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Venus And The SAKURA  作者: モカ☆まった~り
ハイマギーの森編
138/165

0137 桜花、鉄を打つ

 心の修行って言っても、何をすればいいんだ?

 滝に打たれる?でも、あれって、気合だけで精神修行って感じじゃないんだよね。となると、やはり「あれ」しかないな。


 俺は久しぶりに実家に帰ることにした。


「ただいまー!」

 はーいと出迎えてくれたのはムッタ・ゴラン。ドワーフ国の王にして棟梁と言わしめる職人でもある。

 その棟梁がなぜ、俺の家にいるのかと言えば、刀匠である俺の親父に弟子入りを果たしたからで、目下のところ修行中である。


「棟梁、久しぶり!どう?修行の方は?」

「お前の親父さん、えらく厳しいな!最初の半年は鉄の珠の仕分けしかさせてもらえなかったんだぞ!」

「ああ、俺もやりましたよ!それ!」

「何の意味があるんだ?」

「鉄の違いの見極めですよ。」

「それが判ったからって、何の意味があるんだ?」

「その鉄に合わせた火の温度・火力、叩き方が解るんだそうです。」

「本当かねぇ~。」

「おーい!ムッタ!どこにいる!」

「へい!ただいま!じゃ、またな!」


 刀匠の道は厳しい。その中で「人間国宝」と言われる親父に付いたんだ。頑張ればいい職人になれるだろう・・・。



 時間はかかるけどな。



 俺は親父がいる工房に向かう。工房に近づけば近づくほど熱気が襲ってくる。

 窓全開、扉全開でも絶対にサウナよりも熱い部屋で鉄を叩いている親父の姿があった。

 親父、少し若返ってないか?あれから5年経っているはずだから、80超えてるんだぞ!「見た目60代」じゃないかよ!生きがいを見つけるってことは、こんなにも人間を若返らせるものなのかね。


 カンカンカンと鉄を打つ音が響く、この音が鳴っている間は声を掛けてはいけない。小さな頃から、身体で覚えてきた習慣だ。どちらかと言えば温厚な人柄ではあるが、仕事の話、さらに言えば鉄を鍛えている最中に声を掛けようものなら殺されても文句が言えないぐらい怖い人に変わる・・・。それが俺の大好きな親父の姿だ。


 鉄を打つ音がなくなった。話しかけても大丈夫なタイミングだ。


「ただいま、親父!」

「おう!久しぶりだな!」

「実はさ、相談があって。」

「解った。何日だ?」

「3日。」

「いいだろう。お前を鍛えてやる!」


 俺達のやり取りにムッタは訳が分からない。

 その様子を察した親父が説明をする。


「アイツはな、悩み事や何かを乗り越えたい時にここで鉄を打って行くんだよ。」

「ただ、鉄を打つだけですかい?」

「馬鹿言うな、お前よりも厳しい指導をしている。」

「え?でも刀匠じゃないんでしょ?なのに、どうして?」

「アイツは刀工こそならなかったが、職人だよ。鉄の声を聞こうと努力している。」


 親父は笑いながら、そこが桜花とお前の違いだな!とムッタの悪い所を指摘した。



 その日の夜。


 母親が晩御飯に、同じ物を2種類作っている。

 何故、2種類なのかと言うと、親父とムッタは毎日のように火の前にいる為にものすごい汗をかく、それを補う為に、塩分が高い料理を好むようになるのだが、同じものをお母さんが食べると、完全に塩分過多なので内臓を壊してしまう。だから2種類なのだ。


「桜花ちゃんも、明日からこっちの料理を食べるんだね。」

 お母さんも、俺が何も言わなくても解っているらしい。


 久しぶりに実家で食べる母の味。親父は1合だけ日本酒を飲む。お気に入りは菊正宗の2級だ。

 以前は、なんで特級じゃないの?と聞くと自分への戒めだと言っていた。

 その当時は解らなかったけど、今では自分に奢りの心を持ってはいけないという理由だとわかる。


「で、今回は何を作るんだ?」

「いつもの包丁でいいよ。」

「お前も一振りぐらい刀を打ってみないか?俺もそう若くはない。教えられるときに俺の真髄をお前に叩き込んでやる。」

「俺がどんなに頑張ったって、親父の鍛えた刀には遠く及ばないよ。」

「当たり前だ!わっはっは!」

 親父は2級の日本酒を美味そうに飲んでいた。



 翌日。


 朝の4時に起床。神棚へのお供え、工房の掃除を始める。

 6時に朝ご飯。塩分高めの味噌汁とたくあん、おにぎり2個。これは変わらない。

 6時30分。鎌に火入れ開始。今回は俺とムッタ棟梁と一緒に火入れをする。

 最近ではガスで火を使っている所が多いが、ウチは相変わらずの炭と薪。それをふいこという空気を送る道具を手動で動かし、火の温度を高めていく。

 7時30分。親父の工房入り。朝の挨拶と材料の準備、今日はどこまでやるかの確認をする。


「おい、桜花。お前が打つ刀の鉄を選べ。」

「はい!カシラ!選ばせて頂きます!」

 俺は、鉄の珠を持って来て、親父に見せる。

「馬鹿野郎!こんな鉄で刀が打てるのか!もっと真剣に選べ!時間はかかっても構わん!納得のいく鉄を見つけろ!その間はムッタを鍛える!」

「はい!ありがとうございます!鉄を選ばせて頂きます!」


 こんな感じで始まって行くのである。その時の親父の顔と来たらもう鬼よりも怖い。でも、真剣だから故の愛なのだ。俺は聞き方によっては勘違いされるかも知れないけれど、真剣に叱ってくれる人が大好きだ。俺もそうありたいと、常に思っている。


 鉄を選んでは叱られ、また選んでは叱られを繰り返し、ようやく打つ鉄が決まった時は昼ごはんの時だった。


 昼ごはんも塩分高めの味噌汁に乾燥させたウルメが3本。梅干しが入ったおにぎりが2個。これも変わっていない。


 昼食も終わり、再び火を起こす。これは弟子の仕事。親父はと言うと、ムッタ棟梁が打った鉄と、俺が選んだ鉄をくまなく観察をし、作業に入る前に指導が入る訳。次回に指摘した所が出来ていなかった場合、親父の蹴りが入る。そして、その日は鉄を打たせてもらえず、ただ、ひたすら火の番をすることになる。


 この厳しすぎる親父の指導に付いていけない弟子が多かった。でも、最後までついていった人は名工と謳われるようになっている。なので、親父の指導方法は間違っていないと俺は思いたい。


 昼からは、俺が鉄を焼き、打つ作業に入る。ムッタ棟梁は刃を付ける研ぎの練習をする。

 窯の前は本当に地獄で、何で燃えないのだろうという位に熱い。そんな窯を前に一日中、座って鉄を叩く。


 親父から指導が入った。やみくもに打つな!鉄の声を聞け!

 多分、鉄の珠の中には不純物や気泡が入っていて、どうやって打てば限りなく純粋な鉄に仕上げることが出来るかを考えろというのが、親父の言う「鉄の声を聞け!」なのだと思う。

 現代科学を持ってすれば100%は無理としても純度の高い鉄の抽出は可能な技術だが、それでも、親父の打った刀には勝てない。これが「匠」と言われる所以だと思う。


 俺は、昔の技術を思い出しながら鉄を打つが、まだ勘が取り戻せていない。

 しかし、明日中には刀の形にしなければならない。研ぎの時間があるからだ。

 多分、今夜は徹夜になるだろうと思いながら、一心不乱に鉄を打ち込む。

 親父の蹴りと共に指導が入る。それを念頭に置いて鉄を打つと、また蹴りが入る。これを繰り返していくのだ。

 何度も蹴られている俺を見ながらムッタ棟梁は、俺には手を抜いていた訳か。と自分自身をいさめる。そして親父に厳しい指導をお願いしますと願い出る訳なのだが、その瞬間に親父の蹴りが入った。「偉そうにするんじゃねぇ!この若造が!」が理由らしい。


 鉄が打ち終わったのは夜中の2時。


 これで、後は刀の形にすればいいだけ・・・ではない。鋼を作らなければならないのだ。

 日本刀という物は鉄と鋼の三重構造になっていて、それゆえにしなやかで切れ味がありながらも、そこそこ耐久力があるように仕上げられている。鉄だけでは骨を折る事しかできないヨーロッパの剣よりも軽く、斬る、折る事が出来るのは日本刀だけ。この理由から、世界最強と日本刀が言われる理由なのだ。



 1時間だけ仮眠を取って、明日は鋼と鉄の組み合わせまで頑張ろう・・・。




※刀を打つ工程などは、全て想像上の物で、事実とは異なります。ご了承下さいませ。


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