにこっそりと竜の鱗のアクセサリーを渡したら、それが何なのか薄々察したのであろう。頬を引きつらせつつもなんとか受け取ってくれた。別にそちらには竜の声が届くこともないし、綺麗なだけで何の効果もないのだが。
それからあっという間に時が経ち、とうに新人とは呼べなくなったこの受付嬢も大分図々しくなってきている。冒険者ギルドで働くにはこのくらいの気概がないとやっていけないのだろうが。
「ふふっ。そうだぞ、アイザックはまだまだ若いのだし。私と共に森の奥までデートがてら、依頼を受けるのも良いんじゃないの?」
「若いってお前なぁ……。もう六十近いんだぞ。この街じゃ他にもA級が結構育ってんだから若者に働かせろよ!」
なんだかんだで俺は未だに現役の冒険者として活動を続けている。とはいえ、年齢が年齢だ。流石に全盛期のような依頼の受け方はせず、ギルドの訓練場で後輩に稽古を付けたり新人の薬草採集に付き合って指導をしたりが中心だ。
だが時折、若い冒険者が他の依頼で出払っていたり、経験がないと難しい討伐や採集の依頼が来ると俺にまで話が回ってくるのだ。いい加減休ませろと声を大にして言いたいが、ギルドがやれというのだからやるしかない。サンビタリアも俺と行く依頼をどうやら楽しみにしているらしいので受けざるを得ないのだ。
サンビタリアの体液のおかげなのか、俺の見た目は四十代半ばくらいに見えるらしい。もともと若く見える顔つきとはいえ、流石に若干異常だと思う。街の奴らも薄々何かあるのだろうと思っているのだろうが、何も突っ込むことなく当たり前のものとして受け入れてくれている。ちなみに頭髪も無事だ。こればかりは先祖の体質にも感謝したい。
依頼や指導を通して交流を図り、知り合って仲良くなった人も随分増えた。いつか俺のことを「ただの恋する男だ」と笑った商家の若旦那が言っていた通り、この街の人たちは俺とサンビタリアを守ってくれている。
先日、ようやく自分で納得できる青竜のナイフが出来上がった。
そう簡単に薄く削れない鱗は、失敗して粉に砕いた鱗を混ぜ込んだ砥石でようやく加工することが出来るようになった。切り出す際の方向性の見極め、研ぎの加減、力の込め具合。ここまでくるまでに二十年近くもかかってしまったのだから笑ってしまう。
しかし出来上がったそれは、俺が武器屋に依頼して作って貰った黒竜の剣よりもずっと美しく仕上がっていると思う。無駄にビカビカ光ることもないし、何を切ってもバターのように刃が通るので慣れないうちはちょっと気持ちが悪いくらいだ。
「サンビタリア、ちょっと今いいか」
「うん、どうした」
庭で洗濯物を干していたサンビタリアに声をかけると、ちょうどきりの良いところだったらしい彼女は洗濯籠を置いてこちらに振り返った。
ふわりと広がる緑色のスカートに白いシャツ、裾にレースの付いたシンプルなエプロン。銀の髪は軽くまとめて片側に流し、化粧っ気のない顔はそれでも内側から光を発しているかのように艶めいて綺麗だ。彼女は今、人間でいうところの二十代前半くらいの見た目だろうか。如何せん美しすぎて比較するのも難しいけれど、聞いたところによるとだいたいこのくらいの見た目になるとほとんど老いることもなくなるらしい。命の灯が消えるその直前になってようやく見た目も年相応に変化していくのだとか。
庭の芝生の上、俺はサンビタリアの前に進むと片膝を地面について両手でナイフを捧げ持つ。
「どうかこれを受け取って欲しい」
少し驚いた様子のサンビタリアは、それでも落ち着いて一歩前へ進むとナイフをしっかり受け取ってくれた。草木を模した装飾を施した鞘を抜き、静かに青く光るブレードにほうと感嘆の息を吐く。
その刃先を寝かせて俺の肩にそっと触れさせると、歌のように耳心地良く響く美しい声で言葉を紡いだ。
「汝、アイザック・バルダーソンは我ハルニレの子サンビタリアの剣として、その魂の続く限り共にあることを誓うか」
「我、アイザック・バルダーソンはこの肉体が土に還ろうとも、この魂でもって汝のもとにあり続けると誓う」
差し出された刃先にそっと口づけを落とす。
その瞬間、風がぶわっと吹いて庭の草木が舞い散った。太陽の光は竜の鱗に反射してキラキラと輝いている。
「おお……流石にはしゃぎすぎだろう」
「ふふっ、あやつらも喜んでいる。私が騎士の物語を読んでいるとき、傍にいたからかな」
静かにナイフを鞘に戻すと、サンビタリアは立ち上がった俺の胸にぎゅっと抱き着いた。
「とうとう出来上がったんだね」
「随分待たせて悪かったな」
「いいや、瞬きほどしか待っていないよ」
「エルフギャグはやめてくれよ」
くすくすと笑いながら、彼女はもう一度ナイフをまじまじと観察している。
「美しいな……」
「切れすぎるから扱いはちょっと気を付けてくれよ」
「分かった。大切に使わせてもらう」
「まあ、その、色気のないモンで悪いけどさ」
「色気? なんだそれは」
「いや、指輪とか耳飾りとか、女はそういう装飾品が好きだろう」
「鱗の破片の装飾品は既に山ほど貰ったさ。でも、これが嬉しいよ。だって私は冒険者だし、アイザックの横に立ち続けるにはもっと強くならないといけないからね」
「お前はもう十分強いよ」
「まだまださ」
実際サンビタリアは強いと思う。精霊魔法が使えるし、なんならわざわざ頼まなくとも周囲の精霊たちは勝手に手伝ってくれたり味方してくれたりするようだ。青竜が俺たちを愛し子と呼ぶように、きっと精霊にとってもサンビタリアは愛しい存在なのだろう。
いざという時の為に剣術も訓練しているが、それだってかなり様になっている。筋力こそあまりないが、しなやかで俊敏な動きは相手をかく乱するのにも向いている。
一瞬瞳の奥に寂しさを映したサンビタリアは、ひとつ瞬きをするといつものような笑顔に表情を戻した。きっとそれは、俺も同じなのだろう。引き寄せられるようにして、二人深く唇を重ねた。
出来る限り長く。俺は、彼女と共に生きたい。




