第五話
「皆油断するな! これから配下の魔物がなだれ込んでくるぞ! 鈍った腕を存分に振るうチャンスだ!」
うおおお、と冒険者たちが吠える。騎士たちが狼狽える中、状況判断が早いのはやはり彼らの方だ。各々己の武器を取り、しっかりと臨戦態勢に入っている。
柄にもない勇者ムーブは我ながら鳥肌ものであったけれど、ここからはもういつもの仕事だ。ピッカピカの黒竜の剣を鞘に戻して使い慣れた剣に持ち替えた。
ギャアギャアと騒がしく飛んできた鳥型の魔物を弓遣いが射る。ブモオオオと突進してきたボア系の魔物を斧遣いが叩き割る。
俺とサンビタリアは狙いを定め、肉が美味い相手から順番に倒していった。そういうのは外さないのだ。全くしっかり者の相棒なのである。
冒険者たちによる安定した戦闘の一方騎士たちと言えば、猿型の魔物に集られてタコ殴りにされていた。すぐさま命の危機にはならなさそうだったのでひとまず放置していたが、コカトリスの尾を切り落としてから再び確認すると次兄が気を失って倒れていた。
「はぁ? なんでこんなことに……」
ぐるりと見渡すと、ある騎士は真正面だけを見て猿と対峙している。さながら貴族同士の決闘の様相で美しく剣を構え、じりじりと間を詰める。教科書通りの型で袈裟懸けに剣を振ると、ぎゃっと飛び上がった猿に飛びつかれて腰を抜かした。他の奴らも、後ろから襲われたり複数で来られると途端に対処が出来なくなっている。
対人戦ではそれなりなのかもしれないが、こいつらがやっているのは命懸けの戦いではなく、見栄えの良い剣舞なのだと思う。だから魔物の予想外な動きに全く対処出来ないのだ。
ため息をつき、そちらへ向けて駆け出した。地面を蹴って砂を散らし、猿たちの目を潰す。いくらか動きを鈍らせたところで、脇から飛び掛かってきた猿の頭を鷲掴みにして首を折ると、その死体を仲間の猿にぶん投げた。騎士の顔にへばりついている猿を引っ剥がしたら地面に叩き落とし、踏みつけて殺す。そうして魔物の数を減らし、死体の山を積み上げた。
顔の傷をさすり、腰を抜かしたままの騎士が震えながらこちらを見上げている。
「なんと野蛮で、恐ろしい所業……」
「はんっ、これが冒険者なんだよ。ビビッてたらあっという間に死ぬぞ。殺さなきゃ、殺される。嫌ならさっさとおうちに帰りな」
覚悟ができていないのなら、こんなところに来るべきではなかった。卑怯でも野蛮でも、何とでも呼べばいい。魔物との戦いは生き残った奴が勝ちなのだから。
脚が折れたのか、妙な角度で曲がって脂汗をかいている次兄を引きずって邪魔にならない場所へ転がす。ちょっとしたボアぐらい重かった。
「よっしゃあぁああ! 気合入れていくぞー!!!!」
「うぉおおおおお!!!!」
不完全燃焼だった冒険者たちは、ここぞとばかりに暴れまわっている。あちこちで血飛沫が舞い、断末魔の叫び声が響き渡る。さながら地獄絵図だが、あの竜を見た後ではさして強い敵にも見えず。もはや作業だなと思いながら、俺たちはひたすらに剣を振るった。
完全にゾーンに入った冒険者たちの活躍もあり、一、二時間もすれば魔物たちの大攻勢は落ち着いた。自分で倒した魔物のうち、どうしても持って帰りたい素材をせっせと剥ぎ取る。騎士たちが正気付いたら面倒くさいことを言われそうだったからだ。冒険者がいなかったらあっという間に全滅していただろうに、この国の騎士は全員が貴族故にプライドが高いのである。猿のクソまみれでプライドとか言っている方が、よほど恥ずかしいとは思わないのだろうか。
赤身が美味い肉、良い出汁の取れる肉、塩漬けにする用の肉と柔らかい肉。どのような料理にしても楽しめそうだ。もうさっさと帰って家でゆっくりしたい。それからギルドへのお土産用に貴重な魔物の魔石と爪や牙、羽などの持ち帰りやすく高価な素材。ちらりと見れば他の冒険者たちも同じことをしていた。売れる素材、討伐証明部位、美味い肉などの知識はお手の物。普段魔物と対峙しない騎士たちはすべて同じく危険で恐ろしい敵、その死骸は悍ましい肉片ぐらいにしか見えていないのだ。
今がチャンスだ。初めて会ったにも拘らず、冒険者同士の間では不思議な連帯感が生まれていた。
「さて、こんなもんか。竜の脅威は去った。魔物の襲撃も退けた。俺たち冒険者の仕事はここまでということでいいか!」
すっかり帰り支度を整えた俺たちは、誰にともなく声をかけた。未だ指揮官がへばっているからだ。
「いやっ、ちょ、ちょっと待て……! 中将閣下の指示をだな、いやまず下山の護衛と……」
「ははっ! 面白いことを言う。ご立派な騎士様の護衛を野蛮な冒険者に頼むと? いやいやそんな恐れ多いことですよ。それに俺たちの依頼は既に終えているはずだ。貴方達に従う理由は既にない」
俺の兄以外は皆一応己の足で立っているし、ボロボロだが重傷者は出ていない。けれど多分、初めて見る魔物の大群にすっかりビビッてしまっているのだ。これで竜を殺しに来たっていうんだから笑ってしまう。
「そ、そうだ。金を払えばいいのだろう。お前たち冒険者は金で依頼を受けるはずだ。我々がお前たちを雇おう。街まで無事に送り届けたまえ!」
はぁーっと長いため息が漏れた。頼むなら頼むで、言い方があるだろうに。ローリタニアの貴族として生まれ育ち、このような価値観から抜け出せずにいるのだ。今となっては、若いうちにこの国を出て本当に良かったと思う。自然と洗脳されてはたまらない。
本当に、ものすごく面倒だが、どうみても開放してくれそうにない騎士たちを見て覚悟を決めた。サンビタリアを見ると、にっこり頷き返してくれる。肉がたくさん手に入ったからわりとご機嫌なのだ。
「はぁ……下山はあんたたちで勝手にしてくれよ。そもそも下の待機場所の撤収なんかもあるんだろう。そこで応援を呼ぶなり好きにしてくれ。仕方がないから、そこに転がってる閣下だけは送って行ってやる。面倒だが……まあ身内のよしみだ。今生で会うのも最後かもしれないしな」
俺のその言葉に、騎士たちは動きを止めた。しばし考え、無言で汗を流し、ぽつりと零すように聞いてくる。
「……身内?」
「一応血縁上の兄だからな。麓まで下りれば俺たちの馬は元気だし、なんとか……多分、乗せられるだろう。クレバリー家とやらはよく知らないが、まあバルダーソン伯爵家まで行けばあとはそっちで何とかしてくれるだろうし。それで良いよな?」
俺たちの馬が軍馬で本当に良かった。今頃清潔な厩舎で甲斐甲斐しく世話されてご機嫌に過ごしてくれているだろう。申し訳ないが、これから嫌な頼みごとをしなければならない。
「バルダーソン……」
「兄、ということは……」
「俺はアイザック・バルダーソン。伯爵家の三男だ。ま、とっくに除籍されてるかもしんねーけど」
冒険者風情が、と馬鹿にしていた奴らの顔が見事に引きつった。伯爵家以下の爵位の出なのだろう。今更そんなことでどうこう言うつもりもないのだが。立場で押さえつけてくる奴らは、同じように立場で押さえつけられると弱いのだ。ちょっとした意趣返しとでも思って欲しい。
「じゃ、行こうぜサンビタリア。悪いな、ちょっと遠回りになっちまうけど」
「ああ、構わない。さっさと済ませて、我らの家へ帰ろう」
「だな。手伝い頼むわ」
適当な枝と布で作った担架に兄を乗せ、サンビタリアの風魔法で軽くしてもらう。なんならこのままぶん投げて麓まで運んでやりたいところだが、目覚めてからでないと上手に着地出来ないだろうから勘弁してやる。これ以上ぐにゃぐにゃになられると馬に乗せるのが大変だ。その代わり途中で目覚めたら覚悟しておいて欲しい。
振動でふぐふぐと汚い喘ぎ声を上げる豚には気付かぬふりをして、全速力で山を駆け下りた。何度か転げ落としたのはご愛敬である。それでも目覚めなかったのだから問題ないだろう。
俺たちの馬は元気に待っていてくれたが、案の定この荷物を乗せるのには少々手こずった。賢くて良い馬なのだが、どうしようもなく嫌がったのだ。確かに馬の上に豚を乗せるのは間違っていると俺も思う。仕事を終えたらたんまり御馳走を食わせてやるからと約束をして、渋々許してくれたのだった。
そうしてたどり着いたのは、二十数年振りに帰ってきた俺の生家。バルダーソン伯爵家の邸である。
「はぁ~、こんなだったかな」
立派で硬質な、冷たささえ感じる建物の様子に、嬉しさや懐かしさなど微塵も感じない。
サンビタリアの顔を見て心を落ち着けてから、敷地へと足を踏み入れた。




