0074 王子バレットの視察旅④
バレットが最後に訪れたのは「イリシュ・ウー公爵領」。
この領地は王都に一番近い領土。とは言っても、王都までは馬車で3日掛かるのだが。
最近になって、イリシュ・ウー公爵は領地の拡大を進言してきた珍しい人物だ。まっ、王国は土地だけは余っているので、簡単に了承したと聞いている。
まず、領土に来て驚くことがあった。それは「外壁」が低いけれどもあるという事。他の領地は貴族の住んでいる所以外はむき出し状態の村だった事を考えると異様とも思える。
しかし、衛兵などの数は他の領土と変わりがなく、新たな都市を築こうとは思っていないようだ。そして、次に驚くのが敷地の広さと畑・農場の大きさである。
領地の入り口を通り、石畳で出来た道を通ると中心地に公爵の邸宅を囲むように小さな市がある。そして、その市を囲むように住宅があり、どれも綺麗で清潔。この領地が一番だとも思える。
突然の訪問とあってか、公爵は慌てたそぶりを見せるのだが、邸宅に案内をされた。
客間に案内され、気づくのは「ハラカ・マッシュ子爵領と同じく、この邸宅も必要最低限の物しかない」と言う所である。
メイドがお茶を持ってきた。カップに何やら黄色い果物のような物が刺さっている。
それは「レモン」という果物ですよ。どうぞ、絞ってお使いください。と言われた。
絞る前に、舐めてみる。ものすごく酸っぱい!と思っていたら公爵が現れた。
「王子、申し訳ございません。いらっしゃると知っていれば歓迎の宴も出来たのですが。」
「ああ、それは構わない。今回はあくまでもお忍びだからな。」
「それよりも・・だ。これはなんだ?」とレモンを見る。
公爵は嬉しそうに「王子様、これはレモンと言いまして、果汁をお茶に混ぜることによってお茶の風味が良くなるものです。」
「ほう、それはそれは。」レモンを絞ってお茶を飲んでみる。
「ん?さわやかな酸味が心地よいな!これは、この領地で栽培をしている物なのか?」
「はい、今現在は試作品でして、卸しているところも王都にある店ひとつでございます。」
「その、卸している店とは・・・」
「はい、「レストランミツヤ」です。」
・・・レストランミツヤ。またか。一体どんな店なんだろう。
バレットは店の事を聞きたいのだが、今回の目的は、あくまでも「視察」。そこを怠ってはいけない。
「それでは、領地を見せてもらおうか。」と立ち上がる。
「では、ご案内致します。」と公爵も立ち上がった。
バレットと公爵は、農地に続く石畳で出来た道を歩きながら
「最近になって領土を広げたと聞いたのだが、小麦を大量生産しているのか?」とたずねてみる。
すると公爵は「小麦畑の大きさは変わっておりません。その他の部分の為です。」
「その他とは?」
「主に、野菜を育てる農地と果物を育てる場所、それと牧場です。」
「そんなに儲かっているのか?」
「いえ、野菜と果物は実験段階でして、今はレストランミツヤのみに卸しています。」
「では、畜産が利益に通じているのか?」
「確かにそうですね。肉に関しましてはよく血抜きをしたものを卸させてもらっております。」
「ハラカ・マッシュ子爵領でも、肉に関しては血抜きをした方が美味いと教わったよ。しかし、それを王都に運ぶのは時間が掛かり過ぎるだろう。」
「いえ、その日のうちに王都に卸しております。」
バレットは不思議そうな顔をしながら、詳しく聞いてみようとした。
「その日のうちに届くとは、どうやっているのだ?」
「レストランミツヤの方に代わりに卸してもらっています。」
・・・レストランミツヤの関係者が代わりに卸す。解らん。
「そのレストランミツヤの関係者はどうやって、その日のうちに王都に運ぶんだ?」
「その方は、「転移魔法」を扱えるので、ここから一瞬で王都に届けてくれるのです。」
・・・転移魔法だと?大魔法使いの領域だぞ!そんな者がレストランミツヤの関係者いる?
「では、その代わりに運送料を取られているのではないか?」
「いえ、全くの無料です。卸した金額を全額頂いております。」
「何だって!そんなお人よしの魔法使いがいるのか!」
「それどころではありません。今、実験で栽培している野菜や果物が安定供給をし、市場で売れるようになるまで、王都に納める税金の半分を肩代わりすると言ってくれました。」
「!!!」バレットは驚きすぎて声が出ない。
「着きましたよ。ここが「果樹園」です。」
広大な土地をロープで仕切ってあり、その理由はと聞くと、「植え付けている種類が違うのですよ。」と公爵が言った。
「どのような果実を植えておるのだ?」
「ひとつは、先ほど王子様もお口にされましたレモンと言う物ですな。その他にも沢山あります。」と果樹園を歩きながら説明をしている。
「そして、こちらが「農園」です。」
ここは、他の領地でも見た同じような光景だ。
「ここで育てている野菜はなんだ?」
「はぁ、トマトとかレタスとか言っていました。」
・・・トマト?レタス?聞いたことがない名前の野菜の名前だ。
「どこで、この野菜を手に入れたんだ?」
「これは、レストランミツヤの関係者の方が、種や苗を持って来まして実験をして欲しいと・・・。」
「なるほど・・・。」
「それで、家畜は何匹ほど飼育しているのだ?」
「はい、50頭ほどです。他にもいますが・・・。」
「他とは?」
「何やら「ウシ」と言う生き物でして。見た事がない生き物です。」
「どれどれ・・・。」
牧場には「白と黒の模様」「茶色」「黒」の3種類いて、草をゆっくりと食べている。
「何で、3種類もいるんだ?」
「私が聞くところでは、白と黒のウシからは、上質な乳が出るのです。私も飲みましたが、実に美味かったです。」
「他の種類は?」
「茶色のウシは食用。黒色のウシは最上級の食用、「クロゲワギュウ」と言っておりました。」
「これも、実験用か?」
「今は、繁殖が目的なんだそうで、実際に食用としては卸しておりません。」
「そうか・・・。」
邸宅に戻り、「レストランミツヤ」の話を聞こうと、話を切り出そうとしたと同時にメイドがお茶を持ってきた。
「先ほどのお茶とは違うみたいだな。」と、一口飲んでみる。苦い。
「こちらをどうぞ。」白い粉が出てきた。
「これは、なんだ?」珍し気にスプーンで救っては容器にさらさらと落ちる粉状の物を見る。
「それは「砂糖」というものらしく、非常に甘みがあるものですよ。」と説明を受ける。
カップに砂糖を一杯だけ入れて、飲んでみる。少し、苦みが取れたようだ。
二杯目を入れてみる・・・適度な味に変わった。
「良ければこれも試してみてください。」すると白い液体を入れた容器が出てきた。
「これは?」
「これが、先ほどご覧になられた「ウシの乳」です。」
恐る恐る入れてみて、一口飲んでみた・・!なんとまろやかな味であろうか!こんなものは飲んだことがない!
「これの作り方を、どこで知った⁉何処なんだ⁉」と興奮気味に聞くバレット。
公爵は慌てて、「レストランミツヤの料理長を名乗る獣人に教えてもらいました!」
「そんな訳、あるかぁー!獣人だぞ!」
「しかし、その獣人が作る料理はどれも本当に美味しいんです。」
・・・このお茶の味を知ってしまったのだ。信じる他ないのだろう・・・
しかし、一度、確認をしなければ!
王都に急ぎ戻るバレットだった。




