十話
「はぁ……何処かに白馬に乗った超お金持ちな旦那様はいらっしゃらないかしら……」
昼休み、何時もと変わらず学院の中庭で四人で昼食を食べていると、ベアトリスは深いため息を吐いた。
「そこは王子様じゃないの、普通」
「分かってませんね、リュカ様は。言葉の綾ですよ。それに私的には白馬ではなく黄金の馬車に乗った超超お金持ちな旦那様でも全然問題ありません。寧ろそっちの方が嬉しいくらいです! 私は絶対に諦めません!」
社交界デビューを果たしてから二ヶ月。ベアトリスは意欲的に夜会などに参加しまくっているらしく毎日の様に報告をしてくる。因みに毎回リュカもそれに付き合わされていると隣で文句を言っている。
「はは、ベアトリスは頑張り屋さんだね」
二人の様子を見て爽やかに笑うテオフィルに、そこは褒めるべき所なのかと苦笑した。
「あのさベアトリスはお金持ちなら誰だっていい訳? 他に拘りはないの?」
「ありません。うちは政略結婚など出来る様なお家柄ではありませんし、私は両親の様に愛があればどんな苦難も乗り越えられる精神は持ち合わせていませんので! やっぱり世の中、愛よりお金です!」
「へぇ……」
キッパリと言い切るベアトリスからは強い信念を感じる……。この発言には流石のリュカも引いていた。
「でもさ、女性なら一度は素敵な恋をしてみたいとかあるんじゃないの?」
「別に、ありません……」
否定をしながらも顔を赤くして背けるベアトリスに、図星だという事がよく分かる。
「へぇ、あるんだ」
「だから、ないと言ってるじゃありませんか!」
意外だった。あのベアトリスでも恋がしたいなど思っているらしい。
リュカに揶揄われているベアトリスを見て、何だかんだ女の子なんだなと笑ってしまった。
「ルーフィナはそういった気持ちはないの?」
「私、ですか」
テオフィルからの質問に目を丸くする。まさか自分に話を振られるなど思っておらず返答に困ってしまう。そんな事考えた事もなかった……。
「いえ私は結婚してますから、恋なんて……」
「別にいいんじゃないかい」
「え……」
まさかテオフィルの口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。ルーフィナは驚いた顔で彼をみると目が合った。
「なんなら僕と恋、してみる?」
真っ直ぐに此方を見つめながら微笑むテオフィルに、ルーフィナは戸惑う。多分揶揄っているのだろうが、その目は真剣そのものだ。
「……なんて冗談だよ。幾ら政略結婚でも浮気は良くないからね」
「もうテオフィル様、揶揄わないで下さい」
「はは、すまない、つい調子に乗ってしまった。……あぁ、予鈴が鳴ったね。そろそろ戻ろうか」
まだ騒いでいるベアトリスとリュカに声を掛け、ルーフィナ達は教室へと戻った。
放課後、校舎から出た瞬間周囲がやたらと騒がしかった。
「格好良い〜」
「素敵ですわ」
黄色い悲鳴が飛び交い、門の前には女子生徒等の人集りが出来ている。男子生徒等はそれを遠巻き眺めては何やらヒソヒソとしていた。
(この騒ぎは一体……)
「凄い人集りだね」
「まさか、本当に黄金の馬車に乗った超超お金持ちな方がいらっしゃるとか⁉︎」
異様な雰囲気にテオフィルは眉を上げ、ベアトリスは目を輝かせ期待に胸を膨らませている。そんな中、リュカは一人様子を見に行って戻って来た。何というか仕事が早い……普段は何をしても面倒臭がり腰が重いのに……。
「遠からずって感じだったよ」
「それって超超お金持ちではなく超お金持ちの旦那様って事ですか⁉︎」
「う〜ん、確かにお金持ちの旦那様であるとは思うけど……でも残念、既婚者だよ」
そう言ってリュカは、何故かルーフィナを見ると意味ありげに笑った。
するとその時、人込みの中から此方へと向かって来る人影が見えた。
「え……」
まるで王子様の様な風貌の青年は、ルーフィナの前で立ち止まると微笑んだ。
何故こんな所に……ルーフィナは一瞬自分の目を疑った。
「やあ、ルーフィナ」
「あの、どうして侯爵様が此方に……」
「近くに来たからついでに迎えに来ただけだよ」
「それは……ありがとうございます?」
困惑しながらも一応お礼を言うが、また疑問形になってしまった。一瞬彼の顔が引き攣った気がしたが、見なかった事にする。
それに迎えに来たと言われも、帰るお屋敷は別々ですが……何ならかなり距離がありますが。
以前ジルベールからクラウスが住んでいるヴァノ家の本邸は別邸からはかなり離れていると聞いた事がある。そもそも学院の周辺には何もない。ルーフィナには、ちょっと彼が何を言っているのか分からない。
「あぁ、そちらはルーフィナの友人かな? 初めまして、ルーフィナの夫のクラウス・ヴァノだ」
「……テオフィル・モンタニエです。ルーフィナ嬢には何時もお世話になっております」
和かに手を差し出し笑みを浮かべながら握手を交わすが、互いに目が笑ってない様に見えた。
「モンタニエ……あぁ、君がモンタニエ公爵の次男の……。君の御父上とは何度か夜会でご一緒した事がある。また是非武勇伝でも聞かせて貰いたいと、宜しく伝えておいてくれるかな」
「はい、必ずお伝えします」
その後、リュカやベアトリスとも挨拶を交わしているクラウスを呆然として見ていた。先日ルーフィナに会いに来た時と随分と印象が違う。別人の様だ……。何というか……外面がいい。
「じゃあルーフィナ、帰ろうか」
ルーフィナは差し出されたクラウスの手を取ると馬車へと取り込んだ。




