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くたびれA級冒険者は逃亡エルフを捕まえる  作者: 伊織ライ
逃亡エルフは冒険者になる
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第八話

「エルフというのはな、そもそも子が出来にくい種族なのだよ」

「知らなかった。長命種だからか?」

「そういったこともあるだろうが、一番は魔力の問題だろうな。この身に持つ魔力の相性が良くなければ、どんなに好き合っていようが子は出来ぬ。少子化からエルフという種の存続が危ぶまれた折、決められたそうだ。今後は族長達が決めた魔力の相性が良い者同士番うようにと。そこに本人たちの気持ちなど入る余地なくな」


 血族を残すのは大事なことだろう。貴族でも政略結婚は多いし、子がなせずに離縁する夫婦も少なくない。理解は出来るが、魔力という人間が持たぬ力が働く以上、もっと切実な問題なのだろう。


「我が母の名はアカシデの子カンナ。アカシデの一族は水の精霊と親和性が高く、それなりに力の強い里であったそうだ。確実に子をなし血を繋ぐ必要があった為、幼い頃より魔力の相性を鑑みて、ハルニレの一族の子息と婚約が結ばれていたそうだ」


 可能であれば一族の中で相性の良いものと番うのが好ましい。けれどあまりに血が濃くなりすぎれば、病に弱く奇形の子が生まれてくることが分かっていた。故に数世代おきで他の一族と血を混ぜる決まりになっており、それがカンナの代であった。カンナの父母は従兄妹同士だったから。


「もちろん生まれる子自体が少ないからの、年齢的に釣り合うものがなければその時々で組み合わせは変わったが」


 一夫多妻や一妻多夫のような仕組みはなかったようだ。気持ち的なものか信仰的な問題か、それも魔力の相性とやらと関わってくるのかは分からないが。


 カンナの代では偶然にも、もう一人子供が生まれている。同じアカシデの一族として兄妹のように育ち、二人はたいそう仲が良かったそうだ。

 ──もし魔力の相性が良くなかったのなら、諦められたのかもしれない。


 年頃になって、カンナは決まりに従いハルニレの里へとやって来た。散々渋り、嫌がり、思いつく限りの抵抗をした末の嫁入りだ。気の強い女性だったのだろうとサンビタリアは笑う。自身の母のことだが、物語を思い出し語るかのように。

 そのような経緯であったから、当然結婚相手となった男とは上手くいかなかった。魔力の相性がいくら良くとも、性格的な相性まで良いとは限らない。避け合いぶつかり合い、諍いが絶えなかったらしい。ハルニレの仕来りに慣れようともしない嫁に親世代もきつく当たり、若い身空には辛い境遇だっただろう。

 数年の後、カンナはようやく子を孕んだ。そうして生まれたサンビタリアは、見事にハルニレの特徴を持っておらず……瞳の色はアカシデの子、カンナの幼馴染の男と瓜二つであったのだとか。

 エルフに離縁の制度は存在しない。いくら疑わしかろうが、カンナが生んだのはハルニレの子になる。ただでさえ子は生まれにくく、エルフの種を守るためには大事な存在だ。幸いにもサンビタリアに目立った障害は出ず、身体上は健康に成長していく。

 しかし、心はどうだろう。父親だけでなく、ハルニレの一族全員から冷ややかな眼差しを受け、ひそひそと囁かれる心無い言葉から早々に自身の境遇を知った。唯一助けを求められるはずであった母は、サンビタリアを生んで間もなく亡くなってしまった。産褥だったのか、精神的なものか、考えたくはないおぞましい何かがあったのか。

 ハルニレは風の魔法を得意とする一族であったが、口伝の技はついぞ教わることもなく、追いやられた里の隅の畑から遠目に覗き見るのみ。高価な果実や薬草を育てて交易用にと定期的に納めていたようだが、実際どのように扱われていたのかは不明とのこと。

 その他生きるために必要最低限の知識を授けてくれたのは、かつての一族の長であった老師だったそうだ。自分が生まれる前のことも、そして生まれてからのことも、この老師から聞かされたのだと。もしかすると絶望させたかったのかもしれないし、逆に里にいても辛いばかりだと背を押したかったのかもしれない。どちらにしても、単純な親切心ではなかったのだろう。


「当時は話し相手がいるというだけで随分と慰められたものだがな」


 どうりでサンビタリアの話し方は古臭いのだ。エルフ全員がそうなのかと思いきや、カルミアはそうではなかったのだから。


 畑で植物を育てる仕事をするサンビタリアに、一族の者は冷たい言葉を投げかける。不義の子、裏切りの子、ハルニレの恥と。皆それを知っていても見て見ぬふりをし、サンビタリアが苦しい状況に置かれるほど当然という顔をした。

 そんな日々が続く中、いよいよサンビタリアにも結婚の話が浮上する。このような身の上だから、ハルニレからは望まれるべくもなし。またアカシデからしても彼女は微妙な存在だ。きっとこのままひとり畑の隅で朽ちて行くのだろうなどと考えていたものの、予想を裏切り早々に婚約者の名が挙がった。ミズナラの子カルミアだ。ミズナラの一族はエルフの里を守る結界を主に担っており、その役目上数ある里の中でもかなり権力を持っているらしい。その長の息子であるカルミアは、結界を張る定期的な里の巡回について行っており、幼い頃からサンビタリアに目を付けていたそうだ。ただ複雑な生まれであるが故になかなか婚約が認められず、やきもきしていたのだろう。サンビタリアが他の者から肉体的な暴行を受けそうになると、カルミアは割り入ってそれを止めさせた。その代わり、一層酷い力でもってサンビタリアを打ったのである。

 集団で甚振られるのと、カルミアひとりに酷く暴力を振るわれるのと、どちらがましか。別段暴力性が強いわけでもなく、ただ弱いものを追い詰めて気を晴らしていた他の者たちは確かに引いた。己の手を下すよりも、良心だって痛まないのだから。


「言うことを聞け、自分から婚約を申し出ろ、お前には俺しかいないのだから、と。あいつは段々と恍惚としてきてな。他に年回りの良い相手がおらぬし、魔力の相性も悪くない。互いに望むなら仕方がないと婚約が調いそうになって──」


 ギリ、と歯が鳴った。既に終わったことだと分かっているし、今サンビタリアはここにいる。カルミアにきっぱりと断ったのも見ていたし、全ては俺の手の届かない遠くエルフの里で起きた過去の話だ。

 でも、傷付けられて生きてきたサンビタリアを思うと悔しくて仕方がない。A級だって、惚れた女の前では本当に無力だ。


「我は、母のようになりたくなかったのだ。──会った記憶もないがの。自分の生き方を選ぶことも出来ず、一生ここで死んだように生きていくのかと思ったら怖気が走った。結婚したとて、今度は夫の奴隷か、結界に閉じ込められて朽ちていくのかと。だからな、逃げてきたのだ。結界を抜けて、森を駆けてな」


 サンビタリアは視線を上げて、満面の笑みを浮かべた。

 あの日、ジャイアントスパイダーの巣にかかってぐったりとしていた細い肢体を思い出す。麻痺を受け、満足に動くこともできず、服をぼろぼろにして。

 今はどうだ。肉の味を知り、俺が作る様々な料理を腹一杯に食べ、日々森を駆け巡り、様々な景色をその目に映して。あの頃と比べると随分頬が艶やかになった。腕や脚にもうっすらと筋肉がつき、より形良く魅力的なスタイルを見せている。晴れた空のような青い瞳は好奇心に輝き、少し目を離すだけで興味を示すままに飛んで行ってしまわないかと心配になるほどだ。

 出会った時から美しかった。一目見て心奪われた。けれど、今の方がもっとずっと綺麗だ。その見た目も、心の中身までも。


「エルフの里に獣はいない。もちろん魔物もな。だがどうだ、外へ出ると途端に恐ろしい存在が山ほどおるではないか。天気は荒れるし、食うものが見付からない日もあれば、毒虫に刺されたこともある」

「──本当に無茶なことをしたぜ」

「ふふふ。それでもな、アイザック。我はあの日あの場所で、お主に出会ったのだ。我もここまでかと、それでもやはり里を出て来て良かったと、そう思っておったのに。我を拾ったお主が、知らぬ世界を見せてくれた。知識を授け、力を分け与えてくれた」

「それは、別に……」

「ありがとう、アイザック。我を見付けてくれて。ここまで連れて来てくれて。一緒にいてくれて、優しくしてくれて。ありがとう、アイザック。アイザックがいなければ、生きてこられなかった。だからアイザック、貴方がこの世に生まれたことに感謝する。願わくは、この先──」


 青い瞳から、きらきらと輝く雫がひとつ転がり落ちる。

 俺はその華奢で小さな身体を引き寄せ、ぎゅうと抱きしめた。


「この先の俺の人生は、サンビタリアと共に歩みたい」

「アイザック……」

「サンビタリアは強いし、格好いいけどな。俺にだってちょっとくらい見せ場をくれないか」

「ふふふ。年上の余裕を見せてやろうと思ったのだがな」

「そりゃ参ったな。敵わねえ。けど……サンビタリア」

 

 肩を少しだけ離し、見つめあう。


「俺たちはもう、誰かに守られなきゃ生きていけない子供じゃねぇ。自分で生きていく術を身に着けた、ひとりとひとりだ。だからこそ、今、選びたい。この先俺の横に並んで歩くのはサンビタリアが良い。俺の背中を守ってくれないか? お前の背中は、必ず俺が守るから」

「あいわかった。共に生きよう、アイザック。お主の命ある限り、我が守ろう。そして我が心、お主に預けよう」

「サンビタリア……ありがとう。愛してる」

「我は、愛がどんなものか知らぬのだが……」

「ふは。そういうとこ真面目だよな。いいぜ、俺が全部教えてやる。今ここにある気持ちが全部、俺への愛だろ」


 柔らかな両頬に、瞼に、額に、鼻の頭に。そしてその小さな唇へと口付けを贈る。脇の下に手を入れるとさっと抱き上げて、心臓の上にも口付けた。筋肉がついても相変わらず軽い身体だ。そのままくるりと回転すると、後頭部でくくった彼女の銀の髪がふわりと舞った。


「もう離さないぞ、サンビタリア」

「我は己の足で歩みたいのだが?」

「そういうこったねえよ、情緒は学んでこなかったのか!」

「ははは! 冗談だ。我の大切な、アイザック。出来る限り……長生きしておくれ」


 腕の中の愛しい存在を、もう一度強く抱きしめた。


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