0073 王子バレットの視察旅②
翌日、バレット王子は同じベルハイツ貴族領の村「エ・マーナ村」を訪れた。
「エ・マーナ村」は「コレット村」から西に約30キロ程離れた場所にあって、村の近くには川が流れている。村の敷地も広く、何といっても清潔感がある。
この村の産業は昨日視察に訪れた「コレット村」と同じく、畜産業を生業としている村だ。
コレット村と同じように村の視察をしようと馬車を降りるとまず目に入るのは、道が整備されている事、要は牧場以外の所は石畳で出来ている事で、靴も汚れない。何故、コレット村とこんなにかけ離れているのか気になった。
「この村での主力となる物はなんですか?」と直球で聞いてみた。
すると、村長はヤギの肉ですと答えてくれた。毎月、10頭のヤギを納品しているらしい。しかも、ヤギ1頭を金貨1枚で卸しているとの事。
「コレット村では、大人のヤギの肉は硬いので、商品にはならないと聞きましたが、何か特別な事をされているのですか?」と質問をしてみると、この村では餌にも気を使い、更にあまり運動をさせないように気を付けている。との事。
ヤギの乳はどうしているのですか?の問いには、基本的にはヤギの餌に使用しているらしい。余った乳は村で消費しているらしい。
「それにしても、清潔感がある村ですね。」と称えると、実はエ・マーナ村もコレット村と同じく、過去には流行り病で苦しんでいたそうだ。
その打開策として、生活用水は井戸からくみ上げ、その他は川からの水を引き上下水道を作ったと言う。その設備を作る為のお金はどうしたのだろう。そこの事を聞いてみた。すると、意外な答えが帰って来た。「それは貴族様が税金を投入してくださった事ですね。」この村には税金が使われ、何故コレット村には税金が使われないのか?更に突っ込んで聞いてみると、村長は答えたくはないのだが、王子の質問とあらば答えなければならない。後で「不正」の事が王子に知れると、首が飛ぶかもしれないとの恐怖からだ。
村長は実は貴族に「袖の下」を納めたと言う。「袖の下」の内容は、貴族の屋敷に毎月、ヤギを1頭、その他の畜産物を無償で納めていることを話した。更に村長は村の若い娘を「慰めもの」として貴族に献上したらしい。お陰で、村には金貨500枚、返金無用の税金投入がなされ、現在に至っていると云う。
・・・この村も結果的には良くなったものの、またしても貴族の欲望の餌食となっている訳だ。
バレット王子は更に別の村を訪ねる事にした。
コレット村とエ・マーナ村のちょうど間、川を挟んで向かい側といった所にその村はある。
名前を「ヤード」と云う。
この村は農業が主流で、主に小麦を生産しているようだ。
この村も清潔感がある。建物だけを見ると一番発展しているかもしれない。
村長に話を聞いて見ると、貴族領に小麦を納めている村はここだけなので、納品価格も釣りあげていると云う。確かに独占して卸しているのであればそれは当然の権利だろう。更に、独占的に卸しているという特権を生かし、納税の金額も少額にして貰っているという事だ。それならば、他の貴族領からの輸入と云うのは考えられないのか?と思うのだが、輸入品は粗悪な商品の割には金額が高いとの事。それならば、多少のわがままを聞いてでも地元で卸してもらう方が得だという事らしい。
この村の村長は貴族領での発言力も高く、その力故に出来る事なのだと知った。力があるヤード村に対して、力のないコレット村。そして、涙を飲みながら現在の生活を手に入れたエ・マーナ村。幸せを掴んだ者の陰には不幸になる者が必ずいる・・・村単位でも同じことなのだろう。
それにしても、一番問題なのは「貴族の在り方」である。考え方を改めさせなければならない。
とは云えども、人間は簡単には変わらないものだ。ましてや、権力を握る者としては、現在の力と地位を手放したくはないだろう。
本来は、自力で改革をして貰いたいものだが、この貴族領の場合は力を行使する・・・所謂、貴族事態を変えてしまうのがいいのかもしれない。
しかし、コレット村のように今日を生きるのに精一杯の村があるのと同時にヤード村のように幸せを勝ち取っている・・・貴族の恩恵を受けている村があるのも事実と云えよう。
例えば、貴族自体を変えてしまうとコレット村には税金を投入、ヤード村からは税金の引き上げを決行、そうするとどうなるか、貴族の領地の物価が高騰し、更に生活に困窮する者たちが増えるという事になる。
それにしても、「コレット村」の問題は速やかに解決をしなければならない。
もしかすれば、他の貴族領でも同じ問題が発生している事だってある。
早急に、他の貴族領の視察を実行せねばと考えるバレットだった。
次の日は、領地にある商人の状態の視察を行う。
小麦が主流の領地だけあって、露店に並ぶ商品はパンやとろみのあるスープ類が多く、その中でも一番人気の高いのが、肉の入ったスープでひとつが小銅貨1枚であった。
王宮がある城下町の露店に並ぶ、肉のみの串焼きが銅の粒1つに対して、少量の肉しか入っていないスープが小銅貨1枚とは、貴族領の食品が高いのか、はたまた王宮の露店の価格が安すぎるのか・・・これも調査をしないといけない課題となりそうだ。あまりにも、バランスが悪すぎる。
それにしても、貴族とは別に毎月ヤギが10頭納められているのに、肉の流通量が少ない。それは何故なのか、露店の人に聞いてみた。
すると、ヤギの肉は異常に高いという事らしい。
ヤギの肉が半身で銀貨一枚になるので、露店で出す商品はどうしても肉の量が少ない上に、金額も高い設定をしなければならないという事だった。
露店が購入・・・という事は一般家庭よりも低価格で購入出来るはずなのに、高い。という事は、一般家庭で肉は食べられているのだろうか?と疑問が沸く。
今度は、主婦らしき人に尋ねてみた。
何でも、肉は生のままでは保存が効かない為に、どうしても保存用の干した肉を月に一度だけ購入して、少しずつたべているらしい。だから、柔らかい肉が食べたい時は生肉が入っているスープを買ってしまうということらしい。
肉の保存方法はあるにはあるらしいのだが、氷結魔法が使える魔法使いがいない上に、いたとしても、料金が高いのだとか。
では、卸業者はどうしているのか?こちらはしっかりと氷結魔法を施してある。
故に、買付価格よりも販売価格は高く、更に今日入荷した生の肉は貴重なので更に高い金額になるのだそうだ。
さて、では納めている税金はどうなのだろうか?
商人の場合は、特権として税金の金額は安く抑えられている。なので、一般の家庭でも小さな露店を開き、税金対策をしているらしい。
他の職業の人は、月間で一家庭、金貨一枚。
どれだけ稼いでいる人間でも、低所得者でも同じ金額なのだそうだ。
稼いでいる人間ほど、楽になるシステムらしい。
このシステムは、王宮も同じですよ。と貴族が言った。
おかしいと思わないのか?という問いに対しては、王宮元老院で決めた事、ましてや王の決めた事に対しては逆らえないと言われた。
では、貴族はどれだけの税を納めているのか?
半年の間で、金貨20枚なのだそうだ。納められない場合は、咎められることはないのだが、翌年に納める、又は分割で納めるらしく、税に関しては問題はないとの事。
しかし、貴族間での立場が弱くなってしまう為、要は能無しの貴族として、他の貴族から馬鹿にされるらしい。なので、借金をしてでも納めているのだそうだ。
翌日、貴族領を出ることにした。
最後にベルハイツ侯爵がこういった。「王が名前を変える前はこんなことがなかったのに。」




