第二話
「おや、今日はお二人でお出かけですか?」
「うん、ピクニックに行くところ」
「そりゃいいですね。今日は天気もいいですから。お二人なら心配いらないでしょうけど、どうかお気をつけて」
「ありがとな。行って来るわ」
門でカードを見せて外の草原へ出る。風がサンビタリアのスカートの裾をふわりと揺らし、日の光がキラキラと瞬いた。
「なんか精霊いつもよりはしゃいでねぇ?」
「うん、私たちが楽しそうだからって喜んでる」
「そんなんも分かるんだなぁ」
「多分もう向こうで待ってるあれのせいもある……かも?」
「ああ……もう来てんのか」
今日は街から少し離れた人気のない草原で待ち合わせをしている。小高い丘の向こう、街道からも冒険者がよく行く森とも離れたその場所で、横になるのは美しく輝く青い竜の姿だ。
「よお、しばらくぶりだな」
『我が愛し子たちよ、息災であったか』
「おかげさまで。貴方様も相変わらずお元気そうですね」
この竜は、あの日俺たちが退治したことになっている奴である。「もう会わないだろうけど」としっかり挨拶したはずなのに、あの後討伐で向かった人気のない山奥でしれっと待っていたのだ。人間たちを騙したり魔法を使ったのが面白かったらしく、楽しませてくれた褒美だと言って自らの古い鱗をどさっと寄越してくれた。その鱗を身に着けていれば精霊を通さなくても声が聞こえるようになるのだと。なので俺たちはそれを小さく削り、チェーンを通したものを首から下げている。
この世のことには干渉しないんじゃなかったか、と訊ねてみたのだが、何かの命を奪ったわけでもないので大した問題はないらしい。世界全体からすれば、俺たちと触れ合う時間など瞬き程度の一瞬なのだそうだ。実際これまでにも愛し子と呼び、交流を持った人間はいたとのこと。時々流れてくる竜の素材や姿かたちの伝承は、きっとその相手が出所なのだろう。
『それ、また鱗が剥がれたから持って行け。お主らの世界では高く売れると聞いている』
竜はそう言うと、俺たちの前にどさりと青く輝く鱗を投げ捨てた。
「いやいや、だからこんなに市場に流したら大変なことになるって。そもそも今回お前は跡形もなく消え去ったことになってるんだしさ。どっから盗って来たって言われても困るし」
『む、しかしいらぬと言うなら棄てるのみだぞ』
「えー、うーん、そりゃ勿体ないよな。じゃあとりあえず内緒で貰ってうちに置いとくわ。またどうにかして武器でも作れたら便利だしな。なんかの時に賄賂かなんかで使えるかもしんねぇし」
あの黒竜の剣はビカビカ輝きすぎて舞台装置にしかならなかったが、鱗の素材自体はとてもよく切れて研ぎ要らずなので優秀なのだ。解体用のナイフくらいならば普段使い出来るかもしれない。
「あれから数年、ずっと世界を見回っていたのですか?」
不意にサンビタリアが竜に問う。
『ああ、左様。新たなる命が芽生え、命終えたものが土に還る。相も変わらぬ様子であった』
「あの……エルフの里は。ご覧になりましたか」
つい、顔を上げて彼女の表情をまじまじと見つめてしまった。サンビタリアは一度も里に帰りたいなどと言ったことはない。思い出話をすることはごく稀にあるけれど、それほど良い思い出のない土地なので基本的には口に出すことも少ないのだ。
『あの森の奥の隠れ里だな。あやつらは長きに渡って変わらぬ暮らしを送っておるの。広がることもなく、縮まることもなく。多くを望まず、止まったような時の中を。案ずることはない、まだこれからもあの里は続くであろうよ。変わらぬままでな』
竜の言葉に少し考え、納得したようにひとつ頷くとサンビタリアは口を開いた。
「そうですね。あの里はそれでいいのでしょう。私が、馴染まなかったというだけで」
『うむ。それもまた自由よな。そなたらには、地を駆け回る足がある。住む場所くらい好きに決めたらよい』
「はい。私が好きに決められるのならば、このアイザックの隣を選びます」
サンビタリアは俺の手を掴むと、晴れやかな顔でそう言った。照れもせず潔いその姿にこっちのほうが照れてしまう。
『はっは。相変わらず絆の深い番よな。また鱗が剥げたら遊びに来るが故、仲良くして待っておれよ』
金の瞳を和ませて、青い竜はふわりと舞い上がるとその巨躯を青空の色に溶け込ませ、俺たちの前から静かに消え去った。
「番、か……」
その場にシートを広げ、バスケットから昼食を取り出しご機嫌で昼食の準備を進めるサンビタリアを横目に、俺はどこまでも青い空を見上げていた。




