第三話
サンビタリアは順調に依頼をこなし、もうすぐDランクだ。五日依頼を受けたら二日休むといったペースを作り、適度に休みつつも経験値を上げている。
俺も指名が来ない限りは付き添う心積もりだが、偶然にもあれから依頼は入っていない。元々A級は依頼料が高額だからそれほど頻度は高くないのだ。日々連れ立ってギルドに訪れることから、そろそろ俺たちが実質のパーティを組んだことが周知され始めている。サンビタリアがC級になればいよいよ正式に手続きが出来る。それまでは付き添いの形で行動を共にするつもりだ。
そのような状況で、最近ひとつ煩わしいことがある。俺が買い取りの窓口で素材を出したり換金の手続きをしている間、掲示板を確認していたサンビタリアに近寄る若い男たちについて。
「ねぇねぇ、そろそろ考えてくれた? やっぱ俺たちのパーティに入ったほうが絶対君のためにもなると思うんだよね」
「いや、断る」
「そんなこと言わないでさー。等級も近い方がお互いやりやすいし、年だって俺らのが若いよ? 将来性で言ったら絶対こっちのが有望じゃん」
「無用な心配だ」
見目も良く、真面目で丁寧な仕事振りが好評なサンビタリア。またその容貌からエルフであることは自明の理であり、すなわちそれは魔道具なしで魔法を使えることを意味している。
俺たち人間は魔道具なしに魔法は使えない。しかしその魔道具は大変高価で、維持するための魔石にも金がかかる。若手の冒険者からすれば垂涎の品であろうが、サンビタリアさえいれば支払いなしで魔法が使えるのだ。
そりゃあ必死で勧誘にもくるだろう。普段は俺という護衛がついているから近付けもしないけれど、こうしてちょっとした隙が見えるとその度に男たちが群がってくるのだ。その様はまるで甘い菓子に集る虫のようで。
「──チッ」
手続きを急がせ彼女の元へ向かう。もういい加減慣れてもきただろうし、サンビタリアは流されるようなタイプでもない。嫌なものは嫌だと断れる性格をしているから、そういう意味での心配はしていないのだが。俺が嫌なのだ。
「──そもそもさぁ、あんなオッサンが相手じゃ君も退屈してるんじゃない?」
「そうだよ、オッサンになると色々弱くなってくるじゃん? その点俺たちならバリバリよ?」
ぎゃはは、と下品な笑い声が響く。俺ほど耳が良くなくても、周囲に響き渡る大声だ。仲間内で話しているうちに興奮して周りが見えなくなっているのだろう。
「オッサンじゃ夜も満足させて貰えないだろ。その辺も俺たちのパーティなら絶賛サービス中だぜ」
いい加減いら立ちが限界に達し、その汚ねぇ口を閉じさせようと声を出しかけたのだが。
「何を言う──アイザックはまさに男盛りであろう?」
サンビタリアは悠然と言った。
周囲の物音がぴたりと止む。
「そもそもお主らこそまだ殻を被ったヒヨコではないか。若い者が元気なのは良いことだがな、少々躾が足りていないのではないか?」
ぐるりと彼女が周りに視線をやれば、つられてヒヨコ達も周囲を見渡し──他の冒険者や職員たちの冷たい表情に若干たじろいでいる。本当に気付いていなかったんだな。A級冒険者に庇護される女に手を出すことの意味を。
エルフは確かに魅力的だ。しかし、他の者にはどうしようもない問題や凶暴な魔物が発生した際に対処し得る力を持った冒険者というのはとてつもない武器になる。街にそんな冒険者がいるのといないのとでは、攻撃力も防衛力も桁違いなのだから。確かに俺はこの街に長年居を構えているけれど、サンビタリアに害をなすならばすぐさまここを離れるだろう。故郷でもなければ、しがらみもない。時折話す奴はあれど、友人と呼べるほどの者もない。街が俺を武器として扱うのならば、俺もその範疇を出る気はないのだから。
俺が彼女を大事に囲っている様子を見て、そのあたりを察せない時点で実力が知れている。俺がキレる前に諫めない周囲の奴らも同罪だ。随分悠長ではあったが、ようやく躾ける必要があると実感したのだろう。しっかりやって欲しい。
「それに──アイザックは毎日毎晩、我を蕩けるほど満足させてくれておるぞ?」
次にサンビタリアが発した言葉に違う意味で皆ぴしりと固まった。ちなみに俺もだ。
一応言っておくが、俺たちはずっと同室で寝ているけれど、未だその境目には高い高い衝立が設置されている。この年になって、女が寝る衣擦れの音で眠れぬ夜を明かす日がくるとは思ってもみなかった。
ふふふと意味深に笑うサンビタリアのもとに、俺は苦笑しつつも歩み寄った。
これ見よがしに腰を抱き、引き寄せる。
「待たせたな。軽く買い物して帰ろうぜ」
「あいわかった。今夜も楽しませてくれるんだろう?」
「ふはっ。誠意努力する」
無駄に顔を赤らめるヒヨコ達には一応軽めの威圧を送り、俺たちはギルドを後にした。
◇
「なあ、さっきのって……」
「ああ、昨夜のシャドウベアのステーキも蕩けるほど柔らかくて大変美味であった」
「だよなぁ……!」
「今夜は何の肉で我を悶えさせてくれるのやら、楽しみにしておるぞ」
「へいへい、姫様の仰せのままに」
この後サンビタリアを勧誘する輩はめっきり減った。のだが、何やら俺たちを見る周囲の視線が生ぬるくなったのにはどうにも居たたまれない気持ちになったのだった。




