くたびれ冒険者は故郷に帰る
「アイザックさんに指名依頼が来ております」
「へぇ……どこから?」
「国から、です」
受付嬢がどうにも硬い表情をしていると思えばそういうことか。
冒険者は上級にもなると指名依頼が出されることがある。これらは相応な理由がない限り断ることが出来ない。怪我で動けそうもないとか、他の依頼と重なって遠く離れた地にいるとかだ。勿論報酬も高額だが、上級でなければこなせない依頼となると当然危険度も高くなる。何らかの陰謀やら嫌がらせやらで冒険者が使い潰されることのないよう、ギルドは依頼者とその依頼内容を慎重に吟味するし、まだ断れる段階で内々に打診がされることもある。
俺はこれまで依頼に注文を付けたこともなければ、断ったこともない。はなから達成不可能と思える依頼はギルドが弾いているだろうし、であれば俺のところへ来た時点で「やれば出来るはずの依頼」なのだ。そう思われているのならば、そうなのだろう。駄目だったとしたら、ギルドの見込みが甘かったのだ。
そんな指名依頼だが、中でも特殊なのは依頼主が国となるケースである。国には当然抱える騎士たちがいるし、問題を解決する力を持った臣下も沢山いるはずだ。
冒険者なんて基本的には荒事を得意とする粗野な自由人だし、カードを提示すれば国境を通れる俺たちはいつでもどこでも好きな場所へ移動する権利が与えられている。その代わり、移動した先では再びカードを提示して己の居場所を明確にする義務もある。だからこそ、今俺がこの国にいることを把握して依頼を出されたというわけだ。
ただ、この国に暮らしていると言ってもこの国の民になったわけではない。自由に移動できる権利がある代わりに、冒険者には国籍がない。帰化するには冒険者資格を返納する必要があるのだ。ちなみに税金は依頼の報酬やら、素材の売却代金やらからしっかり引かれているらしい。まあギルドの運営資金だと思えば文句はない。それなりの世話にはなっているからだ。
つまるところ、国が依頼主となって出される指名依頼で国同士の問題解決に駆り出されることはない。具体的に言えば戦争の肩入れなどだ。金を貰って戦争に向かうのは傭兵であって、冒険者が戦うのはあくまでも魔物相手になる。となると考えられるのは、国を跨いで脅威となるような強大な魔物が発生したということだ。細いのが増殖したか、でかいのが一匹出たか。どちらにしても面倒な事には変わりないけれど、俺に指名が来たということはつまり。
「竜が出たか……」
俺たちの話を横で静かに聞いていたサンビタリアが、僅かにびくりと震えた。
俺がA級になったのは、依頼で向かった先で偶然出くわした竜を単独で討伐したからだ。通常は騎士団を中隊とか大隊とかで投入して挑むものらしい。準備できるのなら俺だってそうしたかった。別段名声を上げたかった訳でもなし、たまたま出会わなければ回り道をしてでも避けて通っただろう。
だが出会ってしまったのだから、殺さなければ殺された。俺はその戦いに勝ったし、おかげさまで名誉のドラゴンキラーだ。報奨金であの家が買えたことだけは感謝しているが。欲しくもない名誉のおかげで、今またこうして竜との再会が果たされようとしているらしい。偶然だったし……とでも言い訳してみたとて──まあ、無理だろう。俺のところまで依頼が下りてきた時点でもう逃げ道はないのだ。
「竜の姿が確認されたのはローリタニア王国の中央山脈近くです。我が国からも騎士団が一個小隊応援に参りますが、なにぶん距離がありますので……基本的には後方支援か事後処理となる可能性が高いでしょう。アイザックさんには先行して現地へ向かっていただき、ローリタニア騎士団の指揮官様の指示に従っていただくことになるかと思われます」
俺は話を聞きつつ僅かに息をのんだ。懐かしい響きのそれは俺の母国の名前であったから。この国からローリタニアまでは間にひとつ、マジケイドという国を挟んでいる。応援を出さねば周辺国から顰蹙を買うが、かといってあまりにも規模を大きくすると通過する隣国には嫌がられるだろう。友好国とはいえ、軍隊をぞろぞろと引き連れて通るとなればいらぬ疑いも呼んでしまうから。各国共通の危機に対し、加勢する姿勢を見せつつ同盟国を刺激しない適度な範囲。それを探っているときにきっと思い出されたのだ。「ちょうどいいところにドラゴンキラーがいたじゃないか」と。俺が出れば国から出るのは小隊程度で十分だ。万が一俺が勝って戻っても騎士たちの遠征費用に比べれば個人の報酬など軽微なものだろう。失敗しても、冒険者だから国の責任ではないと言い訳がたつ。
めったに現れないはずの竜。人生で二度も遭うのは、俺くらいではなかろうか。
「一応聞くけど、俺が前に竜を殺したのって二十年近く前の話だって、お偉いさんは知ってんだよな?」
「ええ、実績は確認されているかと」
「こんな年になってまでこき使われんならさっさと引っ込んどきゃ良かったぜ……とんだ貧乏くじだ」
窓口にだらしなく片肘をつき、半身になって話を聞いていたのだが。ふと周囲の静けさに辺りを見渡せば、ギルド内の冒険者たちが皆こちらを見つめていた。
憧れに瞳を輝かせる者も、不安げに眉をひそめる者もいる。
「アイザックさんがドラゴンキラーだって、本当だったんだ……」
「馬鹿言え、その時の竜素材が今でも役所に飾られてるだろうが」
「俺あれ作りもんだと思ってた」
確かにあの黒い鱗は作り物のように綺麗だったと思う。一応俺も手元に残した素材を加工に出して剣を一振り作ったが、普段は使わないので家のどこかの空き部屋に埋もれているはずだ。知らなかったが、役所ではご丁寧にも未だに飾ってあったのか。
「さすがのアイザックさんでも、もう四十歳近いって聞いたぜ? ……大丈夫なのか?」
「おま、失礼だろっ! アイザックさんはA級になってから未だに指名依頼で失敗したことがないんだ。負けるわけないだろ!」
「そうか、アイザックさんなら……」
「てか四十って全然見えねぇ……」
アイザックさんなら、やってくれる。
若い奴らのキラキラとした視線に頬が引きつった。
「はぁ……まあ、断れねえんだから行くけどよ。ちなみにこれってパーティじゃなくて、俺個人への指名なんだよな?」
「ええ、そうなります」
受付嬢はサンビタリアをちらりと見ながら言った。
「ですのでサンビタリアさんは、行くも行かぬも自由、自己責任となります」
そもそも冒険者なら移動は自由だ。俺は今回指名を受けたから強制召喚だが、他の冒険者たちだって腕を試したければ自由に参加できる。一段上にいきたいのなら挑戦すればよいだろう。以前の俺と違って準備する時間もあるのだし、騎士もいるのだからわりと良い経験になるのではないだろうか。逆に命を大事にしたければ、次の機会に賭ければいい。可能性がゼロでないことは俺が身をもって証明しているのだから。
「サンビタリアは──」
本来、置いていくのが筋だろう。彼女はまだC級だし、経験も足りていない。ただでさえ珍しく、見目の良いエルフだ。他国で危険な目に合わないとも限らない。でも。
「アイザック、我は」
「着いて来てくれるか?」
見えないところに置いていきたくなかった。それなら俺が、全力で守れば良いだけだ。
「俺はお前と一緒に行きたいと思う」
「我は──我も、共に行こうぞ。お主の背は我が守ると約束したではないか。任せよ、アイザック。その務め、必ず果たそう」
死ぬときは一緒だ、なんて絶対に言わない。
ギルドが俺に行けと言うのだ。やれば出来るということだろう。きっとそうなのだ。
「なあ」
「はい」
受付嬢は姿勢を伸ばす。なんだかんだで長い付き合いの彼女は、いつも真面目で誠実に職務を果たす。
「あんた名前は何て言ったっけ」
「ベサニーです」
「そうか、ベサニー。俺たちが帰るまでに現金たんまり用意しとけよ。また素材がっぽしふんだくって来てやるから」
「……はい、お帰りを、お待ちしております」
彼女のこんな笑顔は初めて見るなと思った。戻って来よう、ここに。俺たちの家があるこの街に。




