0162 関信一郎と三ツ谷桜花
城の最上階は薄暗く、蠟燭の火だけが灯っている。
その部屋は石畳で、寒気さえ覚える空間だ。
「来たな。三ツ谷桜花よ。」
黒いローブを目深に被った男は黒い鉱石の者だと直感で分かった。
「どうだ。俺の力は。俺と一緒にこの世界を手に入れないか?俺達ならそれが可能だ。」
「何故、そんなに手に入れたがる。」
「俺は元武将だ。国盗りは性であろう?天下統一をするのだ。」
「その為には、何人もの人を殺しても平気だと言うのか?」
「人間など、放って置けば自然と増える物よ。」
男は杖を持ち、カツンカツンと音を立てながら桜花に近寄って来た。
「俺達は似たもの同士だ。いやいやこの世界に転移させられたのだろう?だったら、この世界を手に入れても罰は当たらん。そう思わないかね?」
「そうやって、魔族を滅ぼしたのか!」
「ああ、あれか。あれは俺がこの大陸を女神から奪ったのに最後まで抵抗したからな。勇者を召喚して滅亡させてやった。計算外にも裏切りがあったがな。」
「いいか。今までは俺の支配下だったのだ。平和な世の中だった。お前が来るまではな。」
「どういう事だ。」
「この大陸の人間どもの名と加護を奪ったお陰で、全ては俺の思うままよ。300年だぞ。その間、俺が統治してきたのだ。褒められてもいいもんだろう?」
「何を言ってやがる、その間にこの世界の人間たちは何の生きがいもなく貧困に喘いでいたんだぞ!何が統治だ!民衆の為の統治ではないのか!」
「俺さえよければ、それでいいのだよ。」
男は不気味な笑みを浮かべ、窓の外を見た。空は黒雲におおわれ、大地は焼け焦げている。人の焼ける臭いが鼻に付く。
「いいか。俺は戦の時にこの世界に召喚された。死んだと思ったよ。しかしどうだ。この世界の人間は俺の事を勇者様と崇めるんだ。最初は嬉しかったよ。だから真面目に働いた。
だが、その国は貧しかった。王に金が集まり贅沢三昧、民はその日をしのぐのに精一杯だったんだ。」
「それで、殺したのか?」
「ああ、俺が後を次ぐと言ったら、民は喜んでいたよ。これで貧乏暮らしから解放されるってな。
だが、この国には金がなかった。だから、諸外国に呪いをかけこの国に金と食料を集めるように仕向けたのさ。
だが、民衆の寿命は短い。あれほど俺を慕ってくれていた者も誰もいなくなった。お前もそのうち分かる事だろう。俺達は不老不死なのだからな。」
不老不死?俺がか?そんなことは聞いていないぞ。
「なんで、俺達が不老不死なんだ?俺は知らないぞ。」
「この世界に召喚されるときの副作用のようなものだ。俺達は死にたくても死ねないのさ。だったら、俺が住みやすい世界を作ってもいいじゃないか?」
「まて、300年前の勇者は死んだのだろう?不老不死なら死なないんじゃないのか?」
「あれは、俺が召喚した者だからな。神に召喚されたわけじゃない。だから死ねたんだ。」
「お前もクリス・サリーナに召喚されたと言うのか?」
「ああ、そうだ。」
ちょっと待て、この男はサリーナに召喚された勇者なのか?だったら何故、俺が召喚された?サリーナは魔王軍が攻めて来ると言っていたが、この勇者が魔王軍という事か?
「お前は、この世界を救ったのか?」
「少なくとも、この世界は救ったさ。でもな、勇者の存在など、すぐに忘れられる。平和な世の中になれば、勇者などお払い箱さ。」
「サリーナは元の世界に帰れると言っていたぞ。」
「ああ、不老不死のままな。そんな人間は気味が悪いだろう。
俺も一時、帰ってみたが、この国で過ごした年月は余りにも長かった。
俺の知らない日本になっていたよ。この日本に俺の存在価値などなかった。だから、この世界に帰ってきたのさ。」
「どうだ、俺の話しを分かってくれたか?」
「ああ、分かった。お前がワガママな人間という事がな!」
「まだ分からんのか!一人で過ごす寂しさを!」
「寂しいから国盗りをするという感覚がわからん!そういうものだと一国の王として変わって行く世界を支えて行くのが勇者だろうが!」
「お前とは、相容れんようだな!」
男は杖を取り出した。その杖は白く光りその光だけで部屋が明るくなっている。
「俺は新しい魔法を開発したのだよ!全ての呪いを解く魔法さ。だからお前を殺すことが出来る!覚悟するんだな!」
「やって見ろ!返り討ちにしてやる!」
男が杖を振ると白い光線が走った。どうやら本当に魔法らしく壁がえぐり取られていた。
こんなのが当たったら、呪いが解かれなくとも死ぬ自信がある。
間髪入れずに発射してくる魔法を避ける事しかできない俺はまるで香港映画のようなアクションをするようになっていた。これも異世界転移のお陰なのだろうか?
今度はモロに俺を目掛けて魔法を打って来た。
思わず、刀で居合切りをしてみると斬る事が出来た。これなら応戦出来る!しかし重い。刀を見ると刃こぼれが起こっていた。
相手が魔法ならば、俺も魔法を使って応戦しよう、刀は最後にとっておくことにした。
まずは麻痺魔法を食らわしてみるが避けられてしまった。
次に爆発魔法。範囲が広いので有効打になるはずだ。
だが、範囲が広いという事は威力が低いという事、距離を取られては意味がないのだ。
「インフェルノ!」
俺の最大の火力がある魔法をぶつけてみると男は防御結界を張ってしのいでいた。
防御結界・・・。俺には出来ないんだよなぁ。一応は全ての魔法が使えるはずなんだけど。
そう言えば、毒も体得していたんだっけ?腕を四つ口に割り、毒霧を吐いてみた。
男に怯みだした。これは行ける。すぐさま麻痺魔法を食らわしたら、男は痺れて動けなくなってしまった。
もう一度、インフェルノ!業火で焼きつくそうかとしたけれど、この男は不老不死なんだよね。火傷はしているけど、見る見るうちに回復しているのが分かる。
「なぁ、お前。もう諦めればいいんじゃないか?今なら許してやるから。」
「うるさい!俺はお前を殺す魔法があると言ったではないか!お前を殺すまで引かん!これぞ、武士の生きざまよ!」
アイツの打つ魔法、刀で斬ることが出来るんだよな?だったら吸収することは出来ないのだろうか?
魔法を打って来た!俺は四つ口で喰らった!良し!これで俺も奴を殺す魔法が打てる!
「俺の勝ちだ!俺もお前と同じ魔法を打つことが出来るようになった!お前を殺すことが出来る!」
「ならば、不自由な身体にしてやろう。その後でじっくりと殺してやる。」
杖の光がオレンジ色に変わったかと思えば炎の弾が発射された。慌てて避けると今度は氷の刃が床に突き刺さる!
またもやアクションスターの如く避けていると、次は鋼の刃が天井に刺さって行く。
コイツは一体、何属性の魔法を操ることが出来るんだ?
と思ったら、いきなり暗闇に飲まれてしまった。どうやら精神支配らしい。周りに怪物が大口を開けて襲い掛かってくる。
精神支配をレジストする方法は知らないけど、以前にナツに掛けてもらった事がある。
その時のイメージを思い浮かべてみたら、レジスト効果のある魔法が発動して、精神支配を解除することが出来た。
解除した途端に、また白い光線を発射してくるもんだから、日本刀で切り落とす。また刃が欠けてしまった。
今度は刀身に炎を宿らせ、「インフェルノ!」と業火を発射する!炎は奴を喰らい、悲鳴が上がった。
すかさず、刀身に白い光、奴から奪った殺すことが出来る魔法を纏い、首を目掛け水平に刀を振る!
奴の身体からぽとりと頭が落ちた。
「ありがとう。これで、やっと死ねる。」
「お前は死にたかったのか?」
「ああ、もう生きることに飽き飽きしていた。最後に俺の名前を聞いてくれ。」
「なんだ?」
「俺の名前は関信一郎だ。覚えて・・く・れ」
関信一郎という男の首は灰となり消えてしまった。




