六話
紫を帯びた銀色の艶やかな髪と青く澄んだ大きな瞳、陶器の様な白い肌に細い肢体、華奢な身体に似つかわしくない程の胸元の膨らみーー惹きつけられ目が逸らせなかった。顔に熱が集まるのを感じ思わず手で覆う。
男に手を引かれる彼女に、何を思ったかクラウスは足を踏み出していた。
「クラウス?」
カトリーヌの声にふと我に返る。
(僕は何を……追いかけようとしていのか? 追いかけてどうする? 今宵パートナーを断った事を非難でもするか? 莫迦莫迦しい……)
「おい、大丈夫か?」
「別に、何もないよ」
もしかしたら顔が赤くなっているかも知れないと思い、アルベール達から顔を背けた。あからさま過ぎて不審がられているが、仕方がない。
「それにしても……奥方可愛かったな! いや〜羨ましいな。あんなに可愛いのに放っておくなんて勿体無い事するよな。俺なら毎晩でも可愛がるのにさ」
だが流石アルベールだ。三歩歩けば忘れる。いきなり何を言い出すかと思えば、無神経にも程がある。だが正直余計な詮索をされずに済んだので救われた。ただアルベールの下品な物言いに眉根を寄せる。
「あら手を引いていた彼も、中々素敵だったわよ。見た目からして歳も近い様だし、お似合いのカップルじゃない?」
珍しくアルベールのくだらない話に乗っかるカトリーヌにも呆れ、又何故か二人に無性に苛ついた。
「それより急用を思い出したから、僕は先に失礼するよ。カトリーヌ、すまない」
「え、クラウス、それなら私も一緒に……」
何か言われたが一秒でも早くこの場から立ち去りたかったので、聞こえない振りをする。
人混みを縫う様にして出入り口へと向かう途中、エリアスとリリアナが未だに言い争いをしているのを尻目に通り過ぎ鼻を鳴らした。
城門の内側に待たせてある馬車に乗ろうとしたが、前方に人影が見え咄嗟に柱の陰に隠れた。
「ルーティナ」
青年が彼女の名前を呼び、手を差し出すと馬車へと一緒に乗り込む姿が見えた。
(まだ居たのか……)
馬車が出たのを確認したクラウスは、ヴァノ家の馬車に一人乗り込みそのまま帰路に着いた。
「お帰りなさいませ」
「仕事が溜まっているから、早目に切り上げてきた」
ロビーで出迎えたジョスに外套を脱ぎ手渡す。何か言いたげな顔をしているので、余計な詮索をされる前に先手を打った。それに別に嘘では無い。仕事は執務室に山となっている……。
「左様ですか。ではお水をご用意致しますか?」
「いや、少し飲み直したいからワインにしてくれ」
ジョスには仕事を言い訳にしたが、結局今夜はやる気がせずに手付かずのままだ。
クラウスは窓辺に座りワイングラスに口を付ける。薄暗い部屋をカーテンの隙間から射し込む月明かりが照らす様子を茫然と眺めた。
アルベールに言った様に彼女とは別れる、それが最良だろう。
彼女とは八年前に一度だけ顔を合わせた事がある。といってもあの時はまともに顔なんて見なかった。
それはある日突然、何の前触れもなく父が勝手に結婚を決め彼女を連れ帰って来た。事情は説明されたがどうしても納得がいかず反発をしたが今更で、彼女を突き返すなど出来ず受け入れざるを得なかった。別に政略結婚が嫌だとか言うつもりはない。貴族に生まれたからには当然の事だと理解している。だが流石にまだ八歳の少女と結婚させられるとは思いもしなかった。クラウスにそんな趣味はない。
だが野心家の父にはそんな事は関係なく、差し詰め国王に恩を与え王族との繋がりを得たいなどの下らない理由だったに違いない。ただその父も疾うに亡くなっているので真意は分からず仕舞いだ。
今更彼女に興味や関心などある筈がない。この八年、ずっとそうだった。なのに何故だが先程見た彼女の姿が脳裏に焼き付き離れないでいる……。
「莫迦莫迦しい」
クラウスは残りのワインを煽ると、覚束ない足取りでベッドへと横になった。




