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くたびれA級冒険者は逃亡エルフを捕まえる  作者: 伊織ライ
くたびれ冒険者はエルフを拾う
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くたびれ冒険者はエルフを拾う

お読みいただきありがとうございます。

「は〜腰痛え」

 

 拳で背中を叩きつつ、薮を払って道なき道を進む。

 

「てめぇの身体にガタきてるっつーのに、なんだって人様の為に薬草採って来にゃならんのだ」

 

 飛び出して来た角兎を横薙ぎに切る。昼飯に丁度良いだろう。剣の血を払い、手早く血抜きの処理をすると背嚢に放り込んで、再び歩き出す。

 それにしても──三十代も後半に差し掛かり、今更薬草採集(くさむしり)に駆り出されるとは思わなかった。

 

 俺はA級冒険者だ。名はアイザック──家名はもう久しく名乗っていないが、一応ここから遠く離れた国で、伯爵家の三男坊として生を受けた。

 長兄は頭の出来が良く勤勉で、跡取りとしても申し分ないと称賛の声を受けていたが、それでも驕ることなく努力を惜しまない出来た男であった。一方次兄は豪放磊落(ごうほうらいらく)としていて武に優れ、その腕を見込まれ若くして騎士団に入るとあっという間にその頭角を示し師団長だかなんだか偉い立場になっていたと思う。年月が経った今ならもっと出世しているのだろうか。

 両親は女児が欲しかったようだ。政略にも使えるし、単純にむさ苦しい男より華やかな女の方が良かったのかもしれない。否定はしないが、実際三人目に生まれたのはこの俺であった。どうみても、男。

 優秀な嫡男がおり、その支えとなるスペアの次男がおり──もう男は不要であったのだろう。期待もされていなかったが、実際されたとしても応えられなかったと思う。勉強しても兄には勝てず、剣を振るっても兄には勝てない。持て余されていた俺は、成人と共に家を出た。止められることもなく、なんならどこへ行き何をするつもりなのかとも聞かれなかった。タダ飯喰らいが一人減って有難いといったぐらいか。

 認めたくはなかったが、あの頃はやはり傷付いていたのだろうと思う。要らないなら産まなければ良かっただろうと。産んだのだから大切にして欲しかった、と。


 俺は冒険者の登録をしてあちこちをふらふらと彷徨い、格上の魔物に挑んでは死を恐れぬ無謀な戦い方で金を稼いで暮らしていた。別に必要とされなかった命なのだからと、自分を守る意義が感じられなかったのだ。

 そんなある日、適当に選んだ討伐依頼の先で遭遇したのは、実家の邸よりも巨大な黒い竜であった。

 流石にこれは死ぬだろうと背中に冷や汗が流れたが、覚悟してみれば一周回って落ち着いてさえくるもので。いつ落としても良いかと思っていた命なのだ。惜しくもないと捨て身で、大きく開いた竜の口の中に剣を突き立ててやった。お綺麗な騎士流の剣を振る次兄には決して出来ない芸当であろう。

 ぬとぬとと纏わりつく竜の唾液と生温い血を全身に浴びながら、俺は知らず大声をあげて笑っていた。


 死んだ竜の口内から何とか脱出した後、倒すより余程面倒だった解体を済ませてギルドへ帰る。カウンターでどんな宝石より輝く黒い鱗を提出すると、その場の空気がざわりと揺れた。

 俺の冒険者カードにはその日、A級の文字が刻まれた。

 

 それからはもう当てもなくふらつくのも面倒になり、借りていた宿を出て古い家を買った。内装などこだわりはないし、ギルドや商店街に近ければそれだけでいい。無駄にでかいが、使わない部屋は閉じておけば良いのだ。

 一生を遊んで暮らせる金は稼いだが、A級になったせいで時折指名の依頼が出される。そんな時だけギルドに顔を出し、仕事を済ませてまた家に帰る。

 そうやっているうちに、二十年近い時間が過ぎていた。


 ◇


「アイザックさん、また指名依頼が出てますので、こちらお願いいたします」

「はぁ……もうぼちぼち俺もしんどくなってきたんだけどな。他のA級(やつら)に回せねぇのかよ」

「高ランクはそもそも少ないですし、今は出払っていて……それにやっぱりアイザックさんに頼めば安心感がありますから。ね、しかも今回は採集ですから少しは気楽じゃないですか?」

「採集ぅ? なんで今更……ああ、結構深い所だからか……チッ、討伐より面倒くせえやつだろうが」

「まあまあそう言わずに! では受領ということで──はい、手続き完了ですね。ではお気を付けて!」


 少々強引な受付嬢に背を押され、こうして向かった森の奥。

 薬草を探す俺の目の前に現れたのは──


「おう、良いところに来たではないか。どれ、そこの、ちと手を貸してくれ」


 ジャイアントスパイダーの巣に絡め取られて(はりつけ)にされている、十代後半くらいに見える美少女であった。

 ジャイアントスパイダーはなかなか厄介な魔物だ。その巣にかかると強力な粘性で動きは封じられるし、麻痺作用もありじわじわと体力が削られてしまう。蜘蛛と言ってもそのサイズは人間の頭部を丸齧りできるほど巨大であり、熊や猪なんかも捕まえては食ってしまう。火に弱いので、罠で捕まる前に倒してしまえば然程大変な相手ではないけれど、森の中で張り巡らされた蜘蛛の糸は目視しにくく素人に避けるのは難しいだろう。

 幸いこの場にまだ本体は来ていないようだから、今のうちに罠から外して逃げてしまえば面倒もないはずだ。

 

「──はぁ、今焼いてやるから。じっとしとけよ」

「うむ。森に飛び火させぬようにな」

 

 銀の長い髪に空のような青い瞳。糸に絡め取られて白い肌が露出し、やけに煽情的な状態になった年若い娘。

 曲がりなりにも貴族の血筋だからか、俺はそこそこ見目がいいらしい。困らない程度にはモテてきたし、冒険者としての評価が上がるとともに声を掛けられる機会は増えた。若い頃は面倒のない程度に遊んできた自覚もある。そんな俺から見ても、この少女は他と比べようもないほどの上玉(びじん)だ。

 なぜこんな森の深くにいたのかは知らないが、この状況の中で妙に落ち着いているし、やたらと偉そうな話し方が不可解である。

 野営用に持っていた火の魔道具で少女を拘束していた糸を焼き切り、重力に従って落ちてきた彼女をふわりと受け止める。本当に同じ生き物なのかと思うほど軽く、どれだけ拘束されていたのかは知らないが、白い首筋からはほんのりと甘い匂いがした。

 

「礼を言うぞ、お主の働きはなかなか良いものであった」

「──随分と偉そうな話し方だけど、まさかどこぞの姫様だとかっつーんじゃねえだろうな」


 いくら美人だからといえ、面倒事を拾うなんて真っ平ごめんなのだが。

 

「ふむ? 我はヒトの習慣には疎いが、年若い者が年長者を敬うのは一般的な慣わしではないのか?」

 

 俺の手の中に抱かれたまま、こちらをじっと見つめる少女はこてりと首を傾げた。かっわいいな。

 

「年長者ってお前……十七くらいだろ? 訳の分からんことを。俺は今年で三十七だぞ、親父みたいなもんだろうが」

「ははは、異な事を。我、エルフぞ? 今年で六十……いくつだったか。いずれにせよ、お主の倍近くは生きておろう。どうだ、母上とでも呼ぶか?」

 

 悪戯っぽい響きで紡がれるその言葉に、ついぽかんと口を開けてしまう。銀の髪、青い瞳、白い肌。視線の先の彼女の耳は、確かに長く尖っていた。

 

 ◇

 

「──エンレイソウか? あれはな、もうちょっとじめっとしたところに生えるのだ。例えばそう……あちらのあたりだな」

 

 そもそも俺は指名依頼で薬草採集に来ていたのだから、流石に依頼の物を探しもせず帰るわけにはいかない。

 未だ麻痺の症状が残り俺の腕に抱かれたままの彼女に事情を説明すると、なんのことはないと協力してくれることになった。エルフだからなのか、薬草の知識が豊富だったのだ。

 彼女は名をハルニレの子サンビタリアと名乗った。ハルニレが家名に近い部分で、サンビタリアが固有の名であるらしい。この国でも、俺の生まれた国でもあまり聞き馴染みのない響きではあるが、彼女に似合いの美しい名だと思う。


「これ、きちんと根ごと掘るのだぞ。もちっと丁寧に、優しくだ。女子(おなご)に触れるように──うむ、先程より良いだろう」


 近くの岩場に降ろしたサンビタリアがしどけなく肘をついて顎を乗せ、あれこれと注文をつけてくる。見た目は完全に年若い少女から口を出される構図なのだから、これまでの自分なら腹を立てていたところだろう。だがしかし、彼女からならば素直に従ってしまうのは何故なのか。実年齢が自分よりずっと年上だと聞いたからだろうか。その特徴的な話し方のせいか。

 

「──こんだけ採れば充分だろ」

「うむ、では帰ろうかの」

 

 当然のように両手をこちらに差し出して、抱き上げろと要求するサンビタリア。彼女は軽いし討伐依頼ならばその何倍も重い獲物を担いで帰ることもあるのだから、肉体的な負担には思わない。

 思わない、のだが。

 

「帰るって言うけどよ、お前は一体どこに帰るんだよ?」


 腕の中のサンビタリアを見下ろすと、これまで朗らかに笑っていたその顔が初めて僅かに歪んだ。

 

「──どこに、帰ればよいのだろうな?」

 

 それはまるで、迷子の子供のような顔で。

 

「俺と一緒に、来るか?」

 

 だから、自然とそんな台詞が口から出てきてしまった。

 

「──いい、のか?」

「まあ……乗りかかった船だしな。まだひとりじゃまともに歩けもしないんだろ。落ち着くまで宿でもとって暮らしたらいいさ」

「……アイザックは……」

 

 そんな捨てられた猫みたいな顔をするんじゃねえよ。

 

「俺もその街に住んでるんだ。会いたきゃいつでも会えるだろ」

 

 こくりと頷いたサンビタリアの瞳は、まだ僅かに揺れていた。

 

 ◇

 

 ざわり、とギルドの空気が揺れる。まあ当然だろう。腕の中の小さな女は人々の視線から逃げるように、ぎゅっと俺の服を掴んだ。かっわいいな。

 

「あ、アイザックさん──お、帰りなさい、ご無事でなによりでした」

「おう、んじゃこれが依頼のやつと……こっちが依頼書な」

 

 片手が埋まっているので、荷物を漁るのが少し難しい。けれど今は彼女を手放すつもりもなかった。

 

「は……い。確かに。状態も……問題ございません。では、報酬ですけれども…………ところで、そちらの方は?」

 

 散々迷っていた受付嬢は、決死の覚悟といった様相で俺の腕の中を指した。

 周囲の冒険者達まで話を聞き逃さまいと耳を澄ませている。

 

「森で保護したんだ。しばらく俺の保護下に置くから覚えておいてくれ」

「保護下……ですか。それは……探し人なんかでしたら、ギルドでも請け負えますけれど……」

 

 迷子だと思ったのか。人攫いと間違われていないといいのだが。

 

「──どうする? サンビタリア」

「不要だ。我は我の意思でアイザックと共に来たのでな」

「だ、そうだ。ちなみにこいつはもう立派に成人してる。充分に大人だぞ?」

 

 抱いたままの彼女の背中を意味ありげに撫で上げ、周囲の男達を一度ぐるりと見回してやる。

 A級の俺が連れてきた女に軽々しく手を出す奴は、これで少しは減るだろう。

 

「──かしこまりました。では、今回の報酬はこちらになります。また指名の際にはお願いいたしますね」

「善処する。んじゃ、帰るわ」

 

 俺が出口へと踵を返せば、人の波が自然と割れていく。不躾な視線が集まると、再びサンビタリアは俺の胸に顔を埋めた。

 つい、口端がにやりと上がってしまう。背中をポンポンと軽く叩いてやれば、軽い身体は更にきゅっとしがみついてきた。


 サンビタリア。誰もが視線を奪われる美しい女。

 だけど今は、今だけは。彼女の美しい瞳の中に、俺だけを映していて欲しい。

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