0144 二人の吸血鬼
「こちらです。」案内してくれたのは、岩山の奥地、どうやら高い岩が要塞の壁のようになっていて、ここから弓を引いたようだが、どうやったのかわからない。なぜなら、この岩の壁のお陰で守られているのだが、逆に言えば目標が見えないのだ。
「弓はエルフが引いているのか?」
俺は、多分そうなんだろうと当たり前のように聞いてみるのだが、弓もゴブリンが引いているのだという。どういう方法を取っているのかと言うと、目標を見る役が、指示を出しているのだそうだ。
「何のこのこと帰ってきているんだ!」
罵声が響き渡るのを聞くや否や、ゴブリン達は身を震わせていた。
声がする方を見ると木の葉のように長い耳を持った男性が鞭を持って立っていた。
「申し訳ございません!この者達は敵ではありません!」
ゴブリンのカシラは必死で応えているのだが、問答無用で鞭が飛んできて、顔面を捉え、カシラは地面に這いつくばり、申し訳ございませんと頭を地面にこすりつけていた。
しかし、不思議な光景である。どう見てもゴブリンの方がガタイが良い。その気になれば勝てそうなのに、何故、反抗しないのか?
「あの、話しを聞いてもらえますか?」
俺は、ゴブリンを庇う様に前に出、両手を広げるジェスチャーをした。
何と言っても、エルフ族をサイゲの森で保護しなければならない。しかし、このエルフは余りにも狂暴すぎる。
「お前は、何者だ!」
エルフが鞭を手にしながら聞いてくる。これは下手な答えを出すと飛んでくるんだろうと、慎重に言葉を選ぶ。
「我々は、サイゲの森にいるエルフ族の長老達に頼まれて、この森にやって来たのです。その訳は、あなた達をサイゲの森で保護をしたいとの要請です。
俺の話しを聞いたエルフは「?」と云った顔をしている。どうやら理解をしていないのか、聞く耳を持っていないのかのどちらかだと思うのだが、すぐさま真剣な顔つきになった。
「ああ、サイゲの森のエルフ達か。奴らは元気にしているのか?」
「ええ、皆さん元気にされていますよ。」
エルフの男性は、一安心をしたのか、鞭を降ろした。
「奴らは、我々が庇護をしていた者達だ。元気そうで良かった。」
笑みをこぼしたのだが、それも束の間、なぜ、それを先に言わないのだとゴブリン達に鞭の仕置きを連打する。
「止めてあげてください!そもそもゴブリン達は我々を警戒して、攻撃をしてきたのです。それは、自衛対策としては、当然だと思います。」
それもそうかと、鞭を引いたのだが、心なしかまだ打ち足りないかのような顔をしている。この人は日本に居ればSMクラブで働けるんじゃないかとも思うのだが、さすがに男性の女王様は募集はしていないか・・・。
「お聞きしたいのですが?」
「なんだ?」
「何で、ゴブリンが奴隷なのですか?腕力では彼らの方が強いと思いますが?」
男性は左手に脈打つ心臓を見せながら不敵な笑いを見せ付ける。
「こいつらの心臓は、全て我々が持っているのだよ。逆らう奴は心臓を潰す。だから、奴らは我々には逆らえないという訳さ。」
「皆さんには魔法があるのでしょう?なのにゴブリンを使う意味が解らない!」
「我々だけでは、守り切れない。だからゴブリンを使うまでよ」
男性は当たり前のように答え、心臓を握るとゴブリンのカシラはのたうち回った。その状態を男はニヤニヤと笑いながら眺めている。全く、悪趣味極まりない。
「止めろ!止めてやれ!ゴブリン達を解放しろ!」
俺の訴えを素直に聞くはずもなく、更に心臓を握る手に力が入ると同時にゴブリンは悲鳴を挙げながらのたうち回る。
「なぜ、ゴブリンを解放しなければならない。コイツラは、私の奴隷だ。私のいう事は絶対なのだ。逆らう事は許されないのだ。」
「どうして、そこまでするんだ!ゴブリンの力を頼っているのは、何か守る物があるのか!」
「ほう、なかなか勘がいいな。確かにある。が、お前らには関係ない事だ。」
男性は心臓を握る手を止め、ゴブリンは冷や汗を流しながら、片膝をつき座っている。
一つ、気になることがあった。男性以外の者の姿が見えないのだ。サイゲの森では多数のエルフが襲ってきたのだが、ここではエルフではなくゴブリンが襲ってきた。もしかすると、このエルフ一人だけなのかも知れない。
「一つ、聞いていいか?」
「なんだ。」
「他のエルフはいないのか?」
男性は図星を付かれたかのように顔をゆがめるのだが、今更という感じで正直に私一人だと答えた。なるほど、だからゴブリンを使っているのか。
「言っておくが、お前らの態度次第では、お前の心臓も頂く。下手な動きをするんじゃないことだ。」
男性がよそ見をした瞬間、「ライトニング!」玲子の雷魔法がエルフに直撃、たまらず、ゴブリンの心臓を落としてしまった。しまったと慌てて心臓を拾おうとしたが、既に遅く、心臓は桜花の手に落ちて来た。
「フフフ、心臓の一つや二つ落としたところで、痛くも痒くもないわ。他のゴブリンの心臓を潰してやる!」
男性が奥の部屋に入ろうとした瞬間に「サンド・チェーン」ポトフが土の鎖で動きを留め、一気に俺達は男性を押さえ、喉元に切先を向けた。
さすがに、数人に押さえこまれた男性は観念したのか、ゴブリンの心臓は返すから命だけは助けてくれ。でないと、あの方たちを守ることが出来ないと叫んだ。
沢山の心臓が空を舞いゴブリン達の身体に入って行き、元に戻ったと喜んでいるのだが、ゴブリン達は、今までの恨みを晴らさんと集団で集まってくる。俺は、止めておけというと俺に忠誠を誓うと言った手前、誰もが引き返した。
「それで、何を守っているんだ。エルフの王か何かか?」
男性は何を言っているのだと云う顔で俺を見ている。そして口を開いた。
「私はエルフではない。吸血鬼だ。」
は?吸血鬼?この男が?吸血鬼と言えば、太陽の下には出れないと思うのだが、この男性は日差しの下に出ているし、なんと言っても肌が健康的な褐色だ。確かに口元に牙が生えていることが確認できるが、それ以外はエルフと同じ特徴だ。
「その、吸血鬼が何を守っている?」
男性は、観念したかのようについてこいと俺達を案内した。その通路は暗く細長い。通路の先にある日本で言う所の10畳程の広間に出た。部屋の中は石造りで、窓もある。その窓からは木漏れ日が差し込み、鳥の鳴き声も聞こえる。
その部屋の中に棺が二つ並んでいた。
「この棺こそ、我々吸血鬼の祖が眠られている場所だ。」と棺を開くと、白骨化した亡骸が横たわっている。
「このお方は、勇者がやってくるのを待ってるのだ。それが、女神クリス・サリーナ様との約束だからな。」
は?サリーナが関係している?吸血鬼と?しかも約束までしていると云うのはどういう事なんだ?訳が解らないのだが、ここは素直に打ち明けるしかないだろう。
「あのさ、俺はサリーナに呼ばれてこの世界に来たんだよ。信じられないと思うけど。」
男性はポカンとしている。そりゃそうだ。目の前に勇者と名乗る者が現れたのだから。
「お前が本当に勇者なのか、確かめる方法がある。この遺体にお前の血を与えよ。本物ならば、我が祖はよみがえる事が出来る。」
俺は分かったと、刀で腕を斬り、骸骨に血を垂らした。
すると、骸骨に内臓が、脳や心臓が現れ、筋肉が皮膚を纏い一人の男前の男性が現れた。
「誰や、ワイを起こしたんは?あんたか?」
「そ、そうです。」
「そうか、おおきにな。悪いけど、そっちの棺桶を頼むわ」
もう一つの棺を開け、同じように血を垂らすと、みるみると肉体が蘇って、美しい黒髪の美女の形になっている。のだが・・・。
「あ~、よ〜寝たわ。何年振りやろ?棺桶から出るって。」
吸血鬼の二人は、俺の血で蘇ったのだ。よって、この方は勇者で間違いないと説明をしているのだが、二人は、聞く耳を持たずに大きなあくびをしている。
「あ~あんたか?あんたが勇者か?えらい男前やんか?」
「せやな。ワイの若い頃にそっくりやで!」
「何、ゆ〜てんの?こっちの兄ちゃんの方が男前やで!」
「さよか。」
何故、関西弁なんだ?




