72.『六騎士』の敗北と助っ人
「ぐごおおおおおお!!!!!」
『六騎士』の【筋肉】マッドはスキル『筋肉増強』を使い、全精力を持って神竜ティアマットにぶつかった。
力と力のぶつかり合い。マッドはティアマットの右足と左腕を、ティアマットもマッドの感覚の無くなった骨をさらに砕き、同時に暴れながら街の破壊も行う。
マッドの戦う姿を見た一部の勇気ある王都の勇者達が武器を持って加勢に向かったが、暴れるティアマットの攻撃受け見るも無残に倒れて行った。
「力が、入んねえ……」
スキルの効果が徐々に薄れていく。
同時に感じる全身の痛み、激しい吐血。自慢の筋肉がただ重いだけの足枷にすら感じる。
(俺が倒れたら、倒れたら、誰が王都を守るん……)
ドン!!!
「ぐわあああああ!!!!」
もはやその攻撃すら気付かないマッド。
神竜の太い尾の直撃を受け、立ち上がれないほどの致命傷を負う。
「ごほっ、うごほっ!!」
仰向けになりながら全身から流れる血を感じるマッド。少し先から聞こえるティアマットの叫び声。負けを覚悟し、周りに避難を呼びかけようも口から溢れ出る血で声にすらならない。
(負けた。俺の負けだ。この筋肉が及ばなかったことが一番の悔やみ……)
マッドは青く晴れた空を仰向けになって見つめ、そして死を覚悟した。
「あれ~、おイタですか??」
そんな彼の頭の上にこの状況とは似ても似つかない少女の声がする。
(誰だ? 女の子……?)
マッドは霞む目で上から覗くように見るその青い髪の少女を見つめる。少女が言う。
「回復するね~、それ、キュアヒール!!」
マッドは有り難いと思いつつも少女の身の危険、そして致命傷とも言える今の状態ではそんな回復魔法など全く無意味だと伝えたかった。
「は、や……、く、逃げ……、ぉ……」
ようやく言葉になった声。それを聞いた少女が答える。
「早く治すね。焦らないでよ~、それ!!」
少女は何を勘違いしたのか、更に回復魔法を掛ける。
マッドはもう動くこともできなかった。そして死の間際にこのような少女に会えて少しだけ心和んだ。魔法を掛け終えた少女が言う。
「じゃあ、あいつ、やっつけに行くね~!!」
(え?)
マッドは耳を疑った。
(あいつ、って、誰のことだ……??)
マッドはふっと体を起こした。
「!?」
瀕死の重体だったはずの体。
まだ痛み残るが、知らぬ間に体を起こせるまで回復している。そしてその青いボブカットの少女の背中を見て震えた。
(た、助けなければ。俺が行って……)
少女の前には神竜ティアマット。
青い体からはまだ強き邪気が放たれ、新たに現れた少女を敵とみなして大きな声で唸っている。少女が起き上がったマッドの方を振り返って言う。
「お寝んねしてなきゃダメでしょ!!」
「なっ!?」
マッドはこの状況で少女に叱られたことに唖然とする。力を振り絞り少女に叫ぶ。
「に、逃げ、ろ……!!!」
その声は少女には届かない。
可愛らしい青のワンピース。その手に握られた小さな杖をティアマットに向けて少女が叫んだ。
「ヘルドファイヤー!!!!」
「なにっ!?」
炎の上級魔法。少女から放たれた小さな炎は神竜に近付くにつれ、その直前で地獄の業火となって襲った。
グギャゴオオオオオオオ!!!!!!
小さすぎる相手に油断したのか、少女の業火の直撃を受けたティアマットが激しい声で鳴き叫ぶ。少女は続けて魔法を唱える。
「スクリプトウィンドウ!!!!」
少女から放たれた風魔法。まるで何かの制御を受けたかのように精密に動き、業火で負傷した神竜を空中へと押し上げる。そして少女が叫ぶ。
「そぉれっ!!」
軽く杖を振った。
ギャゴオガアアアアア!!!!!
ティアマットを持ち上げていた風が急に鋭い刃となり、空に舞うその体を刻み始めた。
(ば、馬鹿な……、こんなこと……)
そしてマッドが信じられない顔で見つめる中、神竜ティアマットは風の刃で八つ裂きにされその断片は業火によって完全に燃えて灰となった。
少女が動けないマッドの元へやって来て言う。
「まだ動いちゃだめだよ~」
マッドが恐る恐る尋ねる。
「お、お前は、一体誰なんだ……?」
最強集団『六騎士』である自分よりも更に強い存在。それもこんなに幼い少女。マッドは震えながら尋ねた。少女が笑顔になって答える。
「ミーアはミーアだよ!! ヒャッハー!!!!」
よほど嬉しかったのかマッドには分からないが、そう言うと少女は飛び跳ねるように喜び始めた。
「まだ立てるとは、さすが【天才勇者】ってところでしょうか」
死霊リッチは体を鎌で突き抜かれ、意識朦朧としながらも、陰であるもう一体のリッチを浄化させたレナを褒めた。レナがふらつく足で答える。
「王都守護を命じられたんだ。ボクが簡単に諦めちゃうわけにはいかないんだよ……」
そう言いながらも対峙するリッチの輪郭すらはっきりとつかめない。もはや敵に対する感覚だけで戦っていた。レナが手にした木の棒に力を込める。
「行くよ……」
シュン!!
小さな体。致命傷とも思える大きな怪我。
そのどこにこんな力があるのかと驚かされるほどレナは高速でリッチに接近した。
ガン!!!
レナの『硬化』で気の力を得た木の棒と、リッチの大鎌が大きな音を立ててぶつかり合う。
ガンガンガン、ガン!!!
レナは体の残った力を全て振り絞り目の前の死霊にぶつける。
ブオン!!!
レナの攻撃が消えたリッチの残像を振り抜く。
ドン!
そしてそのまま音を立ててレナが倒れる。
もう力が出なかった。致命傷に近い怪我を負いながらリッチと渡り合ってきたが体に力が入らない。それでも気力だけはまだ諦めていない。それに気付いたのかリッチが不気味な声でレナに言う。
「本当に素晴らしい気力ですね。この後ゾルド様がどどめを刺しにいらっしゃいますが、その雄姿を称え私が殺してあげたくなりますよ」
(くそっ、ボクが負けたら……)
レナは仰向けになりリッチの姿を見ながら悔しさのあまり目に涙を浮かべる。そんなレナの耳に突然ひとりの男の声が聞こえた。
「それはやっぱり黙って見てはおれんな」
「!?」
レナの視界に入るその初老の男性。
その姿を見て別の意味でレナの目から涙がこぼれた。
「ベル爺……」
弱り切った声でその名を口にする。
突然現れた見知らぬ男を見てリッチが尋ねる。
「失礼、あなたはどなたでしょうか?」
初老の男が落ちていた兵士の剣を拾いそれに答える。
「名乗るほどの者じゃない。隠居のジジイだ」
(ベル爺……)
レナが涙を浮かべて見つめるその老人。
それは元『六騎士』であり策略で降格させられたホワイト領主ベルフォード・ホワイト。『六騎士』としてレナの先輩であり、入団したばかりの彼女に戦い方や騎士としてのたしなみを教えたのも彼。
そして最もレナが慕う人物であり、彼の降格が決まった時に最も反対したのも彼女であった。レナがベルフォードを見て思う。
(ベル爺、どうしてそんなにボロボロなの……?)
ベルフォードの体には、王都収容時に受けた拷問の生々しい痕が体中についていた。弱々しい声でレナが尋ねる。
「ベル爺、何があったの……? その体、無理はダメだよ……」
ベルフォードはうつ伏せになっているレナの前に立って答える。
「レナちゃん、これはもう少し大きくなってから教えようと思っていたんだけどね……」
そう言ってベルフォードが剣をリッチに向ける。
「男ってのは女の子を助ける為なら、どんな無茶なことだってできちゃう生き物なんだよ」
ベルフォードの持つ剣が赤く輝きを放つ。
(ベル爺……)
レナは薄れゆく意識の中で目の前に立つ男の名を呼んだ。
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