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くたびれA級冒険者は逃亡エルフを捕まえる  作者: 伊織ライ
逃亡エルフは冒険者になる
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第六話

 今日は金持ちの商家からの依頼で庭の掃除に来ている。長年雇っていた庭師が高齢となり退職し、後任がまだ決まっていないらしい。敷地内には高額な商品も保管されているし、下手な者を引き入れるよりは冒険者を雇うほうが安全だと判断したのだろう。事前に契約書はきっちりと交わしている。さすがにA級の俺がついて来るとは思っていなかったようだが。

 依頼は枝払いや雑草取りなどの雑務がメインなのでサンビタリアひとりで手は足りている。通常ならひとりだと数日かかる程度の広さはあるが、何といっても彼女は植物の魔法に長けたエルフだ。手の余った俺は話し合いの結果、蔵の整理を手伝うこととなった。


 重くて嵩張る物を一旦外に運び出しつつ、合間には雑草を取るサンビタリアを確認する。もう既に全体の半分近くは綺麗になっているようだ。顔に疲れは見えないし、なんなら楽しそうですらある。


「うっし……と。これはこっちでいいのか?」

「あ、ええ。奥の方に。いやぁ本当に助かりましたよ。これだけの量ですから、なかなか手が出せないでいたものですから」

「だろうな。結構貴重なもんもあるんだろう」

「歴史だけはありますのでねぇ。──にしても、まさかあのA級のアイザックさんが来て下さるとは、私も後世に自慢できますよ」

 

 世代交代をして間もないという若い旦那は、人の好さそうな顔で朗らかに笑った。金を払うのだから座って見ていても文句は言われないだろうに、自らも汗を流して荷物を動かしている。他の従業員たちとも和やかに会話をしては的確に指示を出す様子から、有能さが伺えた。


「別に俺が来たからって何の自慢にもならねぇと思うが」

「いえいえとんでもない。この街でアイザックさんを知らぬものはモグリだと言われるほどの有名人ではないですか。うちの店でもアイザックさんが討伐してきて下さった素材を扱うことがありますしね。危険な魔物を倒してくださるだけでも私たちのような一般人にとってありがたいことですけれど、経済的な面でも随分と儲けさせていただいておりますよ」


 少々丸っこい指でハンドサインの金貨を示し、人の好さそうな顔に見合わず存外下品な仕草で旦那は笑った。その落差に俺までついつい吹き出してしまう。他の奴が言えば苛立つような内容でも、彼が言うと洒落たジョークに聞こえるのだろうか。雰囲気づくりと毒の混ぜ方が絶妙に上手いから、そういう技で商人としても成功しているのかもしれない。


「自分の食い扶持の為にやってることだけど、それが巡って他の奴らの懐も潤うってんなら良かったよ。これからもどんどん稼いでくれや」


 俺はただ魔物を倒してくるだけなのだ。金を払うのはギルドであって、こっちの懐が痛むわけでもない。

 それに住む街が豊かになるのは良いことだ。俺の母国はここよりずっと貴族制度が厳格で、貧富の差が大きかった。栄華を極める貴族と、その陰で酷使される平民たち。街の区画も明確に線引きされていたし、冒険者なんて言ったら夜盗と同じ括りに入れられていたのではないだろうか。

 そんな状況だからこそ、俺が家を出ると言ったときに止められなかったことの意味は大きかった。貴族でなくなるとはつまり、搾取される側になるということ。俺は家族に「死んでも仕方がない存在」だと切り捨てられたのだ。

 幸い俺には泥臭くも戦う力があり、何より運があった。死ぬような目には幾度も遭えど、結局は生き永らえてこの年までやってこられた。あの国を出て様々な経験をし、色々な国で沢山の人を見た。今ではあの国のやり方が極端であったことも理解している。周辺国は多かれ少なかれ平民を大事にすることの意味を理解していたのだから。

 平民たちが飢えると街は荒れる。治安は悪くなるし、衛生状況が悪化して病気も増える。薬など買えない平民はあっという間に死んでいくし、足りない物を奪い合って荒事も増える。不安は高まり、不満は溜まり、膨れ上がるその感情はいずれ国の上層にいる貴族や王族たちへと向かうのだろう。いつまでも自分たちが搾取する側だと思っていたら、あっという間に足元を掬われる。眼中にもないのだろうが、数で言えば平民の方が圧倒的に多いのだから。己の足元が、自ら「価値がない」として切り捨てたもので支えられていると知った時。その不安定さに恐れおののいても遅いのだ。

 もうずっとあの国へは帰っていないし積極的に情報を集めてもいないから、今どうなっているのかは知らないが。その時代の王によって国の方針はがらりと変わる。せめて飢えて死ぬものが多くなければいいなと思う。

 だからこそ今俺が住むこの街の豊かさが当たり前ではないと理解しているし、きっとそれは彼のような商人の力も影響しているのだろう。皆が稼ぎ、美味いものを腹いっぱい食え、綺麗な服を着て清潔な家に住めたなら。庭の雑草を気にする余裕があり、そこに払う金に余裕があればこそ、サンビタリアが住むこの街はもっと平和になるのだから。


「アイザックさんは……そのようにお考えなさるのですねぇ」

「あん? 別に普通だろ?」

「いえいえとんでもない。自分が払ったわけでもないくせに、ただ己より金を稼ぐやつを憎く思い、妬み嫉む輩は意外に多いのですよ」

「あー、まあそう言われればそうかもな?」


 くだらないプライドや虚栄心はそれこそ貴族の十八番(おはこ)だ。一回全員外に出てみればいいと思う。プライドで飯が食えるかってんだ。


「正直に申しますと、私もこれまでアイザックさんを誤解しておりました」

「会って話すのは今日が初めてだろ?」

「ええ、しかしこの街に住んでおりますから、見かけることは多々ありました。貴方様は見た目からして存在感やら威圧感がございますし、実力も当然確か。これまではほとんど街の者と言葉を交わすこともありませんでしたでしょう。どうにも我々のような一般人とは住む世界が違うというか、これぞA級冒険者なのだな、というような。こんな言い方もどうかと思いますけれど、人外じみた、別の生き物のように見ていたのかもしれません」


 ストレートな物言いに若干驚くが、納得する部分も多い。俺が街を歩くとどうしたって視線を集めるし、皆は小さな声で俺を「A級」と呼んだ。アイザックという名前ではなく。ただどうしようもなく「強い者」として。

 現時点で街にとって利となる存在だとは理解していても、何かのきっかけで敵となればただの脅威だ。理解はしていても、本能が怯えるのだ。知らないから。俺も知らせようとは思わなかったから。


「しかしこうして改めてアイザックさんとお会いして話してみれば、どうでしょう。ただの恋するひとりの男ではないですか」


 ちらりと彼が庭の方を見る。俺もつられてそちらに視線を向ければ、払った木の枝の切り口を検分しては何やら仕分けているサンビタリアの姿が見える。挿し木でもするつもりかもしれない。うちの庭を森にでもする気だろうか。

 穏やかな光景に口元がふっと緩んだ。


「俺はずっと普通の男だよ」

「ええ、そうですね。最近のアイザックさんはとっても普通です。──いい出会いだったということでしょう」

「そうだな」

「ふふ、これからきっと周囲はどんどん煩くなりますよ? 皆人の恋路に首を突っ込みたくて仕方がないのです。街の人は案外お節介だ。でもきっとそれは、大事なものを守る力にもなるでしょう」


 自分とさして年の変わらないこの男の妙に老成した物言いと、未来の予言めいた言葉に片眉を上げる。


「俺はあいつを魔物から守ってやることはできる。けど、閉じられた森の奥から飛び出してきたあいつはこれから色んな違いに苦労して生きていくんだろう。せめてこの街があいつにとって優しいものであってくれればと思うよ」

「いやぁ、どんなに強い男だって、惚れた女性の前でだけは途端に弱くなるものですねぇ」


 サンビタリアからこの丸っこい男に視線を戻せば、面白そうににやにやと笑っている。つい柄にもなく話過ぎてしまったかと舌打ちを返した。


「はっはっは。ああ、あの箱はこちらに積んで貰えますか?」

「──チッ。分かったよ」


 

 抜かれた草は青々とした山になり、埃っぽい蔵は随分スッキリと整理された。

 依頼書にサインを貰い、一日働いた邸を後にする。枝を数本貰い受けたサンビタリアは嬉しそうで、疲れも見せずに足取り軽く歩いていた。


「あ、A級のアイザックさんだ。おーい、今日は討伐じゃなかったんですかー?」

「ちょ、おまそんな気軽に声なんてかけたら……」


 若い冒険者たちが手を振っている。


「ああ、今日は街ん中の掃除依頼受けてきた」

「えっ、A級でも掃除とかするんすか?!」

「指名依頼はほぼ強制だけど、別にその他の依頼受けちゃいけねぇ決まりはねぇよ」

「確かに……! めちゃ強いのにそういうのもやっちゃうのすげえ尊敬するっす!」


「アイザック様とエルフのお嬢さんだわ! 今日も可愛らしいわね……」

「あんなに可憐なのに冒険者の装備も似合うのが流石よね」


「サンビタリアさんも凄く強いらしいぜ」

「じゃないとあのアイザックさんと一緒に行動できないもんな」


「俺この前あの二人と同じ野営場だったんだけど、エルフちゃん飯食う顔めちゃめちゃ幸せそうで可愛かったわ~」

「え、エルフって何食うの? 花の蜜?」

「いや普通にアイザックさんが作ったスープと肉食べてたぜ」

「アイザックさんが作るんだ……流石A級」

「いや飯に等級は関係なくねぇ? お前も飯なら作れるだろ」


 確かに、と笑う声が遠ざかっていく。

 何十年とここに住み、ずっと遠巻きにされてきた。それでも別に困らなかったし、気楽でいいとさえ思っていた。

 いらないとされた俺だから。家族にも捨てられて、死んでもいい扱いだった俺だから。死ぬまでひとりなのだと思っていた。居場所などどこにもないのだ、と。


 でも、俺は普通の男だった。

 毎夜衝立を睨み付け、衣擦れの音に心をざわめかせるただの情けない男だ。

 年下の冒険者とも、街で暮らす民たちとも同じ、ただ恋をするひとりの男だった。


 あの両親に必要とされなかったことも、家族として居場所を得られなかったことも、今となっては何故あんなにも気にしていたのだろうか。

 傷付いたのは確かだ。でも俺は今ここで、新しい居場所を見つけて暮らしている。

 もう、良いのではないか。

 過去の俺を認めてくれなかった人たちに固執するよりも、俺がこの先大事にしたいと思う人を大切にして生きていくほうが良いのではないか。無為に生きてきたと思っていたこれまでの人生も、確かにここで少しずつ根を張っている。


「アイザックさん!」

「今度訓練つけてくれませんか!」

「俺の武器、見てもらえませんか?」


 うるさくまとわりつく奴らを雑に追い払う。


「わーったから、今度全部見てやるって。今日はもう遅い、帰れ帰れ」

「やった! ありがとうございます!」


 横を歩く彼女の細い腰を抱き、引き寄せる。少し驚いたように空色の瞳をこちらに向けて、しかし再び前を向くと真っすぐに歩きだす。

 サンビタリアは俺の女神だ。ふわふわと置き場所のなかった俺の心は、彼女のために捧げてしまったのだと思う。迷うことは、もう何もない。


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