十九話
「お待たせしました」
ルーフィナは正門前で相変わらず女子生徒等に囲まれているクラウスに声を掛けた。
「じゃあ、帰ろうか」
当然の様にルーフィナの腰に手を回すクラウスに苦笑するが、最近は毎日迎えに来るのですっかり慣れてしまった。
背中越しに残念そうな女子生徒等の声が聞こえてくるが、彼はしれっとしており背を向けた瞬間真顔になった。彼の外面の良さには本当に感心してしまう。
「侯爵様、送って頂きありがとうございました」
「あぁ、またね」
「あの!」
馬車がルーフィナの屋敷に到着すると彼は先に降りて手を差し出す。ぶっきら棒ではあるが、最近は誰も見ていなくても気を使ってくれる様になった。そして彼は屋敷に立ち寄る事なく帰って行くのだが……今日はクラウスが馬車に乗り込む前に声を掛けた。
「……何?」
「実は美味しいお茶を頂いたんですけど、ご一緒に如何ですか?」
彼は目を見張り固まってしまった。毎朝届く花束と迎えに来てくれるお礼のつもりで声を掛けてみたが、もしかしたら迷惑だったかも知れない。黙り込むクラウスにルーフィナは「お忙しい様でしたら無理には……」と言い掛けるが途中で言葉を遮られた。
「分かっていると思うけど、僕もそう暇じゃない。まあでも、僕は妻からのお茶の誘いを断る様な無粋な男ではないからね」
要するに一緒にお茶をするという事だろうか……。だが正直忙しいのを無理して引き留めるのは気が引ける。
「あの、それでしたらご無理をして頂かなくて大丈夫……」
「そんな所に突っ立ってないでさっさと行くよ」
「え……」
ルーフィナが戸惑っている間に、気付いたら彼はルーフィナを追い越していた。
(何時の間に⁉︎)
「お茶をご馳走してくれるんだろう?」
「は、はい」
先に歩き出したクラウスの後をルーフィナは慌てて追いかけた。
天気も良く折角なので中庭でお茶にする事にした。因みに例の如くショコラはクラウスの後ろで見張っている。だが今日は眠いのか身体を伏せ目を閉じていた。たまに片目で彼を確認する姿は可愛い過ぎるとルーフィナはときめいた。
四人掛けの白く丸いテーブルに向かい合ってルーフィナとクラウスは座った。テーブルの上には既にスコーンにクリーム、木苺のジャムが用意されている。大好きなスコーンにルーフィナは浮かれるが、今日の目的はあくまでお茶であり尚且つルーフィナは持て成す側だ。粗相をしないよう十分に気を引き締めないといけない。
そんな事を考えていると、ジルベールがお茶を二人分淹れてくれた。紅茶の良い香りがする。
「うん、良い香りだ。……少し甘めかな」
ルーフィナは昨日飲んだのだが、彼の言う通りこの紅茶は花の様な香りと甘さが強いのが特徴だ。
「異国のお茶なんです。ペルグラン国では出回ってない代物で態々他国まで買い付けに行かないと手に入らないらしいんです」
「それは貴重だね。それで……これは誰からの頂き物なの?」
「テオフィル様からお裾分けして頂いたんです」
そう答えた瞬間「へぇ……あの彼か」と言ってニッコリと笑った。
実はこのお茶、テオフィルから貰った物だった。たまたま手に入ったからとお裾分けして貰ったのだが、貴重だしとても美味しかったので一人で飲むのは勿体無いなと考えていた時、ふとクラウスの事が頭に浮かんだ。正直花束も迎えもルーフィナがお願いしている訳ではないので恩に着る必要はないとは思う。だがやはり幾ら花が余っているからといっても貰っている事は事実だ。まあ部屋が赤い薔薇だらけで少し困っているのも事実だが……それでも花は好きなので素直に嬉しい。迎えは……ちょっと良く分からないが、先程も話していた様に彼だって忙しい筈でそんな中で時間を割いて来てくれている。まあルーフィナが頼んでいる訳ではないが……。そう考えるとやはりお礼はするべきだと思っていたので、頂き物のお茶もある事だしと誘ってみた。
「流石公爵家は違うね。そんな貴重な物を簡単に友人にあげてしまうなんて。それか彼が良い人なのかな、慈善活動的なね」
「はい、テオフィル様は本当に優しくて良い方なんです。私、何時もお世話になりっぱなしで」
慈善活動とは一体……。
クラウスの妙な物言いが気になるが、取り敢えず聞かなかった事にした。
たまに物を落としたり、たまに躓いたり、たまに忘れ物をした時など何時も困り事があると助けてくれる。勿論それはテオフィルに限った事ではなくベアトリスもリュカも同じであり、本当に良い友人達だと自負している。
「へぇ……」
「?」
「そうだ。今度、僕のお勧めのお茶を持ってくるよ。爽やかでフルーティーな香りだから、きっと君も気にいる筈だよ」
和かだが目が笑っていない様に思えるのは気の所為だろうか……何かしてしまったのかとルーフィナは悩む。
「ルーフィナは学院は楽しいかい?」
不意にそんな事を聞かれルーフィナは目を丸くした。まさか彼から世間話をされるとは思わなかった。絶対にルーフィナの学院生活など興味なさそうなのに……。
「はい、勉強は余り得意ではありませんが、良い友人達に恵まれているので毎日がとても楽しいです」
ルーフィナはテオフィルやベアトリス、リュカの事を順番に話すが、心なしかテオフィルの話の時だけ目が据わって見えた。多分これも気の所為だと思う……。
「えっと、侯爵様が学生だった時はどの様な感じだったんでしょうか。アルベール様方とはその頃から仲が宜しかったんですか?」
話題を変えようと彼の事を聞いてみると、一瞬間があり彼は口を開いた。
「……うん、そうだね。何時も五人一緒だったよ」
「?」
(五人? でも確か、コレット様は皆さんより歳が二つ上だった筈だけど……)
「あの五人とは……」
疑問に思い訊ねるが、クラウスは何も答えず話を進める。聞こえなかったのかも知れないと、ルーフィナは気にしない事にした。
「僕は常に勉強も剣術も上位だったんだ。首位を取る事も珍しくなかったよ。まあヴァノ侯爵家嫡男として当然の事だけどね」
「流石侯爵様です、テオフィル様と同じですね」
「……」
ルーフィナの言葉にクラウスの顔が引き攣って見えるが気の所為だろうか……。
それにしても今日は気の所為が多い日だなとルーフィナは思った。
「所で、君は先程勉強が得意じゃないと話していたがそれは本当なの? 謙遜とかじゃなくて?」
「えっと……はい、本当です」
正直、ルーフィナの成績は中の下だ。それは入学当初から変わらない。因みにテオフィルは先程クラウスに言った通り常に上位であり、リュカはそれより少し下、ベアトリスは下の上といった所だ。
「それは感心しないな。ヴァノ侯爵夫人としての自覚が足らないんじゃない?」
「すみません……」
まさかお茶に誘って説教される羽目になるとは思わなかったと項垂れる。ちらりと助けを求めてショコラへと視線を向けると、寝ていた……。
「仕方がない、家庭教師を雇おうか」
「え⁉︎ そこまでして頂かなくても大丈夫です!」
毎日帰宅後や休日返上でスパルタ教育を受け嘆いている未来しか見えない。流石にそれは嫌だ……。
ルーフィナは必死にクラウスに家庭教師は不要だと訴える。
「分かった、なら僕が勉強をみよう」
「え⁉︎」
何故そんな発想になるのか、呆気に取られてしまう。家庭教師も嫌だが、それもちょっと……。
「何? もしかして、嫌とか言わないよね」
「い、いえ……嫌ではないです?」
思わず本音が出てしまい彼から睨まれた。




