誕生日
今日はわたしの誕生日だ。
子供の頃から誕生日なんて、どうでもよかった。むしろ、嫌いだった。 その理由は、小学生の頃に遡る。
近所の友達の誕生会に呼ばれた時だ。最初は行くべきか迷っていたが、母は「約束したんだから行っておいで」と言った。その時、わたしにはプレゼントがなかった。母は「何もなくてもいいじゃない」といつものように自分勝手な言葉で、わたしを玄関で押し出した。
わたしは本当は、行きたくなかった。友達が誕生日に自分で誕生会を開く意味がわからなかった
誕生日って、他人から祝ってもらうものだと思っていた。
それなのに、自分から誕生会を開くなんて、意味がわからない。
友達の家に着くと、もう誕生会は始まっていた。リビングに招かれると、テーブルにはケーキやお菓子が散乱し、みんなは楽しそうにプレゼントを開けている。わたしのための食べ物は見当たらないし、心がどんどん冷めていった。涙がこぼれそうになったけれど、顔を隠すようにテーブルの下に頭を低くして、必死に涙をぬぐった。
その時、わたしは初めて気づいた。自分は最初から、他人が苦手だったのだ。大勢の中にいると、どうしていいかわからなくなる。それでも、大人になるにつれて、少しは克服したつもりだった。でも、20歳を超えても、みんなが誕生日会を開きたがる理由がわからなかった。きっと、ただみんなで食事をしたいだけなんだろう。でも、誕生日をそんな風に過ごすべきなのだろうか?その思いが頭を巡るたび、ふと気づく。もしかしたら、わたしは本当は、誕生日を祝って欲しいのか?いや、そんなこともあるまい。
そんなわたしは、今日も新宿で友達を待っている。わたしの誕生日を祝いたいと言ってくれる、強者が現れたからだ。
「明美先輩〜。おまたせ〜。」
「ううん、大丈夫だよ。」
その声に振り向くと、笑顔で手を振りながら近づいてきたのは、同じ会社の後輩、里奈だった。23歳、わたしの2つ下。最初は職場でよく話すようになり、わたしが新人の相談役として選ばれた。それから、すぐに打ち解けて、タメ口で話すようになった。里奈は明るくて元気な子だから、すぐに友達みたいな関係になった。
「で、どこ行くの?」と、里奈がスマホを取り出し、インスタグラムの画面をわたしに見せてきた。
「これ、革製品の雑貨屋さんだって。」
「へ〜〜、おしゃれだねえ。」
里奈が見せてきた写真は、手作りの雑貨屋さんらしいが、正直言って、どうにも肌に合わなかった。デザインがありきたりで、革の質感も安っぽく感じる。普段から物選びにこだわるわたしには、どうしても気に入らない。でも、里奈の楽しそうな顔を見て、嫌だとは言えなかった。
「すごく可愛いよね!」わたしは微笑んで、里奈の後ろをついていった。自分の気持ちを押し込めて。
振り返れば、わたしが物選びにうるさいのは、たぶん子供の頃からだった。服にしても、食品にしても、産地や素材、色や形に強いこだわりを持っていたから、安物には敏感だった。それでも、里奈のために、無理にでも楽しんでいるふりをしていた。
ふと、以前付き合った彼氏のことを思い出した。彼からもらった指輪は、安物のプラチナだった。指輪をはめた瞬間、肌にじんましんが出たことを今でも覚えている。あの頃のわたしは、好きだと言われると断れないタイプだった。誕生日に呼ばれた時と同じように、断れなかった。
でも、そんなことを考えているうちに、里奈の声が現実に引き戻してくる。
「明美先輩、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。」
また笑顔を作る。誕生日、プレゼント、誕生会—そうしたものに、結局、何を求めているのか、わたしはまだはっきりとはわからなかった。でも、少なくとも今日は、少しだけ、誕生日を祝われているような気がした。