第二話
その翌日は薬草採集の依頼を受けた。これも掃除と同様常設で、F級でも行ける範囲で育つ薬草が数種類ある。規定本数×複数種で持って帰ればその回数だけ依頼達成になるし、おそらくすぐに昇級が認められるだろう。
「よし行くか」
「今日は門の外に出るのだな」
「ああ、すぐ近くの草原でも採れる薬草があるんだ。見通しは良いし強い魔物も出ねぇけど、まあ絶対でもないから油断せずに行くぞ」
「承知した」
真剣な眼差しで頷いたサンビタリア。A級の俺が横にいるからと頼り切るでもなく、しっかりと注意点を聞き入れて行動する彼女は素直で真面目だ。
「なんだかアイザックに抱えられてここを通った日がはるか昔のように思えるな……」
聞かせるためではない大きさで呟かれたその言葉には俺も同意する。
あの時の俺に言ってやりたい。喜べ、その美しい女とはすぐに同室で寝る機会がくるぞ、と。しかし覚悟しろ、同じ部屋で寝ても触れることは叶わないからな、と。
カードを提示して門を通り抜け、草原をしばし歩く。ちなみに冒険者なら街の出入りは自由だ。
周囲に気を配り警戒を怠らず、しかし緊張しすぎて力んだり無駄な体力を使ったりしないように。華奢で今にも壊れそうに見えるサンビタリアだが、実際に歩く姿を見ると慣れているのが分かる。体力は十分にあるし、何より整備された地面、賑やかな建造物に囲まれた街中にいるときよりもずっと生き生きして見えるのだ。里を出てきたとてやっぱり彼女はエルフで。森歩きには慣れているのだろうし、自然の中で暮らすのが一番自然な形なのだと思う。
周囲に他の冒険者の影が見えなくなったあたりで俺は足を止めた。
「この辺でいいかもな」
「うむ、確かに薬草はそれなりにあるようだ」
「お、もう見付けてんのか? 早いな」
「見付けるも何も、ずっとそこここにあったではないか」
薬草はポーション作りに必須の素材だが、低級のものはとにかく量がいるらしい。駆け出しの冒険者でも比較的安全に安定して採れることから常に供給はあり、バランスはとれているそうなのだが。
しかし多くの人が通るような場所では大概取りつくされている。他の依頼のついでに採集して行く者が多いのだろう。生命力の強い草なので根ごと掘らなければすぐに新しい芽が出るのだが、それにしても他の草と見分ける技能だって必要だ。だからこそ今日は効率よく採集が済ませられるように人気のない場所まで歩いてきたのだが。
「そうか、お前は植物の見分けが得意なんだったか」
「うむ、緑の精霊とは相性が良いのでな」
そういや出会った日の指名依頼の採集でも、難しい薬草をあっという間に見付けてくれていた。であれば低級ポーションに使われる薬草など、見付けるのは難しいことではないのだろう。
「依頼書と資料にあった通り、下から二番目の葉までは残して採集してくれ」
「あいわかった」
黙々と草を摘むサンビタリア。俺も大昔に嫌というほどやった仕事だが、腰は痛むし目は疲れるし指先は草臭くなるし、結構面倒だ。ちなみに俺も今現在、一緒になって草をむしっていたりする。ただ待つのも暇だし無駄だからだ。
地味な作業は単調で、ちょっとした魔物討伐よりもよほど疲れるような気がする。時々身体を起こしては周囲の様子を伺い、サンビタリアの位置を確認してまた作業に戻る。彼女は真面目な顔で慎重に草を摘んでは丁寧にそれらを収納していた。
昼も近くなり、一旦休憩を挟む。
「それにしてもヒトの営みとはかくも難儀なものなのだなぁ」
「草取りがか? エルフだと違うのか?」
「いや、薬草自体は多少育ててもおったが。何を隠そう、我も里では植物に関わる作業を任されておったからの。弱れば力を与えたり、必要な物を増やしたりなどだな。しかし基本的にエルフは体調不良となれば治癒魔法使いに頼むものだし、よく使うものは手元で育てるからの。わざわざ採集に出向くということはあまりない。そもそも結界の外には出ないしな」
薬草を計画的に栽培出来たらそれほど有用なことはないだろう。けれど俺たちが住む土地において、なぜか薬草は人工的に育てることが出来ない。あくまでもそれは自然に生えているものを探して摘んでくるもので、根ごと採ってきて植え替えてもすぐに枯れてしまうのだ。
「エルフの里だと栽培出来るんだなぁ」
「薬草は魔力を必要とするから、精霊の多い土地でなければ難しいのかもしれないな」
もしそうなのであれば、上級の薬草が生える場所に強い魔物が多いというのも関連性があるのかもしれない。
「エルフの里と交易をしたり、研究をしたり出来たらもっと色々なことが分かるんだろうが……」
俺が言うと、サンビタリアは苦い顔でふっと笑った。
「無理だろうな。エルフに利がないし、そもそも彼らは他種族の営みに興味などない。──今となっては、行商の窓口の里では我らに内緒で何らかの取引が行われていたのかもしれないが……。肉だけ仕入れていたとは考えにくいからな。一体何と何を交換していたのやら」
閉じられた里の中で完結している種族なのだ。確かに利点がなければ協力などしてくれないだろう。そうでなくても精霊魔法が使え、見目美しいエルフはその存在だけで計り知れない価値がある。彼ら自身は華奢で力も弱く、精霊のいない場所では力に抗う術を持たないのだから、種族を守るためには外に出ないのが一番良いのだろう。行商とやりとりをしていたという里ではどうやって身を守っていたのだろうか。もしかすると、攻撃に関する魔法が得意な一族だったのかもしれない。
「お前も、そうか?」
「うん?」
「サンビタリアも、俺に……俺たちの暮らしには興味がないか?」
問われたことの意味をしばし考えた後、彼女は口を開いた。
「いや、アイザックのことは知りたい」
「……俺のことを知っても利はないだろ?」
「そんなことはない。アイザックの仕事を知り、好きなものを知り、嫌いなものを知り、考え方を知りたいと思う。我はこれまで狭い世界で生きてきた。植物なんてものは、あの土地では放っておいても育つのだ。意味のあるか分からぬ役目を毎日繰り返し、周囲からは貶められて悔しかったのだと思う。しかしな、あの日々が苦しかったのだということに気付いたのは──あの場所を出てからなのだ。中にいると見えなかった様々な事が今は少しずつ見えている。きっとこれから沢山のことを経験するにつれ、もっと見えてくるのだろうと思う。我は知りたい。故に世界を広げたい。ヒトが生きるということを、我に教えて欲しいのだ」
こんなにも信頼を寄せてくれるのは、俺があの時危機を救ったからだろう。刷り込みかもしれない。いつか俺だって裏切るかもしれないのだ。でも俺は今、そんな俺自身からも彼女を守りたいと確かに思っている。他の誰でもない、俺が彼女を救えた幸運を神に感謝したい気分なのだ。これまで祈ったこともないし、今更何を言われても向こうが困るだろうけれど。
「俺にもお前のことを、これから教えてくれよ」
「ああ、もちろんそうしよう」
俺の狭かった世界もきっと今、開かれようとしている。




