0147 シェラハ王国王女マリー
レストランミツヤの営業もひと段落し桜花とレストランスタッフはテーブルを囲み一息入れていた。
今日の売り上げがどうの一番よく出ているメニューはこれだとか、一番出ていないメニューの工夫をしなければなど、他愛もない話をしていると料理長のリリアは新しいメニューが出来たので、この間に試食をしませんかと厨房に入っていった。
ポトフとアランは玲子と帳簿を見ながら次に街の露店商人に教えるメニューの選抜を話し合っている。レストランミツヤは自店のメニューのレシピを他露店商人にレクチャーしている。そうすることによって国民は安価で美味い料理を日ごろから食することが出来るのだ。決して利益を独り占めしない国民に還元する考えを持ってる。そうすることで国の平穏が保たれると信じているからだ。
桜花は珈琲を飲みながらスタッフと談笑をしている。桜花は偉いのは自分ではなくスタッフだと心得ているのでこうやってスタッフの息抜きをしている訳だ。
レストランの中に広がる笑い声を遮るように扉が悲鳴と共に開いた。
「オウカさんかくまって下さい!」
慌てて厨房に掛けて行ったのはバレット国王である。
「なんだ!何があった!」
「理由は後で話します!とにかく僕はここにいないと言って下さい!」
なんだ?バレットが追われている訳は。仕事が山積みになって逃げて来たのか?いやいや、仕事熱心なバレットに限ってそれはないだろう。では何なのだ?
その疑問はすぐに分かることになる。
「バレット国王はいるかー!」
そう叫びながら飛び込んで来たのは年頃で言うと15歳位の見た目はボーイッシュな銀髪、青い瞳は輝き、薄化粧に薄紅色の唇、美しいと言うよりもどこか可愛げのある顔立ちの女性だった。
ただ、一つだけ違うのは彼女が『全身武装』をしているという点であり、右手には剣を握っている。
レストラン内を見渡す彼女に「お客様、店内で武器を持たれるのはご遠慮ください。危ないですよ」と注意をすると、彼女は申し訳ないと剣を収めた。
「ここにバレット国王ガ入ったと思うのですが、知りませんか?」
「ああ、バレットならさっき顔を見せたけど慌てて飛び出していったよ。」
「そうなのですか?お邪魔しました!」
そう言い残し彼女はバレット国王ー!と叫びながら出て行った。
彼女がやっと消えたのを確認するとバレットに出て来ても良いよと声を掛ける。スミマセン、ご迷惑をお掛け致しましたとバレットが厨房からそろりと出て来た。
「誰なんだ?決闘でも売られているのか?」
「ええ、似たような物です。全くしつこくて困っているのですよ。」
「で、いったい誰なんだ?」
「シェラハ王国第一王女のマリー様です。」
「シェラハ王国って国交を結んだ国だろ?なんでその国の王女様に狙われているんだ?国交は上手く行かなかったのか?」
「いえ、国交を結ぶことが出来たのはマリー王女の尽力のお陰です。」
「??だったら何で狙われているんだ?」
「実は・・・。」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ヤヌス王国国王、バレット殿下のお成りでございます!」
ここはシェラハ王国の王城。
国交を結ぶためにバレット率いるヤヌス王国一団は重い扉の向こうにいるシェラハ国王に謁見の為に訪れていた。
壇上にはシェラハ国王と妃、第一王子、第二王子、そして二人の王女が座っていた。
挨拶を済ませ、国交を開くべく話し合いの場を儲けて貰いたいとの要望を伝えると、渋い返事を国王がしたと思った時に待ったを掛けたのが第一王女のマリーだった。
国王の話しによるとこの王女、自分が納得をしないと答えを出さないのだそうだが、決してワガママ王女ではなく、王子、王女の中でも一番頭がよく、発言力もあるのだとか。
で、その『キレモノ』王女がバレットに向かって言った言葉が「剣を抜け」。
?と理解できないバレットを他所にマリーは剣を抜き、襲い掛かって来るので、バレットは慌てて剣を抜きこれを食い止めると、マリーはニヤリと笑いさらに剣を振って行く。王女とは言えない太刀筋にバレットも次第に本気になって行った。
マリーが振り上げた剣をバレットがいなし、マリーの持つ剣は地面に落ちた。マリーの首元に切先を向け、私の勝ちですとバレットが言うと、マリーの瞳が涙で潤んでいた。
泣きながら会場を出て行くマリー王女だったが、その後、どうも気に入られたらしくバレットがいる所いる所に顔を出すようになっていた。
事あるごとにバレットに話しかけてくるマリーであったが、そのセリフが「剣を交えよう、次は負けん」とおっかない内容で、その度に場内の庭で剣を交えるようになったのだが、バレットの全勝。これがキッカケでマリー王女はヤヌス王国との国交樹立に大きく力を貸してくれ、晴れて国交が開けたという訳だ。
ただ、負けん気の強いマリー王女はその後も試合を申し込んでくる。負けてあげれば良い物のバレットも国王という顔もあり、負けるわけには行かない。その度に返り討ちにしていた。
国交樹立を果たしたバレットはヤヌス王国に帰って来たのだが、後を追うようにマリー王女がやって来た。
そして・・・。
「勝つまで止めないと言って国まで来て試合を申し込んでくるんです~。」
バレットはミルクティーが入ったカップを両手に持ち少し落ち込んだように方を落としていた。
「いつまで、この国にいるつもりなんだ?」
呆れ顔の桜花も何故、そこまで執着してくるのか疑問に思ったのだが、先程の全身鎧の姿を見てしまったので、彼女の本気度だけは感じ取っていた。
「僕に勝つまでは帰らないと言っているんです。お付きの人たちも困っている様子でした。」
「負けてやれば良いじゃないか?お前は国王だからとつまらないプライドだけで勝負しているのか?」
「手を抜いたら抜いたで、こっぴどく怒られるのですよ〜舐めているのか!って。」
なるほど、なるほど。でも剣術が上のバレットがいつも勝ってしまうという訳か。
「試合以外の場では完璧という位の立派なレディーなんですけどね。」
「とりあえず、今日はもう帰れ。どうせ試合からは逃げられないんだし。」
「そうですよね・・・。お邪魔しました。」
バレットが店を出た瞬間にマリー王女の声が聞こえた。どうやら、捕まったようだ。
バレットがレストランを出て数時間後、そろそろレストランを閉めようかと思った時に扉が開いた。入って来たお客さんは美しいドレスを着たお嬢さんではあったが、ボーイッシュな銀髪を見てすぐに昼間にやって来たマリー王女だと分かった。
「先程ははしたない恰好をお見せして申し訳ございませんでした。」
深々と頭を下げるマリー王女を見て立派なレディーだと言ったバレットの言葉を思い出した。
「いらっしゃいませ。お食事ですか?」
桜花の問いにマリーは首を横に振り謝罪に来ただけですと言っていたのだが、このままではすまないと、せめてお茶だけでも飲まれてはいかがですか?と引き留め、テーブルに促した。
「何を飲まれますか?」
「それでは、バレット国王が好きな飲み物を」
そう告げた顔は赤みを帯び、隠すように「いつもこの店を懇意にしていると聞いたもので」と付け足していた。
ミルクティーが入ったカップに唇を付けると「まぁ〜、風味豊かなのですね。とても美味しいですわ!」と大絶賛、がぶ飲みのバレットと違い一口飲んでは香りを楽しみ、余韻に浸ると優雅な味わい方をしていた。
「是非とも私の国にもこのレストランを出店して欲しいですわ!」
「お褒め頂き、ありがとうございます。ただ、出店となると私はオーナーではありますが、妻に任せっきりですので、私の一存ではお答え致しかねます。」
「あら、そうなんですの?女性に任せるとは、ご主人様は信頼されているのですね。素敵な事だと思います。」
「ありがとうございます。」
昼間とは違う淑女のマリー王女と話していると扉が開く音と同時に「こんばんは〜、いつものステーキ食べさせてください。昼間は食べ損じてしまいましたので・・・。」
バレット・・・。何てタイミングの悪い奴だ。その原因がここにいるのだぞ。
「おい!バレット!」俺は慌ててバレットに目くばせをする。
「へ?なんですか?」
バレットが気づいた時にはもう遅い。マリー王女は大きな瞳を涙目に変え、今にも泣きそうに「ごちそうさまでした」と足早に去って行った。
「バレット!お前が悪い!今すぐ追いかけろ!」
「わ、解りました!」
バレットは足早にマリー王女を追いかけて行った。




