七話
舞踏会の翌日ーー。
今日は学院はお休みで、ルーフィナは朝からショコラと屋敷の庭で走り回ったり芝生に寝転んだりとして散々遊んだ後汚れてしまったので着替えようと自室へと戻って来た。因みにショコラは大嫌いな湯浴みの真っ最中だ。あれだけ大きな身体だが昔から水が苦手で何時も湯浴みの時は身体を縮こませている。可哀想だが、とてつもなく可愛い! という事で早く着替えて見に行かなくてはと焦る。
「失礼致します。ルーフィナ様宛に花束が届いております」
慌てながらマリーに着替えを手伝って貰っていると、別の侍女が部屋に入って来た。手には薔薇の花束を持っている。
「ありがとう、何時も通り花瓶に生けておいて」
「かしこまりました」
黒い薔薇の花束ーー。
この屋敷に来てから毎月欠かす事なく届けられている。差出人は不明。初めて花束が届いた頃は、使用人達は怪しんでそれこそ花弁を一枚一枚千切って毒が含まれていないかなど入念に調べていた。勿論その手の専門家にも依頼して調べて貰ったが、何のことはないただの薔薇だった。花に罪はなく捨てるのも可哀想という事で、それからは何時もロビーに生けている。
どうせなら黒ばかりじゃなくて赤とかピンク、黄色など、たまには別の色にして貰えたら嬉しいなと思う今日この頃だった。
(どうしてこんな事に……⁉︎)
休み明け、ルーティナが学院へと登校すると先日の舞踏会の話で持ちきりだった。その内容は王太子のエリアスと婚約者のリリアナが婚約破棄寸前で、その原因はルーフィナにあるという事だ。そこまでは強ち間違いとも言えないので構わなくなはないが仕方がない。だが問題はその後だ。ルーフィナがエリアスを寝とったらしい……。更には昔からルーフィナとエリアスは愛人関係にある、二人は結婚の約束をしている、エリアスは幼女趣味などなど有る事無い事噂になっていた。噂には尾ひれ背びれが付きものというが、流石に此処まで酷いと悪意を感じる。
「はぁ……」
なんとか一日を終えたが、今日は本当に最悪な一日だった。教室で座っているだけで好奇の目を向けられヒソヒソ、廊下を歩けばクスクスと笑われ、教師からは腫れ物扱い。
放課後になりルーフィナは帰宅すべく馬車へと向かっているが、凄く気不味い……。
「ルーフィナ、大丈夫?」
周囲から痛いくらいの視線が突き刺さる。
隣を歩くテオフィルが心配をして声を掛けてくれるが、笑顔が引き攣ってしまう。
「舞踏会に行った知り合いから聞いたけど、僕達が帰った後王太子殿下とその婚約者が更にヒートアップして凄かったって。二人共ルーフィナ、ルーフィナ連呼してたらしいから、まあこうなるよねー」
確かに……それはこうなるかも知れない。呑気に話すリュカの言葉に妙に納得をする。そして凄く迷惑な話だ。
「しかも凄いのがここからで、あの状況でテオフィルがルーフィナを連れ出したもんだから、王太子殿下を寝取ったけど飽きて捨ててテオフィルに乗り換えた、とかも言われてるらしいよ。ルーフィナ魔性の女説だって」
心なしかリュカが楽しそうに見えるが、気の所為だろうか……。それより魔性の女って何⁉︎ 私ファーストキスすらまだ何ですけど……。
「テオフィル様まで、巻き込んでしまって本当にすみません……」
やはりあの時、幾らテオフィルから提案してくれたといえパートナーは断るべきだったと反省をする。今現在テオフィルに婚約者や恋仲などはいないが、もしいたら大変な事になっていた。彼にとってはとんだ貰い事故だ。
「ルーフィナは悪くないんだから謝る必要などない。寧ろ君と噂になれるなんて光栄だよ」
相変わらず優しくて、爽やかだ。本当に良い人で、今日は一段と輝いて見えた。令嬢達から人気があるのが頷ける。
「それに人の噂も七十五日っていうからね、暫くしたら皆飽きて忘れてしまうよ」
馬車の前まで二人に見送って貰い、ルーフィナが乗り込もうとした時だった。遠くの方から人を跳ね除けながら勢いよく駆けて来るベアトリスが見えた。確か今日は図書室に寄るから先に帰って欲しいと言われていた筈だったが……。
「ルーフィナ様! 大変です! 私、お金持ちの旦那様と結婚する方法がないか図書室で本を読み漁っていたんですけど、ルーフィナ様が王太子殿下の愛人で、リリアン様に嫉妬して王太子殿下との婚約破棄を迫り階段から突き落として、更にはテオフィル様に乗り換え浮気中でヴァノ侯爵の逆鱗に触れて離縁されると噂されています!」
「……」
情報量が多過ぎる……だが此処まできたらもう驚かない。どうでもよくなってくる。それにたった二日の間で一体どれだけ噂が駆け巡るのか……ルーフィナは社交界の恐ろしさを痛感した。
それにしても、お金持ちの旦那様と結婚する方法は多分図書室にはないと思うのだが……ベアトリスに教えてあげるべきか悩む。