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くたびれA級冒険者は逃亡エルフを捕まえる  作者: 伊織ライ
逃亡エルフは冒険者になる
13/29

第五話

「先に俺が見張りするから、それ使ってしっかり寝とけよ」

「うむ。交代の時間になったら起こしてくれ」


 魔物除けは焚いているが、だとしても見張りは必要だ。ひとりの時には木の上で寝たりもしていたが、これからはそういうわけにもいかない。火の番をしつつ交代で休む。毛布に包まりあっという間に眠りについたサンビタリアは、すやすやと穏やかな寝息を立てている。相変わらずの寝つきの良さだ。冒険者としては必須の技能とも言える。休めるときに休んで身体を回復させるのは大切なことなのだから。

 毎日俺の横のベッドで寝ている彼女だが、衝立なしでその寝顔を見るのは久しぶりである。胎児のように丸く小さくなって寝ていた彼女が今、こんな野外の空の下で穏やかな顔をして眠っているなんておかしな話だと思う。よほど安全なはずの屋内ではひとりで眠れず、様々な危険が考えられる外ではこうして眠れるなんて。


「お前はどんな風に生きてきたんだろうな……?」


 人間の暮らしとは全く違う生活だったのだろう。どちらが彼女にとって生きやすいのかは正直言って分からない。でも、確実に言えるのは俺が今の生活を気に入っているということ。

 今更サンビタリアが来る前の暮らしに戻れと言われても、もう知らなかった自分には戻れないのだ。


 眠気覚ましの草を噛みつつ、俺は飽きることなくサンビタリアの寝顔を見続けた。


 

「ふぁ……おはよう、変わりはなかったか?」

「おう、おはようアイザック。特に問題なかったぞ。ほれ、これは朝食に使ってくれ」


 凝り固まった身体をほぐしつつ、朝の陽ざしに目を細める。少し冷えるが今日もいい天気になりそうだ。


「また採集に行ったのか? 危ないからひとりの間はあまりうろうろするなよ」

「なに、そのあたりの近場だけよ。昨日のうちに確認しておったからの、採って戻ってきただけだ」


 見張りも問題なかったらしい。ハーブ類はパンに挟んで、果物は食後にいただくとしよう。よく使う野営場なのに、こんなものが近くで採れるとは知りもしなかった。つくづく凄い能力だ。


「ありがとな。助かるよ」

「うむ。我は見付けてくることは出来ても、お主のように上手く調理することは出来ぬからな。こちらこそ感謝する」


 サンビタリアは野営の跡片付けをし、俺は簡単な朝食を作る。硬いパンは軽く火で炙り、ハーブを添える。果物は皮を剥いて切り分けた。


「これ食ったら早速出るからな。一時間も歩けば縄張りに入るはずだ。木の根元の傷とか糞、足跡なんかをよく確認しつつ進んでくれ」

「むぐ……承知した」

「……うまいか? よく噛めよ。ボア系はとにかく突進が怖い。敵と見るや反射的に向かって来るからいつでも魔法は使えるようにしておいてくれ。この前使ったあれでいい。真正面だと狙いが難しいだろうから、出来れば横から狙ってくれ。一番重要なのは狙う位置だが、身体は駄目だ。頭部か首にしろ。出来そうか?」

「うむ……うん。おそらく可能だろう、スピードに関しては見てみねば分からぬがな。それなりに的が大きければ当たるのではないか。しかし身体では倒せぬということか? 心臓などでも死ぬのではないか」


 サンビタリアが言うことは尤もだ。当然身体でも攻撃が当たれば倒せるけれど。


「死ぬぜ? だけどな────間違って余計な内蔵を破ると、臭くて食えたもんじゃなくなるんだよ」

「それは……! 委細承知した。必ずや頭部を射抜こう」


 決意に満ちた表情がなんとも凛々しいことである。俺もそれなりに強い魔物をはなから肉として見ているのだから、人のことを言えないが。サンビタリアに関しては、こう伝えるのが一番やる気になるし集中力も上がるのだから仕方ない。

 何よりただ依頼を受けて生き物を殺し、金を受け取るというルーティンでしかなかった仕事が、彼女と共に行動するようになって楽しいと思えるようになった。ひとりでは味気なかった食事も、美味しい肉を捕りに行くんだと考えるだけで気分が高揚するではないか。結果として危険な魔物も駆逐できるのだから一石二鳥だ。

 俺が俺の人生を楽しんだとて、他の誰に文句を言われる筋合いもない。


「うし、ほんじゃあ美味い肉とっ捕まえに行こうぜ」

「ははは! いざ参らん!」

 

 勇ましく歩むサンビタリアの横に並んで、俺もしっかりと前を見据える。

 彼女と共にある限り、全く負ける気はしなかった。


 ◇


「これが依頼書で──こっちが素材な。ゴールデンボアの分と、あとコカトリスの分」

「はい、確認させていただきます。相変わらずの高品質ですね……お二人のパーティは評判ですよ。難しい依頼も最短でこなして来られますから」

「別に急いでるわけでもねぇけどな。サンビタリアはまだC級だし、ぼちぼちやるよ」

「ええ、無理なくお願いします。こちらとしても長く残っていただきたいので」


 手続きを済ませて報酬を受け取る。しばらくは肉にも金にも困ることはないから、次は採取系か雑用依頼を受けてもいいかもしれない。まだこの街の中でも案内していない場所は多くある。植物園なんかは彼女も楽しめるのではないだろうか。


「終わったか?」

「おう、帰ろうぜ。明日は休みにしてゆっくりしよう」

「うむ。今晩はコカトリスか? 昨日の炭火焼きも美味であったの」

「なら良かったよ。次は唐揚げにでもするか……野営じゃ難しかったしな」

「おお! よし、帰ろう! レモンはあるか? 唐揚げであれば付け合わせには──」


 楽し気に献立を話し合いながら自然に寄り添い歩く俺たちを、他の冒険者は茫然と見送っていた。

 「あの時はまだ、アイザックさんのキャラ変ぶりについていけていなかった」などと揶揄われたのは、もうしばらく後のことである。


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