0074 王子バレットの視察旅③
バレットは次なる領地に向かっていた。
その領地は、王都とベルハイツ公爵領のちょうど中心に当たる場所にあって、名前は「ハラカ・マッシュ子爵領」。
この領土は5つの村の領地を持ち、大半を麦・その他野菜で構成されている。
その中の「マラーナ村」を訪れた。
村はとても綺麗に整備され、建物は簡素ではあるが清潔感がある。
ありきたりな服装、王子という事を隠したバレットに村人も愛想が良く、気軽にこんにちはと声を掛けてくる。
「大丈夫なのですか?」とマッシュ子爵が声を掛けてくる。
「ああ、構わないさ。それにしても、何故、子爵までもが私と同じような恰好をしている?」
マッシュ子爵の恰好は、村人とほとんど変わらない服装、足には泥も付いている。
「私の仕事は領民と同じように働き、問題と感じている所は改善しておりますので。」と子爵は「何か不思議ですか?」と言わんかの様な顔をしている。
「いや、いいんだ。」とバレットは道を歩いていく。
この村は小麦を専門としていて、面白いのは「製粉までしている」という事。
そうすることによって、小麦も高く売れるのだそうだ。
そこにバレットは疑問を持った。
「確か、一時期ベルハイツ公爵領に小麦を輸出していたと聞いたのだが、向こうでは麦の品質が悪いと聞いたのだが・・・。」
「それは、製粉する前の麦を輸出しているからですね。製粉のやり方によっては良い品も粗悪品にもなります。」
「金額も高いとも聞いたのだが?」
「もちろん、税の分を上乗せしますからな。運搬もこちらで請け負っていましたので。その料金も含んでいますので、高いと言われればそうなりますね。」
「もう少し、安くはならないものか?」
「王都に納める税が安くなれば、その分安く卸すことも出来ますよ。」
「技術指導として、村人を派遣することは出来ないのか?」
「一度、そのような話をした事がありますが、ベルハイツ侯爵から断られまして。」
「それは、何故だと思う?」
「ベルハイツ侯爵は見栄っ張りですからな。仮を作るのが嫌なのでしょう。」
「変な見栄を張らないで欲しい物だ・・・。」
「王子、こちらが野菜を栽培している村になります。」と案内されたのは、マラーナ村とは道を挟んで隣にある「ウェーツ村」。
まず、驚いたのは村と村の距離。一応、違う村と言うが同じ村と言っても過言ではない。
「なぜ、村同しが隣接している?」
すると、マッシュ子爵は「そうすることによって、運搬の手間も省けますし、村同しで助け合いも出来ます。」と答えた。
「もしかすると、この道を挟んで向かいの土地も違う村なのか?」
「さようでございます。」どうも、この子爵は合理的に考える人物らしい。好感が持てる。
とは言っても、ひとつの村は広大な土地を所有しているため、隣同士と言っても窮屈な感じは受けない。
「王子、こちらはヤギなどを飼育している村になります。」と案内された「ナツキ村」。
「この領土では麦と野菜のみと思っていたが、畜産業を営んでいるのか?」
「ここの村では、我々領土民が食する為の家畜を飼っております。」
バレットは気が付いた。
「もしかして、領土内で経済を回しているのか?」
「左様でございます。別の村では、我々の為の野菜を育てている農家です。」
「そんな事が可能なのか?破綻しないのか?」
「ですので、輸出品の価格は高めに設定しています。領土の民達からの税金は他の領土の民達から比べると1/2ぐらいでしょうか?」
・・・工夫次第でこうも違う物なのか?ベルハイツ公爵に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分だ。
我々は、村同士の間の道を歩きながら、麦の品質を上げるためにはどうすれば良いのかなどを検討していたら
「所で王子、今日は我が屋敷に是非ともお泊り下さい。」とマッシュ子爵が声を掛けてきた。
この村は、非常に好感が持てる。是非とも更に情報を掴む為に好意に甘えるとしよう。
「ああ、頼むよ。」
「では、良い料理をご用意いたします。」と子爵は軽く会釈をしていた。
その日の午後にマッシュ子爵の城に到着したのだが、城と云うよりも少しだけ大きな邸宅と言った所かこじんまりとしている。
「本来ならば、立派な屋敷などを持つのが貴族のたしなみなのでしょうが、私はどうも苦手でして・・・」子爵は照れくさそうに話していた。
邸宅の中は、実に簡素。必要な物しかないと言った感じであるが、掃除は行き届いており、清潔感がある。
すぐに食事の用意をいたします。こちらでお待ちをと通された客間は少しだけ豪華な作りになっており、客人はもてなしたいとの気遣いを感じられる。
メイドの一人がお茶を持ってきた。どうやらリンゴを使った紅茶のようであり、これも風味豊かで非常に美味しい。
メイドに子爵はどんな人物か?と尋ねると、我々領民に分け隔てなく接してくれる良き主様ですよと答えてくれた。
更にメイドが言うには、昨日の収穫も手伝ってくれたので助かります。と言っていた。
その言葉に疑問を持ったバレットは?「収穫を手伝ってくれた?あなたはメイドではないのですか?」と尋ねると、私は普段は村で畑仕事をしているただの村人です。と答えた。
「お食事の用意が出来ました。」と別のメイドが声を掛けに来てくれた。
綺麗に掃除をされた廊下をメイドに続いて歩いて行き、来賓と食事をする部屋に案内をされた。
その部屋は、宮廷とは違い豪華とは言えないものの、それぞれ、品質には拘ったカーテンやテーブル、クロスなどが使用されている。
「お待たせ致しました。」正装のマッシュ子爵が現れる。こう見れば貴族らしい風格を感じられる。
次々と料理が運ばれて来るのだが、一番、目を引いたのは「野菜」。宮廷料理の野菜と違い歯ごたえがある。味付けは塩のみ。そのせいか野菜の持つ味が非常に美味い。
無心に食べている私に子爵は「美味しいでしょう?今朝とれたての野菜ですから。」と微笑みながら話してくる。
「確かに美味い。しかし宮廷の物と何故、こんなに味が違うのだ?宮廷料理はもっとしなびていたが・・・。」
「それは、運搬に時間が掛かりすぎているという事が一番の理由でしょうな。」
「時間が関係あるのか?」
「野菜や肉などは、採れたてが最高品質なのです。それから日にちが経つにつれ、鮮度が落ちて行くのですよ。」
「なるほど・・・。だから、肉も塩漬けしかない訳か。」
「作用です。肉は野菜に比べて更に品質が落ちる速度が速いですから、その日に食べるのが一番です。」
「エ・マーナ村では、肉を氷結魔法で凍らせて保存をしていると聞いているが?」
「凍らせて保存するのは可能ですが、解凍する時に肝心の肉の旨味が消えてしまうのですよ。」
子爵の言葉に合わせるように、肉料理が出てきた。エ・マーナ村のスープのそれとは違う。ナイフとフォークを使わなければいけない程の大きさだ。
「味付けは先ほどの野菜と同じく、軽く塩を振っただけです。お口に合えば良いのですが。」
肉にナイフを入れてみる。柔らかい。
一口大に切った肉を口に入れる・・・。美味い、その上、柔らかい。
「美味いな!これが肉の味か?」
「作用です。これも今日さばいたヤギの肉ですよ。」子爵は少し自慢げに語る。
「それに、臭みが全くない・・・。これはどうやっているのだ?」
子爵は、話すかどうしようか悩んだのだろうか、一瞬だけ口をつむぎ
「それは、今日の朝に〆て、血抜きをしたからです。」
「血抜き?なんだそれは?」
「ある人から教えてもらったのです。肉は、〆てから逆さまに吊るし、全ての血が抜けるまで、放置しておくことで、肉の臭みがなくなると。」
「それはすごい知恵者がいたものだな!その者の名はなんと云うのか?」
メイドが最後の紅茶を運んでくる・・・。
「そう言えば、この屋敷にいるメイドはこの村人なのか?随分としつけをされているようだが・・・。」
「この邸宅の身の回りの世話は、全て村人がしていますよ。」
「専属のメイドがいない?」
「作用です。必要ありませんから。」
「それでも、この屋敷にいるという事は、専属のメイドだろ?」
「いえ、彼女達は普段は農作業をしている村人です。手の空いた者に頼んでいます。」
「そんなに、出来る村人がいると?」
「ええ、村人の1/3の女性はいつでもメイドの仕事をこなすことができます。」
バレットはびっくりしたようで、思わず立ち上がる。
「村人の1/3がメイドの仕事が出来るだと?宮廷にいる給仕と同格、いや、それ以上の出来栄えだぞ!」
子爵は、紅茶を一口飲んで、静かに話した。
「これも、教えて貰ったのですよ。お金は掛かりましたが。」
「さっきも、肉の事で教えてもらったと言っていたな?その者とは誰なんだ?」
「レストランミツヤ」です。
「レストランミツヤ?聞いたことがない名前だな?何処にあるのだ?」
「王子はご存じないのですか?今、最も有名な所ですよ。」
「いや、知らないな。何処にあるのだ?」
「王都に2店舗ありますよ。」
「そこは何を生業にしている店なんだ?」
「主力は飲食です。が、変わっているのです。」
「何が変わっている?」
「普通は飲食と言えば露店が当たり前なのですが、この店は室内で食べたり飲んだりするのです。」
「今、私と子爵がしているようにか?」
「はい、テーブルはここまでは大きくはありませんが。そして、給仕の者が、とても綺麗なマナーを心がけているのですよ。しかも、給仕の者は全て「獣人族」なのです。」
「獣人族!あの野蛮な獣人族が、王宮並みの給仕をたしなむのだと!そんなことがあるのか⁉」
「はい。更に驚くことに、獣人全員が我々と同じく「名前」を持っているのです。」
「獣人族が名前を持つ?一体、誰の仕業なんだ?」
「レストランのオーナーとオウカ様です。」
・・・オウカ、聞いたことのある名前・・・。
バレットは思い出すように「オウカとは、「勇者オウカ殿」か?」
「左様でございます。そして「レストランミツヤ」の店長は第一妃のレイコ夫人です。」
「私はこの二人に救われました。」とマッシュ子爵が紅茶の入ったカップをそっとテーブルに置いて話している。
「・・・それは、どういうことだ?」
「元々、この領地も貧乏だったのですよ。」
「それはどういう・・・。」
「数年前までは、それなりにやってこれたのですが、王が名前を変えられてから、税金が高くなりまして。」
・・・またか。「王が名前を変えた」
「どうしようか、悩んで炒る時に「レストランミツヤ」の話を聞きまして。実際に行くと目から鱗でした。そして運よくレイコ夫人と話をする機会を頂きまして。」
「そして、今のような領地の作り、運営の仕方に変わったのです。おかげで、毎年納めている税金を引いてもお金が余るようになりました。」
「それは、一度会う必要があるな。」バレットは半信半疑ではあるが確かめる必要があると考えた。
「レストランミツヤ・・・か。」




