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一話

 

 ヴァノ侯爵家本邸ーークラウス・ヴァノ、若き侯爵であり、この屋敷の主人だ。色白で絹の様な美しい蜂蜜色の金髪だけを見るならば、一瞬女性と見違えてしまうだろう。翠色の瞳は宝石の様だ。クラウスが家督を継いだのは今から八年程前の事で、当時はまだ二十歳だった。父である前ヴァノ侯爵が病で急死してそのまま受け継いだ。

 


「そうか、もうそんな歳になるのか……」


 執事のジョスから、次の舞踏会で妻のルーフィナの社交界デビューすると聞かされ使っていたペンを置いた。


「分かった。彼女には舞踏会の日の夕刻に迎えに行くと伝えておいてくれる?」

「承知致しました」


 あれから八年……妻である彼女とは一度顔を合わせたきりで会っていない。時折りジョスが気を回しているのか知らないが、お節介な事に彼女の近況を報告してくるので元気でやっている事は知っている。

 政略結婚で歳も随分と離れており、嫁いできた当初彼女はまだ八歳で自分は二十歳だった。親子程ではないにしろ、兄妹というには少し離れている。正直一体どうしろというんだと父に腹が立ったが、決まってしまった事にはどうしようもなかった。


 数日後ーー何時も通り書類に目を通していると、クラウスはふと舞踏会の件を思い出した。


「そう言えば、彼女には舞踏会の事は伝えてくれたのかい」

「はい……ルーフィナ様のお屋敷に使いを送りお伝えは致しましたが……」


 気不味そうに口籠るジョスに、クラウスは眉根を寄せる。伝えたならば報告の一つくらいしてもいいのではと思い呆れる。ジョスはクラウスより幾分か歳上ではあるが、家令としては年若く未熟な所がある。そもそも気の優しい性質であり人がいい故かたまに頼りない。だが仕事振りは真面目で優秀であり、以前このヴァノ家本邸で家令を務めていたジョスの義父も彼の仕事振りを買っていた。それ故に残念でならないが、ジョスの長所でもあると考えているので仕方がないと諦めている。


「それで、どうしたの」

「その、非常に申し上げ難いのですが……ルーフィナ様は既に別の方とお約束なさったと仰っていらっしゃるらしく……クラウス様とご一緒は出来ないと……」

「……は?」


 一瞬自分の耳を疑った。理解するまでに数秒を要し、ジョスの言葉の意味は理解出来るがやはり何を言われたのか理解出来ない。思わず間の抜けた声が洩れた。




「あははは!」

「煩い、笑うな」


 数日前の出来事を話すと友人のアルベール・ブロリーは余程面白かったらしく大口を開けて笑う。こんなのでも一応侯爵令息であり騎士団ではそれなりの立場にあるのだから、ある意味凄い。


「アルベール、幾ら何でも笑い過ぎですよ」


 アルベールを注意をしているが、当の本人の顔を見れば含み笑いをしている。黒髪に琥珀色の瞳、ズレた眼鏡を直しているのはラウレンツ・ドーファンだ。彼もまたクラウスの友人で、次期公爵として今は修業中だ。


「それにしても傑作だなぁ」

「何処が傑作なんだよ。全然笑えないけど」

「そうか? 令嬢達から未だに付き纏い(ストーカー)に遭うくらい人気のあるお前が、まさか自分の妻に振られるなんて、こんな話笑わずにはいられないだろう」


 まあ否定はしない。自慢ではないが昔からこの容姿の所為で女性達からは良く付き纏われ正直うんざりしている。結婚後もそれは変わらず、何なら愛人にして欲しいとせがまれる事も暫しだ。


「だけどさ、自業自得だよな。それだけ長い間放置してたんだ、今更夫面するとかムシが良すぎるだろう」

「っ……」


 歯に衣着せぬ物言いはアルベールの良い所だとクラウスは思ってはいるが、今回ばかりは腹が立つ。


「で、どうするんだよ」

「……彼女の意思を尊重する」


 つい先程までは正直どうするべきかと悩んでいた。此方としては顔に泥を塗る様な真似をされて、些か腹が立っている。約束しているとされる人物が何処の誰かなどクラウスは知らないが、調べ上げ抗議の一つでもしてやらないと気が済まない。形式上とはいえ彼女は自分の妻に違いないのだ。そんな風に考える一方で十歳以上も歳下相手に大人気ないとも思っていた。彼女は今学院に通っているのだから、普通に考えて相手は同級生か若しくは上級生だと思われる。何れにしてもクラウスから見れば青二才に違いない。何しろ夫のいる女性を誑かす様な相手だ、碌なものではない。相手にするだけ時間の無駄だと悶々としていた。

 クラウスは先程のアルベールの言葉を受け、今回は何もせずに大人しく引き下がる事に決めた。


「ですがクラウスも舞踏会には参加されるんですよね? 貴方はどうされるんですか」


 いい歳してパートナーも連れずに、舞踏会やら夜会やらに参加するなど恥ずかしくて流石に出来ない。そんな事言われるまでもなく分かっている。


「何時も通り、彼女にお願いするから問題ないよ」


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